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もうひとりの勇者

「いやあ~。アリナ、勝利おめでとう。順当に勝って僕はうれしいよ」


 試合が終わり、控室へ帰るアリナに声をかけたのは『太陽の勇者』と呼ばれている青年。

 勇者ライディである。彼もクロテリア王国の大貴族の出身で神に祝福された勇者。アリナと共に大魔王復活に備えて、大陸で活発化する魔族の討伐と魔界へのゲートを探す旅に出ている。


「そういえばあなたも出ていたのよね」


 露骨にアリナは嫌な顔をした。

 同い年のこの太陽の勇者は、その能力はアリナと遜色なく、そして大魔王を倒す使命感にあふれる基本的にはいい人間だ。

 民にも慈悲深く、そして差別意識のない教養あふれる。

 しかし、アリナは苦手で会った。彼のことは同じ勇者として知り合いで、何度も会ったことがある。


(この人……苦手なのよね……悪い人じゃないけど)

「ハハハッ……。まさに激闘。そして最後は感動の兄妹愛。人間は実に素晴らしい。そして努力と根性は何事にも代えられない真実だ!」

 

 両手を腰に当ててそう高らかに笑う。

 そうアリナが苦手なのはこの青年の熱血感。

 そして過剰な正義感。

 悪を許さないのは勇者として当然だが、その度が過ぎるのだ。

 そして暑苦しいくらいの熱血ぶり。

 さわやかを通り越して暑くらしい。

 ライディ自身、なかなかイケメンで清潔感ある若者であるが、女子受け悪いのはこの性格が災いしている。

 もちろん、本人は女子にもてようとか、格好つけようとかいう邪心は一切ない。

 まるで幼子のような純粋な心で熱く語るのだ。


「アリナよ。君とあたるのは決勝となる。そこで待っていてくれたまえ。勇者同士の試合を見て熱狂してもらおう。それが魔族に対する我ら人族の勇気にかわるだろう。その力がこれからの聖戦に役立つはずさ……」

「あの……」


 アリナはライディの言葉を遮った。

 そうしないとこの男。いつまでも熱く語るのだ。


「これからあなたが対戦するウサギ男。侮らない方がいいわ」

「ほう、君の口からそう言う言葉を聞くとはね」

「もちろん、ウサギ男の試合を見たことはないわ。でも、話しを聞く限り、弱くてふざけた選手ではないことは間違いない」


 アリナは予選もベスト8の戦いも見ていない。

 ただ、ウサギ男がほぼ一撃で対戦相手を倒している事実を軽視してはいなかった。


「君に言われなくても分かっているよ。これでも僕は各地で命をかけて戦っているからね。油断はしないよ」


 そうライディは先ほどまでの笑顔が消えて真顔になった。

 太陽の勇者と言われるだけあって、彼もおごりや相手を見くびるようなことはしない。

 しかし、実際にウサギ男と対戦すると、ライディは驚きを隠せない。

 何しろ、武器として選んだのは樫の棒。最弱武器である。


(そんなもので僕の防御壁を叩いたところで、せいぜい10ポイント削るのが精いっぱい。そしてそれをあてるのも至難の業……)


 ライディはウサギ男の真意が読めない。

 読めないが、圧倒的な力で押すしかないと考えていた。

 何か小細工をする前に、一撃で防御壁のポイントを0にする。


「悪いけど、アリナが決勝で待っているんだ。君には消えてもらうよ」


 ライディは剣を構えた。両手で柄をもち垂直に剣を立てた。

 選んだ武器はトゥハンデッドソード。威力はあるが長く扱いにくい代物だ。

 しかし勇者ライディはこの長剣を自由自在に扱う。

 両手剣で退治したドラゴンの数はアリナを上回る7頭にものぼる。

 ライディはこのパンティオンの戦いに自分の愛刀と同じ形態を選んだのだ。


「ごめんなさい。アリナ様と戦う前に無礼なおじさんを止めなきゃいけないんです。だから、あなたには負けてもらいますよ」

「ははは……。これは愉快。ウサギ男君が僕に勝つなんて……」


 ユートの言葉を軽く受け止めたライディであったが、着ぐるみ全体から発せられる闘気に言葉をつぐんだ。


「なめてかかるとまずいということだね」

「そういうことです」


 ユートは樫の棒を構えた。

 ライディも剣を構えた。

 ライディには油断も奢りもない。

 目の前にいるウサギ男は、これまで対戦したことのない強敵だと認識した。

 両者が一斉に前に出る。

 剣と樫の棒が弾き合い、すさまじい剣圧による風で観客たちは、背筋が寒くなるくらいの感動を覚えた。 

 どちらも引かない戦い。しかし、勝負は3分後の一瞬であった。


(ば、馬鹿な……僕を上回る剣の速度……対応できない!)


 太陽の勇者はウサギ男の攻撃を受け止めることができず、防御壁の数値が0となっただけでなく、体が後方へ吹き飛ばされてしまった。


 そのまま競技エリアから落下。水の中へと落ちてしまった。

 ウサギ男の勝ちである。


 観客たちは唖然とした。まさか、シード権のある『太陽の勇者が』が負けるとは思っていなかったのだ。

 受け入れるのに時間がかかった。ありえないことが目の前で起こったのだ。

 誰かがつぶやいた。


「勇者様は怪我をしていたに違いない……」

「おお~。そうか、そうだよな」


 太陽の勇者ライディは、この国に来る前に魔族退治をしている。

 厄介なモンスターの退治をしていたとの噂があった。

 もう一人の勇者アリナが強大な3つ首竜と死闘を繰り広げた噂があるから、ライディもそうだったとみんな思った。


「話によるとあばら骨を何本か骨折していたそうだ」

「俺が聞いた話によると右腕も折れているそうだ」

「なるほど……。それなら分かる。ウサギ男の攻撃を防ぐことは難しかっただろう。それならあの戦いぶりは説明がつく」


 ありえない現実を説明するために、噂や憶測が飛び交い、太陽の勇者が負けてしまった理由が確定した。


「いや、さすが勇者。大けがをしているのにあの戦いぶり」

「体が万全であったら、絶対に勝っていただろう」

「太陽の勇者、万歳」

「うさぎ男~ラッキーだったな。勇者様がけがをしていて」


 観客たちはまともな勝負の結果とは考えていない。

 勇者よりもうさぎ男が強いとも思えず、勇者の体が万全などころか、重傷で起き上がることもままならない状態だったと思うことにしたのだ。

 そうでなければ、勇者が樫の棒の一撃で吹き飛ばされるはずがない。

 多くの観客がそう納得したが、見ていたクラウディアとルーシーは当然の結果に安堵した。


「さすがですわ、ユート様。太陽の勇者も問題外ですわ」

「……ユートの奴、これでも自分が強いって認めないんだよな」


 ルーシーはそう思う。

 着ぐるみを脱いでここ来ても汗一つかかず、「勇者にもいろいろあるみたいですね」と適当なことを言うだろうと思った。


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