吸血鬼の森
吸血鬼の住む古城がある森は、ドランバニアの森と呼ばれていた。
邪悪な瘴気が森全体を包み込み、邪悪なモンスターが巣くう危険地帯である。
人は勇気のある冒険者以外は近寄らない。
その森にユートとルーシーは足を踏み入れている。
「吸血鬼の名はクラウディア。100歳を越える老婆の姿をした吸血鬼。城には強力なガーディアンが守備しているので、この吸血鬼の姿をみたものはいない」
そうルーシーは歩きながらユートに自分の調査したことを教える。
城の中の人や王都の人々、冒険者ギルドに聞き込みをして得た情報だ。
クラウディアという吸血鬼は、今から300年前。
先代の大魔法アトゥムスが封印された時代から住んでいたと言われる。
一説によれば、大魔王と戦い敗れたウィザード姿だとか、先代大魔王に仕えていたとか、呪いをかけられた亡国の王女が正体とあった。
(しかし……)
ルーシーは先ほどから感じる違和感の戸惑いを隠せない。
(この森は邪悪なモンスターの巣窟。ベテラン冒険者でさえ、あまり近づかないとされる危険地帯……なのに)
もう森に入って2時間になるが、モンスターと呼べるものに出会っていない。
どういうわけか、姿を現わさないのだ。
先頭を歩くユートの格好は軽装だ。防具を付けることなく、ストライプシャツに吊り半ズボン。ハンチング帽子を被っている。
武器と言ったら、右手に持っている樫の棒。
武器が何もないのは不安だとユートが言って、町の武器屋で購入したものだ。
値段は銀貨1枚。
一応、武器なので持ち手には布が巻かれ、握りやすくなっているが、刀身は木である。
樫の木なので固いのだが、せいぜい、野良犬を追っ払うのに使える程度の攻撃力である。
そんな貧弱装備のユート。ルーシーも革鎧は着ているが、盗賊らしく軽装である。
両手に持ったのは短剣。両手持ちの持ち主にふさわしいデザインのものだ。
洒落たデザインだが、所詮は短剣。攻撃力は大して期待できない。
「ルーシーさん行きましょう。地図によるともうすぐ吸血鬼さんがいる古城ですよ」
(……何だかな。モンスターも怖くて出てこられないということか?)
ルーシーはそう推測した。
モンスターと言うのは自分より強い相手を本能的で感じ取る。
ルーシーのその推測は確信に変わった。
森の木々の後ろに鬼のような魔物を数体発見した。
道を隔てた反対側には虎に似た魔獣がいる。
どちらも見た目は強い。ベテラン冒険者でも苦戦しそうな強い魔物だろう。
それがこっちを見ている。
襲い掛かろうと狙っているのではない。
鬼のような魔物の顔は恐怖で引きつっているのが分かる。
虎の魔獣の表情は分からないが、尻尾が垂れて前足も後ろ脚もがたがた震えているのがもろ見え。
どちらとも、人間がやってきたので襲おうとここまで来たけれど、とんでもない奴だと分かったので固まってしまった図だ。
(だったら、逃げればよいのに……)
ルーシーはそう思ったが、魔物の立場からしたら逃げ出すこともできない事情が痛いほど分かる。
(背中を見せたら死ぬという恐怖……分かる)
ユートはそんな魔物に全く気付いていない。
いや、ユートの能力なら気づかないはずがない。
きっとアリがこっちを見ているという感覚なのだろう。気にも留めないレベルなのだ。
それに比べてここへ来てしまった魔物は気の毒だ。
ユートが何気に草が揺れる音で視線を向けたのだが、その方向にいた鬼の化け物は恐怖でおもらししてしまったのをルーシーは見てしまった。
(おいおい……そこまでかよ!)
ルーシーも必死だ。黙々と歩くユートとはぐれたら、この魔物たちに襲われてしまう。