看板娘の危機
「女の名はリリアン。19歳。花屋の看板娘……」
店の前で馬車を止めたバーモントは、部下が明けた扉から店に入る。入った途端に空気が変わるのが分かる。
『恐れ』と「媚び」が混じった独特の空気だ。
この空気はバーモントにとって非常に心地よいものであった。
「これはバーモント様。わざわざいらっしゃいますとは、光栄でございます」
そう言って店の主人が額に汗をかいて出て来る。
バーモントの狙いである看板娘はどうやら店の奥に引っ込んだようだ。警戒しているのだろうが、もう遅い。
「総会で使う花をもらおうか……」
「は、はい……。いかようにでも用意させていただきます」
そう店の主人は頭を下げた。
早く商談を終わらせて帰ってもらいたい気持ちのようだ。
「店の花は全部もらおう」
「は、はい。ですが……あの……」
店の主人は恐怖を感じながらも、これは確認しないといけないと勇気を振り絞った。
「ぜ、全部で金貨30枚ほどになります……お支払いは現金でいただけますでしょうか……」
こう言ったのはわけがある。
バーモント一党はツケ買いと称して金も払わずに商品を持っていくのだ。支払いをしたことはない。
すでにこの花屋も何度もツケ買いをされて未回収であった。
これまでの取引は1回1回の購入額が少なく、何とか月ごとの売り上げでカバーできたが、今回のように大量に買われて支払いがないと店の存続に関わる。
「店主よ……」
バーモントは機嫌が明らかに悪くなった。
ごつい指輪を付けた5本の指を広げ、店主の頭をわしづかみにした。
「不愉快にさせるなよ……。俺が金を踏み倒すとでも?」
「え、ええ……踏み倒すなどとは……しかし、今まで金貨で10枚ほどお支払いがされていませんので……」
店主は恐怖に引きつりながらも食い下がった。
ここで殺されるか、店が潰れて首をくくるかの瀬戸際である。
「おい、ここの支払いを滞っていたのか?」
そうバーモントはそばにいた部下に尋ねた。部下の顔がひきつる。
「は、はい……いつもとおり、払っていませ……」
そこまで言った時、バーモントの裏拳が部下の顔をえぐった。鼻血と口から出血。歯が2本ほど砕けて落ちる。
「ひっ……」
店主の顔は蒼白になる。床には血みどろで転がっている男。
「すまぬな。後で払いに来るが、店主よ。花だ。ここの花を全部よこせ」
「は、はい……」
慌てて準備に走る店主だが、その襟首をバーモントに掴まれた。
「一つ聞くが、花が一つ足りない」
「へ?」
店主は何を言っているか理解できない。
バーモントは顔を近づけ、邪悪な笑いを見せつけた。
「お前の娘だ。リリアンといったな。その花もだ」
「ご、御冗談を……」
店主の声は裏返る。
「冗談ではない。お前の娘は美人だ。明日の総会に花を添えてもらおう。なに心配するな。爺共に夜の接待をするだけだ」
「やめてください。お断りします。娘はまだ18歳なのです。結婚もしていないにです」
「店主よ。結婚前だからいいのだ。心配するな。爺共の餌にする前に俺が女にしてやる」
そう言うとバーモントは部下に命じて、店の奥に隠れていたリリアンを連れてこさせる。
「いや、お父ちゃん、助けて!」
リリアンは暴れるが、男2人に抑えられては抵抗ができない。父親は何もできない。
もし、ここで抵抗したら全員殺されてしまう。そうやって一家皆殺しにされた例がたくさんあった。
「すまない……リリアン……」
「お父ちゃん……」
「ふふふ……。観念しな。何も命まで取ろうと言うのではない。それとも何か……。広場前の死体のようになりたいのか?」
悪魔のような笑顔でバーモントはリリアンに近づく。
「ちょっと、待ってください」
この状況に似つかわしくない甲高い子供の声がした。




