生き残った村人
「それではスタート!」
大きな旗が振られる。
「それ!」
ネロが危惧した通り、中央の優遇された連中が指揮を執って、押す方向を指示する。最初はネロの方向だ。
ものすごい圧力で人間が流れていく。
ネロも隣に押され、うさぎ男にぶつかる。
「あれ?」
ネロは驚いた。
ありえないことが起こる。
うさぎ男は1ミリも動かない。
押されてできた人の波は、うさぎ男を避けて流れ水の中へと落ちていく。
ネロはこの第1波を乗り切った。
なぜなら、ウサギ男が壁になってくれたのだ。
人の圧力に巻き込まれないようネロはウサギ男に密着した。
「おおおお……」
次は右方向へ勢いが増す。ネロはウサギ男の着ぐるみを掴み、体を滑り込ませて下流に立つ。
またもや、ウサギ男が壁になって人の流れに飲まれなかった。
(こ、この人……どんなけ強いっぺ……)
大勢の人の波に微動だにしない。
気がつくと250人もいた参加者が10分の1に減っていた。
(生き残った……生き残ったっぺ……)
ネロは周りを見回した。残っているのは強そうな男たちばかり。
自分と隣にいるウサギ男は明らかに場違いである。
男たちは自分とウサギ男を見て、にやにやしている。
どうやら、敵とはみなされていないようだ。
最後まで残しても問題ないと思われている。
それよりも、ネロやウサギ男を排除しようと動いたときに狙われることを警戒していた。
ネロとウサギ男の前で激しい戦いが行われる。
力負けしたものが水へ落とされる。
もしくは主君を勝たせるために抱き着いたまま、水へと落ちる。
やがてネロとウサギ男の2名を残して騎士団長の関係者以外は全員、水の中へと落ちていった。
「ふふふ……待たせたな」
騎士団長はそう言ってウサギ男とネロに声をかけた。
今、島の上にいるのは騎士団長と伯爵の息子。そして屈強な騎士団長の部下が3人。
ウサギ男とネロを叩き落とした後に部下3人が飛び降りて、勝負は決定である。
騎士団長と伯爵の息子がこの予選1グループの勝者となる。
(もはや確定。予定通りだ……)
騎士団長はよく整えられたあごひげを撫で上げた。
隣にいる伯爵の息子の父親からは多額の賄賂をもらっている。
この予選を勝たせればさらにボーナスが手に入ることになっている。
(簡単な仕事だったな……)
観客は大いに盛り上がっている。
どうやってウサギ男とみすぼらしい男を面白く落とすのか期待しているようだ。
「さっさとやれ。次がつかえているからな」
騎士団長に命令されて部下の3人はゆっくりと近づいてくる。
取り囲んで一人ずつ担ぎ上げて、観客の期待通り、派手に水の中へ落とそうとした。
しかし、ここから展開は観客たちも騎士団長も想像しない方向へと流れていく。
うさぎ男がポンと掴もうとした男の胸をついた。
「お、おおおおおおおっ~」
飛んだ。
男は地面から浮くように一直線に反対側へと飛んで落ちた。
唖然とする残り2名。
観客も驚いて一瞬静かになった。
そしてその後に大歓声が響き渡った。
思いがけない展開である。
「このおおおっ!」
2人がウサギ男に掴みかかった。
ポン、ポン。
軽く右手で押した。
「うああああああっ」
「わあああああああっ」
2人とも吹き飛んだ。
吹き飛んだだけではない。
中央に立っていた騎士団長と伯爵の息子も巻き込まれた。
4人固まりになって反対側の水へと落ちる。
笑いと大歓声が闘技場にこだまする。
「お、おらは生きのこったっぺ?」
ネロはきょろきょろと見回す。
島に残っているのはウサギ男と自分だけである。
250人いた参加者は2人を除いて全員、水の中へ落ちている。
「うおおおおおっ!」
観客の声援に思わずネロは両手を上げた。それに観客も応える。
ネロは何もしていない。偶然、不思議なウサギ男の隣にいただけだ。
それでも、ずっと一緒にいたので、ウサギ男の仲間と思われたのだろう。
ネロのアピールに観客たちは大いに盛り上がった。