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村人ネロ

 中央の騎士の呼びかけに一斉に同じ方向へ押す。ユートが立っている方向だ。たちまち、縁に立っている者は水へ落ちる。

 それを見て観客は大笑いをする。この予選の最初の段階は「お笑い」。

数が減ったら、純粋な格闘技戦を見ることができるから、見ごたえある舞台なのである。

 しかし、観客は大勢が水に落ちていく滑稽さに注目して、不思議なことが起きていることに気がついていなかった。

 ウサギの着ぐるみ姿のユートは押されても微動だにせず、まるで濁流の中にある大石のような状態であることだ。

人はユートのところで止まり、右へ左へと流れて落ちていく。


「よし、次は右方向だ!」


 騎士は作戦通りの命令をする。中央付近にいる者は今のところ同士だ。数を減らすために、お笑い要員を落とす。


「半分になったようだな」


 騎士団長は周りを見渡してそう叫んだ。自分の部下も何人も残っており、作戦通りの展開である。


「よし、やるぞ!」


 騎士団長は部下と共闘を約束している伯爵の息子に合図を送った。

 この予選は騎士団長と伯爵の息子が勝ち抜くと話し合っていた。

 100人ほどに減ったら、共闘して強そうな連中を落とす。これは部下に命じてあった。


「それ!」


 いかにも強そうな冒険者風の男。体が大きな男たちを選んで水へ落としていく。狙われた側も大人しく落とされはしない。激しく抵抗して騎士団長の部下を道ずれにする者もいる。

 騎士団長は残り少なくなった参加者を見る。部下の残りは7人。自分と伯爵の息子。後は10人ほどであるが自力でも勝てそうな者ばかりだ。


(特にあいつらは問題外だな)


 騎士団長は鼻で笑った。

 片隅でボー然としているウサギの着ぐるみと、その隣にいる古びたシャツで腹が見えている村人風のみすぼらしい若者。

 どう見てもお笑い要員が偶然生き残った感じだ。

 騎士団長に村人風と言われた若者の名は『ネロ』。

 年齢は20歳。格好が示す通り、サスティ王国南の山岳地帯の貧しい村出身。正真正銘の村人だ。

 どうして村人のネロがパンティオンに参加しているのかというと、これには深い理由があった。

 ネロの村は3か月前に大雨による水害の被害を受けたのだ。

 おかげで収穫物はすべてダメになり、村は飢餓に陥った。

 何とか蓄えていたものでここまで生活することができたが、もう食料は残り少なく、また来年植える種や苗を買うお金もない。

 村人たちは、この危機的な状況を乗り越える方法がないか考えた。

 領地を治める貴族に嘆願はしたが、何もしてくれない。

 100人程度の小さな村の復興に資金を出すのは、投資に見合わないと判断されたのだ。

 そこで村人たちが考え出したのが、都で行われるパンティオンに村の代表を出場させること。

 決勝トーナメントに出場することができれば賞金が入る。

 ベスト16で金貨50枚。ベスト8に残ると金貨は100枚。

 ベスト4で300枚となる。優勝までいけば金貨1000枚が支払われる。

 村の完全復興には金貨1000枚以上はかかるが、ベスト16で金貨50枚でも村人たちの食料を買うことができる。

 できるだけ賞金を多く稼ぐのがネロに託された村人の期待なのだ。

 村人たちはみんなでお金を出し合い、金貨1枚を集めた。

 必死の思いを込めたお金だ。

 それを旅費にして村で一番強いネロを送り出したのだ。


「こ、これは無理だっぺ……」


 しかし、都へ初めてやってきたネロは、自分がいかに狭い世界で生きてきたかを思い知らされた。

 村一番の力持ちと言われていたが、単に体が大きいだけ。

 昔は体重もあって力もあったが、今は食糧難で痩せている。

 それに状態が十分の自分だとしても、パンティオンに出場するという参加者にはとても勝てないと思った。

 自分より体が大きく、格闘にも慣れている冒険者。

 伝統ある剣の技を長年に渡って習得した騎士。

 近隣の村の合同祭りの相撲で一番を取った自分の経歴など、何の価値もない。


(どうするべ……せめて決勝トーナメントに出て賞金をもらわないと)


 村ではネロの帰りを待ている100人の村人たちがいる。

 みんな1日1食で何とか生き抜いている。

 なけなしのお金を出してネロを都に送り出してくれたのだ。


「だけど……これはどう考えても無理だっぺ」


 予選は250人ほどまとめて島へと送り出される。

 最初に行くのは見ただけで強そうな参加者。

 明らかに主催者側に贔屓をされていることは、ネロにも分かった。

 そして後になった者たちのお祭り気分な雰囲気。

 一番安全な中央付近は、いかにも勝てそうな参加者が占めているから、空いたスペースは外回りしかない。

 それでもそれに不満を抱く様子もない。


(この人たち、勝つ気がないだっぺ……笑いを取ることしか考えてないっぺ)

 観客に向かって両手を振ったり、叫んだりしてアピールしている。

 参加したことに意義があると思っているとしか思えない。


(お。おらは違うっぺ。どうしても勝たないと村人が大勢死ぬっぺ……)


 そうネロは思うが、この競技方法ではどうにもならない。

 競技開始と共に、一斉に押されて水に落ちる。そして周りの観客に笑われる。


(どうしたらよいっぺ……)


 不安そうにネロは隣を見る。隣は小さなウサギの着ぐるみを来た参加者。

 明らかにお笑い組だろう。

 だが、この着ぐるみは観客に向かって一切アピールをしない。

 何も言わず突っ立てるだけだ。


(なんだ、この人……やけに小さい。)


 着ぐるみの身長は150cmちょっと。ネロの胸ほどしかない。

 子どもが参加してはいけないというルールはないが、参加する子どもはいない。

 小さな体の子供では大怪我をしかねないからだ。

 誰とも話さずただ立っているだけ。

 なんだか不気味だとネロは思った。

 しかし、このウサギ男の運命は決まっている。

 何しろ、島の縁ぎりぎりに立っている。

 反対側から押されて100%水に落ちることは決まっている。

 その隣にいるネロも同じ運命だ。

 ネロが押されてウサギ男にあたり、2人とも水に落ちる。


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