羅漢、リベンジを誓う
「わああああっ!」という大歓声が酒場全体を覆いつくす。
「すげえぜ、ウサギ」
「あの筋肉ダルマがまったく歯が立たないとは……」
「マジかよ!」
みんな大番狂わせに拍手喝さいである。
地面に転がった羅漢は怒りで顔が真っ赤である。先ほどのプレッシャーの理由が分かったことよりも、今まで味わったことのない屈辱で我を忘れていた。
「も、もう一度勝負だ。右腕は連戦で疲労が溜まっていたのだ。左腕で勝負」
羅漢は油断しただけだと言い聞かせていた。人間相手に怪我をさせてはいけないと思い、実力の1%しか出さなかった。負けた理由はそれだ思った。
(人間にも超人的な力をもつものはいる。そういうことだ。ならば、力を5%開放するだけ!)
羅漢は解放した。そして先ほどと同じように今度は左回転で体ごと回り、腕は瞬殺で樽に押し付けられた。
「も、もう一度!」
こうなれば自棄である。
羅漢は10%開放した。しかし、1秒ももたない。
(ありえん、ありえん!)
再度挑戦をした。これが最後だと土下座をした。
もう魔王のプライドなどない。
この貧弱な種族のはずの人間に勝つことしか頭がない。
「もう手加減はなしだ。全力を出す!」
羅漢は小細工しないと決めた。
人間界では自分の力の50%は制御されている。
しかし、50%でも強大な力だ。人間をはるかに凌駕する力だ。
「今度は貴様を地面に転がしてやる」
そう叫ぶ。周りは大騒ぎ。
もう羅漢が道化みたいになっている。
だからこそ、勝たねばならない。
「仕方がないですねえ……これが最後ですよ」
そうウサギ姿のユートが両手を広げて(やれやれ)というジェスチャー。
もう羅漢は怒りが頂点に達する。
魔王たる自分がここまで屈辱を受けたことはない。
しかも相手は人間。
うさぎの着ぐるみを着たふざけた奴だ。
小柄で声は少年の声。
こんな相手に自分が腕相撲で負けるはずがない。
「おりゃ!」
羅漢は気合を入れてユートの手を握る。
今の気合でビリビリと酒場の空気が変貌する。
なにしろ、闘気で窓ガラスが音を立て、見ている冒険者にもそれは伝わった。
「おいおい、マジだぜ、あのおっさん」
「すごい闘気だ……ドラゴンの前に出た気分だぜ……」
「腕相撲に真剣になり過ぎじゃないか」
これが剣を抜いた決闘なら緊迫感は最高潮になろう。
しかし、勝負はただの腕相撲だ。
なんだか滑稽ではあるが、真剣な羅漢の姿に周りまで緊張する。
「では、勝負!」
審判の手が離れた。羅漢は全力を出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ~」
そして目が回る。
手の甲は樽にくっつき、そして自分は回転する。
しかも1回転ではない。自分がこめた力のエネルギー分、自分の体が回転している。
樽は木っ端みじんに砕け、回転した羅漢は地面に叩きつけられた。
「わああああああっ!」
「すげええええええ」
勝負が付いた途端に、酒場は大熱狂に陥った。
「おい、ユートとやら」
羅漢は床から立ち上がった。
完璧な負けが返って冷静さを取り戻させたのだ。
「はい、なんでしょう?」
「貴様、パンティオンには出るのか?」
そう羅漢は聞いた。
パンティオンはこの町の祭りのメインイベントである。
決勝は選ばれた12人の猛者によって行われる。
うち4人は実績と名声からすでに選ばれている。
残り8人は予選枠から選ばれる。
出場を希望する人間のバトルロイヤルで選ばれるのだ。
「いえ、出ませんけど」
そうユートは素っ気なく答えた。
元々、この町に来たのは仕える勇者アリナが招待されたからだ。
アリナはパンティオンのシード選手4人うちの一人なのだ。
「出ろ。この俺も出る。そこで再戦だ」
「出ませんよ。優勝するのはアリナ様ですし」
「アリナだと……勇者か……ふふふ……ははは……」
羅漢は笑った。
人間に化けてパンティオンに出場するつもりであったが、まさか勇者も出るとは思わなかった。
それならば勇者の力量の知ることができる。
「勇者など、このわしが潰してやる」
そう声高らかに叫んだ。
しかし、先ほどから無様に腕相撲でユートに転がされているので、全く説得力がない。周りの冒険者たちは笑いだす。
「笑うな、お前ら、この俺様は、魔……」
慌てて口を押える羅漢。
自分は魔王とか叫んでもこの状態では絶対に信じてもらえないが、それを言ってしまうことはいろいろと面倒なことになる。
「い、いいか、うさぎ男。勇者アリナなんか、この俺様がぶっ潰す。勇者のことを思うのだったら、貴様が出場しろ。俺の名は羅漢。今年のパンティオンで優勝する男だ」
そう言ってユートに向かって指を差す。
何だか決まったようなセリフと動作だが、先ほどの無様な腕相撲の負けのせいで滑稽にしか見えない。
「おいおい、着ぐるみに腕相撲に負けているのに随分と強気だな」
「羅漢の名が予選通過の8人にあるか期待しておくよ」
周りの人間はそう言って笑い転げる。余興としては最高の喜劇である。
みんな追加のエールを注文する。
「あ、あなたはなんてことを……」
ユートはユートで羅漢の言うことに食いつく。
崇拝するアリナのことになると、冷静さを失うのは相変わらずだ。
「アリナ様をぶっ潰すなどと無礼な妄言……そうはさせません。いいでしょう。そのパンティオンとかいう競技に僕も出ましょう。アリナ様ならあなたのような人は軽くやっつけられるでしょうが、僕はあなたのような粗暴な人をアリナ様と戦わせたくはありません。及ばずながら、この僕がアリナ様の盾になります」
ユートはそう宣言した。羅漢は豪快に笑う。
「はははははっ。それはいい。パンティオンでリベンジしてやる!」
羅漢はテーブルに置いてあった他人のエールのジョッキを掴むといっきに飲み干し、十分すぎるほどの金をテーブルに叩きつけた。
「今日は俺のおごりだ。前祝に飲むがいい!」
そういうと羅漢は酒場を出ていった。
「くくく……これは面白いことになったのですわ」
そうクラウディアは笑う。ルーシーはもう何が何だか分からない。
周りの連中は筋肉おっさんのことを無様だと笑うが、ルーシーには分かる。
ユートが強すぎて結果は無様な負けだが、このおっさんの強さはドラゴン以上だ。
ただの人間ではないことは確かである。