100連撃パンチ
(な、なにが起こった!?)
確かに自分の正拳はウサギ男の胸を打った。
が、その瞬間にイワオーが飛ばされた。
顔を上げるとウサギ男は最初の位置に何事もなかったかのように立っている。
「カウンターか?」
イワオーは立ち上がって、腰を落とし、両腕を上げて構える。
猛虎竜拳の正式な構えだ。
観客たちはざわついている。
一撃でウサギ男が負けると思って期待していたのに、どうも様子が違う。
そしてその超然とした姿に予選の時が脳裏を過った。
「強い……」
「あのふざけたウサギ、めっちゃ強ええじゃん」
「こりゃ、イワオーの圧倒的勝利だと思ったけど、いい勝負になるぜ」
観客たちのどよめきはやがて、両者に歓声となって試合会場を包み込んだ。
(このウサギ男、侮ってはならないと判断する。妙な小細工をさせないために、奥義で葬る!)
イワオーは自分のもつ最強の技で倒すことを決めた。
ここで負けるとイワオーとしても立場がない。
それにウサギ男の強さはカウンター。
受け身姿勢にあると考えた。
予選の時も攻撃してきた相手を返り討ちにしている。
イワオーは、何か特殊な能力があるに違いないと判断した。
(ならば、俺の最大最強の奥義で仕留める。小細工していようが、それを圧倒する力で一挙に勝負を決める)
イワオーは足を少し開き、腰を落とした。
そして握った両手を腰のところに下げ、気を貯める。
「おおおおおおおおっ~」
すさまじい気合の入った声。そしてまず右手を天に向かって突き上げた。
それを下げると今度は左手。そして右手……突き上げるごとに気合の入った声の勢いは増し、
見ている者に何だか全身を見えない力が包み込んでいるように感じさせた。
「これは必殺技が出るぞ!」
「猛虎竜拳の奥義だ!」
「イワオーの力が上昇しているようだ!」
観客たちはこのパフォーマンスに大興奮する。
ユートはそんなイワオーをただ見ているだけだ。
(やはりな……。ふつうは奥義を完成させまいと邪魔をするはず。こいつの小細工は相手の攻撃があってのことらしい……それを粉砕する!)
イワオーは勝利を確信した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ~。猛虎竜拳、最大奥義。猛虎竜の牙、10連!」
『猛虎竜の牙10連』とは、渾身の力を込めた左右の10連パンチ。
計20発の打撃で相手を仕留める大技である。
右手の一発目がウサギ男のもふもふの胸にあたった。
「入った!」
イワオーは手ごたえを感じた。すぐに左の拳。これも手ごたえあり。
「おらおらおらおら!」
20発をウサギ男ユートに叩きこんだ。
「勝った!」
イワオーはそう思ったが、同時に何かおかしいと感じた。
(確かに手ごたえはあった。技も完璧だった……なのに……)
「なぜ、貴様は立ったままなのだ!」
ウサギ男は最初に立っていた場所から1ミリも後退していない。
イワオーの最終奥義の技を受ければ、吹き飛んで橋から落ちる。百歩譲ってもその場で倒れるはずだ。
「すごい技ですね。美しいので魅入ってしまいました。猛虎竜拳の型ですか?」
「はああああ!?」
ウサギ男ユートの言葉にイワオーは口をあんぐりと開けた。
この対戦相手、今の技で攻撃されたと思っていない。
武術の型を見せられたと思っているのだ。
「僕も真似てやってみましょう」
そういうとウサギ男ユートは、イワオーがやったように腰を落とし、そして握った両こぶしを天に突き上げた。
「おらおらおらおら~」
交互に突き上げられた拳は早くて観客もイワオーも回数が分からない。
「さすがユート様。両方で100回ですわ」
クラウディアには見えたようだ。ルーシーはそれを聞いて顔が真っ青になる。
「おいおい、じゃあ、今から行う攻撃は?」
「100連撃ですわ!」
ユートはイワオーがやったように正拳を放つ。
右左の連続。あまりの速さに100もの拳がイワオーの体に突き刺さる。
「よ、避けられない」
イワオーは飛んだ。空高く舞い上がり、そしてそのまま水の中へ落ちていった。
「さすがですわ。あのイワオーとか言う武闘家のパンチは0.1秒に1発の連続攻撃。普通の人間では不可能な技ですわ。しかし、ユート様は……」
「クラウディア、ユートのパンチは?」
そうルーシーはクラウディアに聞く。正直なところ、ルーシーには全くユートの攻撃が見えなかった。
恐らく観客たちも見えていないだろう。
攻撃を喰らったイワオーですら、全部は見えなかったはずだ。
しかし、クラウディアならたぶん見えていたとルーシーは思った。
「ユート様のパンチは0.01秒に1発ですわ」
「はああああああああん~!?」
もうルーシーは笑うしかない。
イワオーは自分に向かって来る拳を100発受けたことになる。
「あいつ死んでないよな?」
ルーシーは心配そうに落ちたイワオーがどうなったか、池で救出されているイワオーの様子を見る。
ぐったりしているが、大きなケガはしていないようだ。
「大丈夫ですわ。ユート様の左手首に腕輪。レベルはⅠでしたから。連打は受けたけど、1つ1つのパンチの威力は普通の大人と同じ。鍛えられた武闘家なら耐えられるレベルですわ」
クラウディアはさすがユート様と両手を握ってくねくねしている。
傍から見ると、恋する少女であるがルーシーは全然ほほえましくは思えない。
(こいつ、絶対に裏がある……)




