レディ・ケイト
2日後。いよいよ、ベスト4をかけた戦いが始まった。
ここからは武器を使った真剣勝負。相手を殺してはいけないというルールがあるだけで、競技場から放り出すか、戦闘不能にするか、降伏させれば勝ちである。
競技者はあらかじめ、高位の神官による『衝撃壁』の魔法を体にかけてもらう。これにより、武器による攻撃を受け止める。『衝撃壁』には耐久力が設定されており、武器が与えたダメージによって、その耐久力が減っていく。
耐久力は魔法によって可視化され、競技者の頭の上に表示される。これが『0』になるか、競技者が競技エリアから落ちるか、降伏すると勝負がつくという仕組みになっている。
耐久力の初期値は『300』となっている。
第1試合は女性ながら、予選から勝ち抜いた女騎士ケイト。
レディ・ケイトと呼ばれていた。
持っている武器は『レイピア』である。
これは騎士として働いているケイトが普段から使っている武器である。
王国の騎士の標準装備は『ブロードソード』である。幅広で両刃の剣は広く使われている主要武器であるが、女性が使うには少々重かった。
ケイトは今年で24歳。身長は165cmと恵まれてはいない。
筋力は鍛えているが、標準のブロードソードを振り回すのは持続力の点で不利であった。
よって彼女は特別に『レイピア』を使うことを許可されていた。
特別許可されるということは、彼女がそれを認めさせるだけの力があるということである。
(勇者……年齢は17歳。クリムランド王国の大貴族のお姫様と聞くが……)
心の中でそうつぶやくケイトは対戦相手のアリナのことをよく思っていない。よく思っていないどころか、ケイトの目的は勇者アリナを倒すことであった。
(なに不自由ない生活を送ってきたお姫様が、たまたま神の啓示を受けて勇者になる。才能があったからだとは思うけれど……)
「才能だけの小娘に私が負けるはずがない」
ケイトはレイピアを掲げて祈った。祈る相手は神ではない。
神は恩恵を授けたアリナに味方するだろう。
だからケイトはこれまで血のにじむような努力をしてきた自分と自分とともにあった愛剣のレイピアに祈った。
「さあ、才能か努力か……どっちらが勝つか……。レイ……力を貸して」
「レイ」とは、ケイトが愛剣に付けた名前だ。
今は行方不明になってしまったケイトの兄の愛称である。
「それでは戦闘開始ね!」
アリナも剣を抜いた。
いつも使っている愛剣ではない。
聖剣シャイニング・ブレードは魔法防御を無効化するから、相手を殺してしまう恐れがある。
よって、アリナが手にしているのは騎士の標準装備であるブロードソードである。
アリナの左足が一歩前に動いたかと思うと、5mはあった間合いが一瞬で詰められた。
アリナの第一撃は目にもとまらぬ速さでしかも強烈である。
ケイトは避けきれないと判断した。レイピアで受ける。
「くっ……」
受けると言っても、まともに剣が当たればレイピアは簡単に折れてしまう。
それだけ、アリナの剣撃はすさまじいパワーがある。
ケイトはわずかに刀身をずらし、ブロードソードのパワーを受け流す。
力の方向を変えることで交わしたのだ。
「さすがベスト8まで残っただけありますね」
そうアリナは褒めた。
年上のケイトに対して少し上から目線であるが、実力は天と地ほどあることは周知の事実だ。
だが、アリナよりも年齢が10も上のケイトからすれば、心穏やかではいられない。
ましてや、ケイトは勇者との戦うことを目標にこのパンティオンに挑戦したのだ。
「そちらこそ、勇者の名前は伊達ではないようです。これが競技ではなくて実践でしたら、今の一撃で私は死んでいたでしょうね」
アリナの剣をきれいに受け流したとはいえ、防御魔法の数値は10もマイナスされている。
魔法で守られていなければ、体にケガを負っていただろう。
(おそるべし……勇者……)
ケイトはあまりの力の差に心が折れそうになる。
実戦ならどうがんばっても勝てる要素は1%もない。
(だけど……そんなことは分かっていた!)
ケイトは一歩踏み出した。
今度はケイトの攻撃だ。
勇者がいかに強くても、ルールに縛られるパンティオンなら、勝つ可能性も出てくるかもしれない。
そのためには攻撃だ。
防御魔法の耐久力を0にすれば勝つのだ。勇者を倒す必要はない。
「きえええええっ~っ」
ケイトは腹の底から気合を入れた声を出して、突き攻撃を繰り出す。
アリナはその攻撃一つ一つに対して、上半身を左右に動かすだけで避ける。
(さすが勇者。普通の人間レベルの技は見切っているということね……)
ケイトは勇者の動体視力とそれに連動した身体能力に驚きを禁じ得ない。
攻撃しながら、ケイトの頭の中に幼い頃に兄が語ったことを思い出していた。
「ケイト、世の中には超人的な力をもった人間もいる」
「そんな人間がいるの?」
当時は5歳ほどだったケイト。10歳も離れた兄はケイトに剣の修行を付けてくれた。
「ああ……いるさ。例えば勇者」
「勇者?」
ケイトはこの時、初めて勇者と言う言葉を聞いた。
勇者は大魔王を倒すために神に選ばれた存在。
この世界にほんの数人だけ存在する。
身体能力はもちろん、様々な魔法を使い、人類最強と呼ばれ、人々から賞賛され、そして復活する魔族に対しての人間側の切り札として崇拝される。
「兄さまは強いけど、勇者はもっと強いの?」
「ああ……。俺なんて全く歯が立たないよ」
そうケイトの兄レイノルズは言った。
兄は15歳だが、剣の腕前は町の剣術道場では一番であり、この歳で師範代を任された天才であった。
その天才の兄ですら、勇者にはかなわないとはっきり言った。
「でも……。実戦ではなくて競技……例えば、パンティオンならば戦いようはあるけどな……」
そういって兄ははほほ笑んだ。
競技ならば勝利条件を満たすだけでよい。
勇者を倒す必要はない。
「勇者アリナ、油断したわね!」
3連撃が受け流されたが、ケイトはそう叫んだ。
そうなることは分かっていた。分かっていた上での仕掛けである。
レイピアの攻撃は陽動に過ぎない。
そもそも人間離れした勇者に自分が放った攻撃は見切られるだろう。
「本当の攻撃はこれさ!」
ケイトの左手にはグローブを装着している。
拳に固い金属を埋め込んだ攻撃用のグローブだ。
右手の剣に意識が集中していたアリナの死角から左による攻撃をぶちかます。
(入ったあ~っつ)
確かな手ごたえを感じる。
強烈なボディブローが決まり、アリナの防御壁を削った感触を得た。
「ケイトさん……やるわね」
「うっ……」
ケイトは自分の左拳を見た。
手ごたえを感じたのは1発だけ。あと2発の正拳はアリナの手のひら。
拳全体をアリナは手で受け止めていたのだ。
アリナの防御壁の数値を見る。
270と出ていた。1発撃ち込んだ攻撃で30ポイントのダメージを与えたようだ。
(たった30ポイント……)
「うっ!」
自分の体が吹き飛ぶ。地面に転がっていく。
とっさに受け身を取ったが、ダメージは100を超えた。
アリナも左手による殴打をしたのだ。
(左手の殴打一撃だけで、このダメージ……。私のは30だというのに。受け身を取らねば半分は削られていた……)
ケイトの頭上に表示される数値は195となった。
「私から30ポイント取るとは、さすが騎士だけのことはあるわ」
アリナはそう言ってにんまりとした。
年下の生意気な女子の言葉と思えば腹が立つが、アリナは勇者で実力は天とと地の差がある。
そしてアリナには悪気がない。無邪気な心が言わせる台詞だ。
「そうよ、王国の騎士だからこそ、無様な負けはできない」
ケイトは再び剣を構えた。そして考えを巡らせる。
(勇者の反撃は想定内だった……。もう少しダメージを与えると思っていたけど、まあいいわ……。これも想定の範囲内)
ケイトは再びアリナの一瞬で距離を詰めて来る攻撃をレイピアで防ぎ、何とか踏みとどまる。
(収穫なのは勇者の死角から攻撃すれば、1度だけはダメージを与えられるということ。勇者と言えど、無敵じゃないことは分かった)
「くっ!」
アリナの攻撃を捌ききれず、ケイトの残り数値は100を切った。
このままでは徐々にアリナに押されて負けが決定されてしまう。
アリナは一撃で大ダメージを与えることもできるのに、それをしようとはしない。
観客に戦いを長くもてもらおうという気持ちがあるのであろう。
(それが彼女の油断……。こちらはそれを利用して一発で0にする)
ケイトには勝つための作戦があった。
それは自分の騎士人生すべてをかけたものであった。
(勇者アリナ……神に選ばれた存在。豊かな才能……そして恵まれた環境……。あなたは私にないものをすべてもっている……。私には何もない……)
ケイトは勝利への最初の1手を放つ。
「私にあるのは努力……絶え間ない努力だけ……。加速!」
ケイトは自分の動きを2倍にする強化魔法を唱えた。