完食
「あの人、意外と根性あるな」
ルーシーもネロの必死な姿に心が動かされた。
かっこ悪くても頑張る人間は、どこか人を感動させるものがある。
「そうですね。がんばっている人は尊いものです」
そうユートはニコニコしながら、最初と変わらずネロを応援している。
勝負の方はと言うと、アケボーは1皿目を完食して、2皿目に取りかかっている。ネロもやっと1皿を食べきった。
そしてクラウディア。ちまちまと食べているのに、皿からどんどんと肉の山が消え、もう2皿目に達していた。
これには周りの観客たちも度肝を抜かれる。
アケボーは焦った。
元々、この競技はネロへの復讐。
ネロを辱め、屈辱を感じさせて自分の気持ちをスッキリさせるというエゴから来ていた。
それなのにネロの頑張りで観客の雰囲気が変わった。
そして自分が主役になるはずだったのに、マスコットと見下していた小さな少女が主役の座を奪おうとしているのだ。
(ここで負けるわけにはいかないダス。ましてや、こんな子どもに負けたら……)
地に落ちた自分の名誉はさらに落ちる。
しかし、アケボーですら6キロの唐揚げの完食は簡単ではない。
しかも殺人的な激辛なのだ。
先ほどから頭がぐらぐらし、足元には汗で水たまりができている。
「負けないダス、絶対に勝つダス!」
アケボーは自分に叱咤する。
ネロも限界であった。
2皿目を完食して、3皿目が来たが手が動かせない。
胃が弾けんばかりで隙間がないのだ。
そして激辛で麻痺した舌が動かない。
それでもネロは必死に手を動かそうとする。
パンチでのされたボクサーが立ち上がろうと必死で足と手の痙攣を抑えようとしているかのようだ。
「おい、あの嬢ちゃん、3皿目を食っちまうぞ!」
クラウディアの食べる速度は最初と変わらない。
淡々と確実に食い尽くす。
最後の肉の塊を口に放り込むとナプキンで口を優雅に拭った。
「完食したですわ。ご馳走様」
そうすまして終了宣言をしたから、周りの観客たちは大いに拍手を送った。
後は勝負を仕掛けたアケボーとネロの完食をかけた対決である。
「ぐぐーっ……」
アケボーが目をぐるぐる動かした。どうやら限界である。
皿には大きな肉がまだ5つも残っている。
「ぶっふう~」
ついに机に突っ伏した。
ギブアップである。
ネロは限界を超えていたが、まだ不屈の精神は残っていた。
アケボーと同じく5つの肉の塊が残っていたが、その1つを口に放り込んだ。彼の村人を思う気持ちが最後に粘りを見せた。
「よし、そこまで!」
店員が、制限時間が来たことを告げる。
結果は誰もが無理だと思っていた少女が優勝。
最初はみんなの笑いものであったが、泥臭い根性で応援を勝ち取ったネロが2位。
そして勝負を仕掛けたのも関わらず、最下位となったアケボー。
アケボーはまたしても醜態を晒してしまった。
ネロは2位で完食できなかったが、十分な粘りを見せた。
しかし、とうに限界を超えていたネロは机に突っ伏し、苦しさに耐えている。
すさまじい激辛ソースが胃を焼き、膨大な肉の量は体を引き裂くような苦痛を与える。
「ふうふう……か、勝った……っぺ」
ネロもあまりの苦しさに気を失いそうであった。
そんなネロにユートはそっと近づき、その肩をポンと叩いた。
「よく頑張りましたね」
そう囁く。
ネロは急に体が軽くなっていくことに気づいた。
「おいおい、ユート。今度は何をしたんだよ」
ずっと戦いを見ていたルーシーは、やっとここでユートが救いの手を差し伸べたのを見て尋ねた。
「ええ、あのままだと明日の試合に響きますから、おなかに入った肉をテレポートさせました」
「はああああ!?」
「驚くことはありませんよ。先ほどからクラウがやっていたことと同じことをしただけです」
「ど、どういうこと?」
ルーシーはナプキンで口を拭きながら悠然とステージから降りてくるクラウディアに視線を向ける。
クラウディアはにやりと笑って説明した。
「簡単ですわ。お腹に入れた肉を見ている観客の胃に転移させただけですわ」
「……おいおい」
ルーシーは両手で顔を覆った。つまり、こういうことだ。
クラウディアが食べて胃に流し込んだ肉は魔法で創った異空間ゲートを通じて、見ている観客の胃に転送したのだ。量も少しずつ。
見ている客は100人を下らない。
その人間の胃に小分けしたのだ。
どの観客も興奮状態だから、5,60グラムくらいの肉が胃に転送されても気が付かない。
「ユートも同じことをしたのか?」
「はい。クラウの使った魔法が簡単だったので、真似してみました」
「おい、そういえば、あたしのお腹もさっきより重いんですけど……まさか」
「クラウはルーシーには転送してませんですわ」
「僕は転送しましたよ。ルーシーさんお腹が減っているみたいでしたから」
ルーシーは自分のお腹を押さえる。
確かに感じていた空腹感というより、腹八分目という感じだ。
そして口元を激辛ソースと唐揚げの油でべとべとでテーブルに突っ伏しているネロの汚い状況を見る。
「うっ!」
急に吐き気がしてきた。あの男が咀嚼して飲み込んだ肉が自分のお腹にはいっているのだ。
「うげえええええっ」
ルーシーは慌てて店に置かれたバケツに吐いてしまった。当然である。
「ご、ごめんなさい。周りの人、結構、お腹に余裕がない人が多くて、ルーシーさんにはたくさん転送してしまいました」
「お、おまえ~っ。やっていいことと悪いことがあるぞ!」
ルーシーはユートに向かって怒りをぶつける。
だが、同時に疑問も出て来た。
肉の量はそうやって観客に分配したのはいいとして、激辛に対してどういう手立てを取ったのかということ。
「クラウディア、あんた味覚を何とかする魔法とか使ったのか?」
「ルーシー、いくらクラウが大魔法使いでも、そんな便利な魔法は知りませんですわ」
クラウディアの言うとおりである。感覚をなくす魔法は『麻痺』や『無痛』などあるが、味覚だけに作用することはない。麻痺を使えば、全身が動かないだろうし、痛さを軽減しても辛さは消えない。
「じゃあ、どうしてお前は平気なんだよ」
「クラウには味覚がないのですわ」
そうクラウディアは何でもないと言った感じで話した。
「味覚がない?」
思わずルーシーは聞いてしまった。
辛いも甘いも塩辛いも感じないというのだ。
それはクラウディアが300年もの間呪いをかけられて生きてきた反動であった。
その間、トマト以外の食べ物は食べられなかったせいだ。
それ以外の味のあるものを食べることがなかったため、舌の味覚を感じる細胞が退化してしまったようなのだ。
(こいつ、見かけによらず可哀そうな奴だ)
そうルーシーは一瞬だけ憐れむ表情をした。
しかし、それを見越したようにクラウディアは舌を出した。
(……可哀そうなんて一瞬でも思ったあたしがバカだった)
どうやらこの元吸血少女。味が分からないことを悲しいとも思っていないようであった。




