付き人の特訓1
「お前、日ごろからどんなトレーニングしてるんだよ」
そうルーシーはユート聞いてみた。
正直、そんなこと聞くと後悔すると心のどこかで警鐘がなったが、人間、危ないと思っても好奇心がまさり、黙っていられないものだ。
ユートは(ルーシーさん、変なことを聞くなあ……)という顔をしたが、にこやかにこう答えた。
「大したことはしてませんよ。アリナ様にお仕えするために体を鍛えているだけですので、話すほどではありません」
(何を言っている……)
ルーシーはこれまでのユートのとんでもない能力を知っているので、それが嘘というか、常識外れであると思っている。だから、重ねて聞く。
「いいから教えろよ」
強く言われて、仕方なくユートは話した。
「腕立て伏せ100回に腹筋100回。それにスクワット100回に軽いランニングです」
「はあ!」
(ありえない……)
そうルーシーは思った。まあ、毎日やるにはハードなメニューかもしれないが、それはあくまでも酒を飲みすぎて腹の出た中年男が計画するレベル。
計画したはよいが、やっぱりハードなので3日で終わりという内容だ。モンスターを素手で殴って倒すには足りなさすぎる。
どう考えても勇者も凌駕し、強力なモンスターもほぼ消し飛ばす少年がこの程度のトレーニングだけで強くなったわけがない。
「嘘だろ。本当のことを言えよ!」
ルーシーはそう強く迫る。
この少年の秘密が特訓にあるとにらんだのだ。
もしかしたら、特殊な魔法によるものとか、人間の肉体を変える魔法薬とかが関係するのではと疑っている。
「本当ですよ。なんなら、ルーシーさん。僕のトレーニングの様子を見ます?」
「ああ、見せてもらおうじゃないか!」
ルーシーはそう言った。
(こいつ、絶対隠してやがる)
そう結論づけた。
普通の人間がやる腕立て伏せや腹筋程度の筋肉トレーニングで、モンスターを撃破するような体になるわけがない。
そしてルーシーは知ることになる。
ユートのトレーニングは申告のとおりであった。
しかし、内容が想像を絶するものであった。
まずは腕立て伏せ。
「それでは腕立て伏せをします。回数は100回です」
ユートは普通に話すが、そもそもこのトレーニング場所が異常だ。
ここは町から20キロも離れた山の中。大きな岩山の中腹。
ここまで手を引かれてあっという間に連れてこられた。
信じられないが10分もかかっていない。テレポートの魔法を使ったわけではない。右手を掴まれて引きずられたのだ。ほとんど空中に浮いていたから、ルーシーの足は汚れていないが、あまりの風圧に顔の皮がたるたるになっている。
(それはいい。突っ込まないでおこう)
ルーシーは上半身裸になって腕立て伏せをしようとするユートの姿を凝視した。
「あ、あのな、ユート」
「はい、なんでしょう?」
「その背中に乗せているのはなんだ?」
「岩です」
「それは分かっている。なんでそんな大きな岩を背中に乗せている。なんでそれで潰れない?」
ルーシーの目の前にいるユート。
背中に馬車ほどの岩を括り付けている。
あえて言おう。普通の人間がやったら押しつぶされて死んでいる。
それなのにまるでピクニックに行くときにランチを入れるリュックサックのように背負っている。
「こうしないと負荷がかからないのです。背負わないと数やらないといけないでしょう?」
「な、何を言っている。数じゃないだろ!」
「岩を背負わないと1万回やらないといけないのですよ。岩があれば100回」
「無理、無理、ムリ~!」
しかもだ。ユートは自分の胸が着きそうな地面に鋭く太い釘を何本も突き刺す。
もちろん、頭を地面にして先が体に向けられている。それが地面から5センチほど突き出しているのだ。
腕立て伏せをしくじって体を地面に着ければ、あっという間に串刺しである。
「お、お前、それは自分を追い込みすぎだろ!」
「何を言っているのですか、ルーシーさん。これくらいの緊張感がないとトレーニングにならないでしょう?」
簡単に言うユート。もう見ているルーシーの方が目を開けていられない状態だ。
「それでは行きます。腕立て伏せ100回」
ユートは腕立てを始める。
さすがに1トン以上はある岩を背負っても腕立て伏せ。
ユートの見た目、ほっそりした腕に筋肉が張り出し、かなり苦しそうだ。
しかし、もう一一度言おう。
腕立てしなくても普通の人間なら岩に押しつぶされて死んでいる。
(あえて言わないけど……腕立て伏せじゃないよね。指立て伏せだよね)
よくよく見れば、ユートの手のひらは浮いている。5本の指を立てて体を支えているのだ。
「70、71,72,73……」
汗がしたたり落ちる。見ているルーシーは緊張で気持ち悪くなってきた。
ちょっとでも力を抜けば、釘に心臓を貫かれて死ぬ。
それなのにユートは、刃がぎりぎり体に触れるか触れないかで体を持ち上げる。
「92、93、94……ううう……さすがにきついや~」
「い、いいから、もうやめろ。腕がプルプルしてるじゃないか。死ぬぞ」
「いい具合に乳酸が溜まって来ていますね」
「いいから無駄口叩くな」
「はい、96,97,98……99……100と」
(はあ~終わった~)
ルーシーは自分がやったわけではないのに、解放された気になった。もう見ているだけで疲労がずっしりである。
「今日は調子がいいから、あと10回」
「や、やめろ~」