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バーサーカーポーション

「お前が明日の試合に勝ちたいのなら、これを飲むといい」


 そういって妙齢の美女はネロに小さなガラス小瓶に入ったポーションを渡した。

 美女は長い黒髪。瞳も漆黒の黒。黒目が大きく、神秘的な印象を見る者に与える。

 年齢は20代半ばか後半。色気が半端ない。

 しかし、ネロは年相応の期待や邪まな気持ちは湧いてこない。

 美しいがどこか狂気を感じる得体のしれない何かにおびえた。

 ネロが安宿に帰り、ベッドで休もうとしていた時だ。

 不意に粗末な木の扉が開いて、この女が部屋に入ってきたのだ。


(ま、魔女だべ……)


 第一印象は『魔女』。魔物の類だと思い、ネロは体がひきつった。


「あ、あなたは誰だべ……」

「ふふふ……。あなたのファンとでも言っておこうかしら……」

「ファン?」


 少しだけ恐怖心が薄れた。人間の言葉を話すから魔物ではなさそうだ。

 それにファンと言うのなら、何かされるということはない。


「これはなんだべ?」

「一時的に強くなるポーション」

「一時的に強くなる?」


 ネロはそう聞き返した。


「これを飲めば一時的にあなたの筋力は上がり、また速さも上がる。戦闘技術が上がることはないけれど、常人を越えた力が手に入る」


 そう黒髪美女は説明した。口元はほほ笑んでいるが目が笑っていない。

 ネロの選択を伺っているようだ。


「それを飲めばおらは強くなるべか?」

「そう強くなる。明日の相手は倒せるでしょう。但し、そのポーションには副作用があるの」

「副作用?」

「あとで全身に激しい痛みが出るのよ」

「痛み……勝てるのならおらは耐えるべ」

「……多用すればあなたの寿命は確実に減る。1つ飲めば10年は縮むでしょう。2本、3本飲めば確実に死ぬ」


 冷たい言葉が部屋に響く。黒髪美人は相変わらず目が笑っていない。


「2本飲めば死ぬ……1本ならば死なないべ?」


 ネロは思いつめたようにそうつぶやいた。


「さあ。あなたの寿命があと10年なら死ぬかもね。あなたは他人のために死ねるの?」

「……おらは村を救いたいべ。小さな妹の命を救いたいべ。そのためにはパンティオンで勝つしか方法がないべ」

「ふふふ……ならば、あなたの覚悟を見せてもらいましょう」


 黒髪の美女は3本の小瓶をネロに手渡した。

 異様に冷たい手が今も感覚的に覚えている。

 まるで死人のような手だ。


(あれを飲むしかないべ!)


 ネロはポケットから小瓶を取り出した。

 蓋をあけて口を付ける。

 赤いドロドロした液体が口腔から喉へと流れていく。


「なんだ、回復薬か……。いいだろう。しかし、防御魔法の数値は変わらないぞ。あくまでもお前の体を回復するだけだ」


 ガーフィールドは剣を鞘に納め、両手を合わせてポキポキと骨の音を立てた。

 今からネロを殴ってこの試合を勝利で終えるつもりだ。


「うらあああ……ぐるぐる……う~っ」


 ネロが不気味な声を出した。それは飢えた獣のような声。

 ガーフィールドが近づいた一瞬を見逃さなかった。


「うがあああああっ~っ」


 頭に被った鉄兜を右手ではぎ取ると、それでガーフィールドを殴りつけたのだ。油断していたことと、常人を越えた速さに防御できなかった。


「うっ!」


 体に激しい衝撃を受ける。

 地面に激しく叩きつけられ、その後、スピードを失うまで地面を転がる。


「うが、うが、うが!」


 ガーフィールドはさらに攻撃してくるネロの顔を見た。

 優しそうな田舎の純朴青年の顔から、鬼のような恐ろしいものに変わっていた。

 一体どうすればこうなるのか、ガーフィールドは僅かに恐怖した。

 しかし、このような状況になってもガーフィールドは近衛師団の副隊長を務める男だ。

 何とか立ち上がって、別人と化したネロの攻撃を避ける。


(パワーは強烈だが、スピードはそれほどではない……避けることができれば、恐れることはない)


 ガーフィールドは失った防御壁の数値を確認する。

 驚いたことに今のネロの攻撃で120ポイントも失っている。

 もし、魔法で守られていなかったら、大けがをしていたということだ。


「どんなポーションを使ったか知らないが、体力を多少上げたところで、私には勝てないぞ!」


 ガーフィールドはネロの顔面に向けて右ストレートの連打、そして左のフック気味のパンチをきれいにこめかみにヒットさせる。

 ネロの頭はパンチを受けるたびにのけぞる。

 この3連打でネロの防御壁は30ダメージ減る。

 1発で10ポイントを失わせる攻撃だ。

 武器を使わない攻撃でこのダメージはかなりのものである。


「ぐっ!」


 しかし、3発放った後に強烈なボディブローがガーフィールドの腹に刺さった。

 この一発で思わずガーフィールドは膝をつく。

 ネロが放ったパンチだ。この一発でガーフィールドの防御壁は50失う。


(馬鹿な……ダメージは魔法が吸収するはずなのに……)


 体へのダメージを軽減するための魔法防御である。

 それが意味をなしていない。素手での攻撃でガーフィールドの体にこれほどのダメージが与えられているのだ。


「うっ……」


 今度はネロがひざをついた。頭が混乱している。ポーションを飲んだ時から記憶がない。

 顔を上げるとガーフィールドが倒れている。自分がやったのだとは信じられない。


(ど、どういうことだべ……)


 ネロは2本目のポーションの小瓶を見る。

 腰に付けた小さなカバンにそれは入っている。

 1本飲めば寿命が半分になる。2本飲めばすぐに死んでしまうかもしれない。

 このポーションをくれた不思議な女性はそう言っていた。


(この薬のおかげだべ……あと一息だべ)


 ポーションの効果はほんの10秒だ。

 飲めば10秒間は無敵状態になるという。

 ガーフィールドはまだ立てない。残りのポイントは130である。


(もう1本飲めば勝てるべ……だけど……おらは死んでしまうかもしれないべ)


 ネロは少しだけ迷った。

 2本目の小瓶に指が触れたが掴む勇気がない。

 だが、ガーフィールドは息を整え、再び立ち上がろうとしている。一刻の猶予もない。ここで追撃しなければ勝利はない。


(勝てば賞金が増えるべ。村の人たちが助かる……。復興できなければみんな死ぬべ。ここでおらが死んでも村人はみんな助かるべ)


 ネロは目を閉じて瓶を掴んだ。


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