月を動かす
日が落ちて夜が来る。
3日目前にアリナとユグノーの最大級魔法『炎王の裁き』で大ダメージを負ったと思われる3つ首竜が石化の休眠モードから目覚めた。
本当は『炎王の裁き』2連発は無効化し、ダメージは0。大ダメージはユートが投げた石のせいである。
竜は巨大な体を持ち上げ、すさまじい咆哮を上げた。
起きざまに炎のブレスをまき散らし、周辺の森を焼き払う。
「相変わらず、すげえ奴だぜ」
後方の岩山で勇者アリナと3つ首竜の戦いを観戦しているのは勇者の付き人であるユートとルーシー。
そして新たに加わったクラウディアの3人。
ルーシーはクラウディアからもらったステータス・アイの魔法効果で、3つ首竜のステータスを見ることができた。
3つ首竜 ランクA 500歳 攻撃力S 防御力SS 体力S 俊敏力B 魔法力B 器用C 耐性力S 知力C 運C カリスマD
特殊攻撃 炎のブレス 冷気のブレス 酸のブレス ドレインブレス
恐怖の咆哮(敵の防御力を下げる)再生能力(月の光量による毎時間回復)
大竜巻
体力の文字が赤くなって見える。
これはクラウディアの説明によると、体力が残り少ないと色が変わるらしい。
(色が変わって瀕死状態。この間、こいつが石を投げて与えたダメージだよな)
ルーシーはユートの顔を見る。
ユートは遠くの方で勇敢にも3つ首竜と戦いを繰り広げているアリナの応援に夢中だ。
それをほほえましそうに見ているクラウディア。
(もうお前ら2人であの竜を倒しちゃえばいいんじゃね?)
ルーシーはそう思わざるを得ない。
石一つで勇者アリナの最大級魔法『炎王の裁き』を弾いた竜の防御力を無効化し、体力を半分まで減らしたでたらめな強さをもつ謎の少年ユート。
そして300年前に当時の勇者と共に大魔王を倒した古の大魔法使いのクラウディア。
第8位階の魔法をはるかに凌駕する第10位階の攻撃魔法が使えるとクラウディアは言っていた。
それを使えば一瞬で戦闘は終わる。
今、竜と死闘を繰り広げている勇者アリナは2人の前で茶番劇をしていることになる。
関係者3人はそのことに全く気付いていないのが癪ではあるが。
「あ、月が出た!」
雲の切れ目から月が出る。
その光を浴びると3つ首竜の体力が戻っていくのが分かる。
アリナが第4位階、第5位階の攻撃魔法を連発して、3つ首竜の体力を削っていく。
3つ首竜は倒れそうになったが、それが1秒後ごとに体力が回復していくのが分かる。
どうやら、月が出ている時は回復スピードの方が勝るようで、月が出ていた10分ほどで体力の文字が元の色で回復してしまった。
また、雲に隠れたのでダメージが蓄積していくが、これでは倒すことはできない。
「おい、ユート、あれじゃ、アリナの体力が持たないんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ。アリナ様は勇者なのです。あれくらいは問題ありません」
全然問題にしていないユート。
クラウディアは空を見上げている。
「そうね。今度の雲は大きい。20分ほど月は出て来ることはないですわ」
「そりゃそうだけど……」
確かに雲に月が隠れるとアリナの攻撃力が3つ首竜の再生力を上回る。
たちまち、3つ首竜の体力の文字が赤く変化する。
アリナもここが勝負だと思ったようだ。
王国軍の兵士に攻撃を継続させ、自分はとどめを刺そうと第8位階魔法『炎王の裁き』の詠唱を始めた。
「これが成功すれば、勇者の勝ちだな……」
ルーシーはそう安堵した。
この状態で『炎王の裁き』を放てば、3つ首竜は消滅するだろう。
「ユート様、これを使うとよいのですわ」
急にクラウディアが体に斜めがけした赤いポシェットを開けて、ずるりと大きな戦鎚を取り出した。
長さは2m。重さはどう見ても30kg以上ありそうな巨大な武器だ。
「おい、なんでそんな小さなポシェットからそんな武器が出せるんだよ!」
ルーシーはそう突っ込む。小さなポシェットから出てきてよいものではない。
「このポシェットはクラウの宝物庫と通じているの。これは雷神のハンマー。強力な攻撃力を誇る魔法の武器なのですわ」
「それをユートに渡してどうするんだ。あの3つ首竜を攻撃するのか?」
そうルーシーは聞く。
この局面でユートが加勢する意味が分からない。
それをするなら、最初からすればいいのにと思った。
握りこぶし大の石をぶち当てただけで、3つ首竜が瀕死状態までにした男だ。
そんな魔法の武器を投げつけたら、恐らく瞬殺だろう。
「ルーシーさん、馬鹿だなあ」
そうユートは笑う。無性に腹だ立つルーシー。そんな風に笑われたくない。
「バカってなんだよ。殺るなら、最初からやれよ!」
「僕ごときが3つ首竜を倒せるはずがないじゃないですか。倒すのはアリナ様です。ですが、アリナ様のお手伝いをしないといけません」
そういうとユートは巨大な戦鎚を頭上で振り回した。
ブンブン振りまわすたびに風圧で周辺の岩壁が削れていく。
「ほい!」
軽い口調の声を出して、ユートは戦鎚を放り投げた。
その方向は空。回転しながら雷神のハンマーは雲の中に吸い込まれていった。
「はあ……一体、お前は何をしたんだ?」
意味が分からないルーシー。
時に何も起きた様子はない。
少し辺りが暗くなったような感じがした程度。
それはアリナの究極魔法『炎王の裁き』の解放の影響だと思った。
「ぐあああああああああっ!」
凄まじい咆哮が響き渡った。3つ首竜の3つの口が天に向かって口を開けたのだ。
「あ!」
ルーシーは絶望感に捕らわれた。
なぜなら、その行動が3つ首竜の起死回生の行動だと理解したのだ。
「大竜巻、奴の特殊能力発動だ!」
3つの口から出た快音波は大きな竜巻となり、天を覆っていた厚い雲を弾き飛ばした。
そこから煌々と照らされる月明かり。それによって勇者アリナの究極魔法は無効化される。
「え?」
ルーシーは空を見上げた。目も口も驚きで開いたままだ。
『炎王の裁き』が放たれた。
3つ首竜は紅蓮の炎に包まれ、それは赤からオレンジ、そして黄色から白へと変化してその体を消滅させたのであった。
ルーシーは空を見上げたまま。
3つ首竜の放った大竜巻で雲は消えている。
しかし、空に輝いているはずの月がない。
「お、お前、月をどうした!」
ルーシーは慌ててユートにそう聞いた。
ユートに聞いたのは、彼が空に戦鎚を放り投げたという事実があったからだ。
そしてユートの答えは、予想通りのめちゃくちゃだった。
「ああ、邪魔なのでお月様には消えてもらいましたよ」
「はあああああっ!」
ルーシーは両手を顔に当てて天を仰ぐ。
「嘘だろ、月をあのハンマーで壊したのかよ!」
「あら、ユート様がそんなことできるはずがないのですわ」
そう言ってクスクス笑うクラウディア。
この女はユートがしたことを正確に理解しているようだ。
「そうですよ。僕は神様じゃないんです。ただの付き人ですよ。お月様には少しだけ場所を移動してもらっただけですよ」
そう言ってユートは指さした。
それは東の山。その山際にうっすらと光が見えている。
南の空に浮かんでいた月がなぜか東に沈んだ状態にある。
「月を動かしたって……。おいいいいいいいいいっ!」
ルーシーの叫び声は岩山にこだました。
ハンマーをぶち当てて月を動かすなんて、でたらめにしてもほどがある。