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吸血鬼の正体

「あなたがこの城の主ですか?」

 

ルーシーが恐怖で歩けないのに、ユートは何も感じていないらしく、そんな能天気な調子で吸血鬼に話しかけている。

 吸血鬼は一瞬声が出ない。予想外の反応だったからだろう。

 咳払いを1つした。


「おかしいですわ。私の邪気に充てられて、普通の人間は動けなくなるのが普通。あなたは何も感じないの?」

「はい、特に何もです。まずは、自己紹介しましょう。初めまして。僕の名前はユート。勇者アリナ様に仕える付き人です。年齢は13歳です」

「……私はクラウディア・マナウス。300年の時を生きる吸血鬼ですわ」


 老婆はそう自分の名を明かした。

 これはルーシーが事前に調べていたこと。クラウディアは伝承では、先代大魔王アトゥムスを倒した勇者の仲間とされている。


「それにしても勇者の付き人が何の用なのです?」


 そうクラウディアはユートに聞く。


「はい。あなたが持っているエリクサーを分けていただけないかと」


 正直に答えるユート。屈託ない笑顔である。


「くくく……。私のもつエリクサーを分けてくれですって……。あなた、脳みそが沸騰していないかですわ?」


 そうクラウディアは拒否の意思を示した。

 今までこの古城にやってきた冒険者の大半は、クラウディアを退治して自分の名声を高めようとする者ばかり。

 クラウディアは容赦なく、そういう者は殺してきた。これはクラウディアに与えられた大魔王の呪いである。

 善の側であったクラウディアが、悪の象徴として冒険者から命を狙われることになったのだ。

 大魔王アトゥムスが滅びる前に自分を倒した勇者一行に与えた呪いは、皮肉に満ちていた。それは人間の欲望に根差した汚い面を浮き立たせるものだった。


「そこを何とかお願いします。すべては神様から力を与えられた勇者アリナ様のためです」


 ユートはそう言って胸を張った。

 アリナのことになるとユートは見境がない。しかし、ルーシーは別だ。

 ユートの言葉を聞いてクラウディアの表情に悪意が満ちているのがわかった。

 特に『勇者』というワードに反応したようだった。


「ユート、やばいって、そのお願いの仕方は」


 ルーシーはユートのシャツをひっぱり、そう小声で言った。

 ユートはきょとんとしている。


「勇者ですって……。勇者……。私の知っている勇者は、私が大魔王の呪いをかけられたとき、同情はしたけれど結局は見捨てた。私はそれ以来、300年間。魔物として生きるしかなかったのですわ」

「それはお可哀そうに」


 ユートの言葉には本当に憐れむ気持ちが込められていたが、こんな子どもに慰められても300年も孤独に生きて来た老吸血鬼には、逆に馬鹿にされたように聞こえたようだ。


「あなたなんかに言われたくないですわ。死ぬといいですわ!」


 元勇者一行に加わっていた魔法使いらしく、無詠唱で直径1mもの炎の火球を5つも作り出した。自分の頭上に半円状に出現している。


「焼かれて死ぬといいですわ、黒炎弾5連!」


 すさまじい炎がユートとルーシーに向かって来る。あんな火球が命中したら、間違いなく黒コゲで死んでしまう。

 ルーシーはもう死んだと思った。


(ああ……短い人生だった……って、うそ!)


 ルーシーは目の前で起こっていることに思わず目をこすってしまった。

 ユートが素手でポンポンと火球を受け流したのだ。

 直径は5mもある巨大な火球を。

 弾かれた火球は広間の壁にあたり、壁が炎に包まれた。


「ありゃ、これじゃ、火事になりますね」


 ユートが右手で払うと、燃えている炎に水がどどっと降りかかった。魔法で水を出したのだ。

 水の勢いに燃え広がった大火が嘘のように鎮火する。


(嘘だろ……)


 たぶん、ルーシーと同じ考えの老吸血鬼は、ポカンと口を開けたまま固まっている。

 その隙を逃さないユート。老吸血鬼の背後に回って、両肩を抑え込んだ。目にもとまらぬ速さ とはこのことだ。

 ルーシーも吸血鬼もあまりの展開にボー然として動けない。


「今です、ルーシーさん、聖水をかけてください!」

「え、ええええっ!」


 読めない。ユートの行動が読めない。

 読めないが聖水を使うことは理解できる。

 確かに吸血鬼に聖水を振りかければ、ダメージを与えられるかもしれない。

 先ほどもワイトも一撃で動かなくなった。


(よし、聖水パワーでこの吸血鬼も……案外、これで勝負がついたりして)


 ルーシーは聖水の瓶を逆さにして、全て老吸血鬼のくすんだ黒髪交じりの白髪に振りかけた。

「どうだ、これで吸血鬼は退散~っと……」


 頭の毛がびっしょりと濡れた老婆が恨めしそうにルーシーを見る。


「え……効かないの?」

「聖水など、私に効くものですか!」


 そう抜けた歯が目立つ口で老吸血鬼は怒鳴った。


「私は大魔王の呪いで若さを失い、そして吸血鬼にされのですわ。しかし、私自身は神の信仰を失っていない。吸血鬼ではあるが、これまで人の血は吸ったことがないの。それはすなわち、神の敵ではないということですわ」

(なるほど……。人の血を吸ってないから、真の吸血鬼化はしていないということ。聖水は効果がない……)


 老婆は右手でルーシーを軽く払った。風圧でルーシーの体が後方へ5mも転がる。



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