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エリクサーと吸血鬼

 王国では久しぶりの勝利に沸き立っていた。

 勇者アリナの強烈な魔法で3つ首竜は失神し倒れたのだ。

 すぐに石化してしまい、とどめはさせなかったがまだ月夜なのに石化してしまったことで、かなりのダメージを与えたと思われた。

 明日の夜にまた復活することも考えられたが、とりあえず王都から30キロ地点で足止めをすることに成功した。

 問題は勇者一行の容態である。

 医者が診察するには、体への物理的ダメージはそれほどないが、かなりの生命力を奪われたのか、ベッドから起き上がれない状態である。

 特にアリナの消耗は激しく、元に戻るまでに1か月はかかると宣告した。

 これには王国の人々も歓喜から絶望へと追い落とされた。

 3つ首竜は今晩にでも再び現れる。

 アリナたちの与えたダメージがどれほど影響するか分からないが、勇者が不在のところに現れたら、もう止める手立てがない。


「生命力をすぐに復活させる方法はないのですか?」


 そうアリナの看病をしているユートは医者に聞いた。医者は答える。


「現状ではない……。栄養のあるものを食べ、よく眠り、よく休む。それしかない。まあ、命の別状はないから安心しなさい」


 だが、医者もそれが何の気休めにもならないことを知っている。

 アリナが復活しなければ、今晩にでも王国は3つ首竜に滅ぼされてしまう。


「まあ……1つあるにはあるが」


 意味深なことを医者は言った。


「なんですか、教えてください」


 ユートは頼み込んだ。付き人の少年の必死の頼みに医者は話した。但し、これでどうにかできるとは少しも思っていない。


「ここから北にある森に古城がある。古の吸血鬼が住んでいると言われ、誰も近づかないところだ。これまで何組もの冒険者が足を踏み入れたが、一人も帰って来なかった」

「そんな恐ろしい吸血鬼さんが住んでいるのですか?」

「あくまでも伝承だよ。それでそこに生命力回復の薬があるという。万能回復薬エリクサーだ。それがあれば勇者はすぐに完全回復する」


 そう医者は話した。あくまでも伝承であり、確証はない。

 それにその吸血鬼を退治してエリクサーを手に入れようにも、王国にはもう人材を派遣する余裕がない。


「分かりました」


 ユートはそう言って熱が出て苦しんでいるアリナの手を取った。


「アリナ様、少しだけお待ちください。僕がその吸血鬼さんに頼んで魔法の薬エリクサーを手に入れてきます」


「う……うううん……」


 うなされるアリナ。意識がもうろうとしてユートの言っていることが理解できないようだ。


「よしなさい。君のような年端も行かない少年が行けば死んでしまうぞ。古城には主人を守るガーディアンが多数配置されている。吸血鬼に会う前に殺されてしまう」


 ユートと医者のやりとりを聞いているルーシー。


(いやいや、お医者様。その心配は100%ないと思います。その吸血鬼とやらも問題ないです。それよりもこいつが回復魔法をかければ勇者は治ると思います。いやいや、それより今晩、復活した3つ首竜に石を投げればすべて解決……なんだけどなあ……)


 そう思って聞いているが、ユートがとんでもない能力を持っていることを全く自覚していないのでどうしようもできない。


 本人に言っても「何を言っているのですか、ルーシーさん。僕にそんな力があるわけないじゃないですか。僕はまだ、アリナ様のパーティに入れてもらえない修行の身なのですよ。クエストベースで待機する役なのです」と返される。


「ユート、その吸血鬼のところへ行くのか?」


 医者が帰るとルーシーはそう確認してみた。

 答えは分かっている。

 この勇者に心酔している少年が行かないわけがない。


「もちろんです。アリナ様が苦しんでいらっしゃるのです。付き人しては、できることは何でもします」

「吸血鬼退治だぞ」


 一応、そう聞いてみた。

 するとユートは少し困った顔をした。


「確かに吸血鬼さんは怖いです。その護衛をしているモンスターも手強いでしょう。アリナ様なら簡単でしょうが、無力な僕では死んでしまうかもしれません」

(いやいや、それはない。絶対ないと断言する!)


 ルーシーはそう心の中で突っ込むが、顔には出さない。真顔である。


「それでも吸血鬼さんに頼んでみます。きっと、アリナ様のことを話せば、喜んで魔法薬エリクサーを分けてくれるはずです」

(はいはい、お前に恐れおののいて命乞いをして差し出すと思うよ)


 それでもルーシーは1つ懸念を話した。


「じゃあ、お前がその吸血鬼の住む古城に行くとして、3つ首竜はどうする。今晩も満月。夜になれば竜は復活する」


 今は午後の3時。あと4時間もすれば夜になる。

 日中は雲もない快晴。夜も満月が輝くだろう。


「それは心配ありません。アリナ様は勇者です」

「何言ってんだ。アリナが勇者だから、この状況を何とかできるのかよ。本人はエナジードレインで寝込んでいるのに」


 ルーシーはそうユートに反論する。

 そうしないとこの天然ボケ少年。3つ首竜のことを放置しそうだ。


「ルーシーさん。勇者と言うのは神様に選ばれた存在なのです。きっと、天に祈ることで奇跡が起きますよ」

「だから、祈るも何もアリナは寝ているじゃないか!」

「ですから、付き人の僕が代わりに祈ります。僕では役不足だとは思いますが」


 そう言うとユートはスタスタとドアを開けてバルコニーに出る。

 夕日の赤い光がいっぱいに差し込んでくる。

 雲はまばらのいい天気。そして美しい夕焼け。

 今晩は星がきれいにまたたく晴であろう。月がきれいに見られる。

 ということは、3つ首竜は最強状態で復活すること間違いなし。


「神様、アリナ様のお願いです。あの3つ首竜が動けないようにしてください」


 両膝を地面に着け、そして両手は握って天に懇願するユート。


(いくらお前でもそんなことで奇跡なんか起きるわけが……)


 後ろで見ていたルーシーの鼻の頭が冷たくなった。そして次は頭。さらに鼻。

 水滴がポツンポツンと落ちて来る。


(嘘!)


 ルーシーが空を見上げる。

 いつの間にか黒い雲が空全体を覆い、雨が降り始めた。

 激しい雨。

 月は隠され、真っ暗な夜の帳が落ちる。

 これでは3つ首竜は実体化しない。


(な、なんでもありかよ!)


 ルーシーは祈りを止めたユートを見る。ユートはにっこりとほほ笑んだ。


「さすがはアリナ様。付き人の僕が祈っても奇跡が起きました。雨です」

(いやいや、お前だからね。お前の祈りで天気変えたからね。天気変えるのって、人間業じゃないからね。普通)


 雨は一晩中降り続いた。

 久しぶりに王都の国民や王宮勤めの役人たちはゆっくりと眠ることができた。


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