ビギナーズラック
「それではベットしてください」
ディーラーが客に賭けるように促す。それぞれがチップをテーブルの数字に置く。アリナも少し考えて、いくつかの数字にチップを置いた。
「それでは、賭けるのをここで締め切ります」
ディーラーの男はテーブルの周りの客の顔を確認すると、優雅に球を取り出し、それを見せる。
「それではゲームスタート!」
華麗な手さばきでルーレットを回す。そして玉をこれまた華麗に投げ入れる。
くるくると回るルーレットと逆方向に回る球。
やがて、回転するルーレット上に球が落ちて跳ねまわる。
「まもなく、結果が分かります」
ルーレットのスピードが落ちてきた。
玉はくるくると周りを回り、やがてルーレットの中へと落ちる。
回転するルーレットの部屋の仕切りにあたって、こつこつと跳ねまわる。
やがて止まったルーレットの部屋に玉が入った。数字は赤の8番。
「や、やったわ、ユート。私の賭けていたところよ!」
アリナは8番に1枚、赤に1枚、8番と7番に1枚賭けていた。
全部で10枚賭けていたが、この3枚が当たりである。
7枚は没収されたが、8番で36枚、赤で2枚、8,7番で18枚もらったので、全部で56枚も増やすことができた。
「おめでとうございます。さすがアリナ様。ギャンブルも強い」
ユートはそうアリナを褒める。
ユートの隣で成り行きを見ていたルーシーは、浮かない表情をしている。
「ふふふ……。当たり前だわ。私は勇者なのよ。なにをやってもうまく行くのよ」
気をよくしたアリナは、2回目はもっと多くの枚数を賭ける。
今度は先ほど得た36枚を含めて、50枚を賭ける。
「はい、結果が出ました。黒の19番……」
ルーレットが止まる。玉が転がって今度は黒の19番に入った。アリナが2枚賭けていたところである。
「きゃあ~。ユート、また当たったわ」
「はい、アリナ様。さすがです。もはや、ギャンブルのプロ。幸運の女神様です」
「ユート、それはさすがに褒めすぎよ。でも、自分の運の良さは認めるわ」
2連続で当ててうれしがっているアリナの姿をニヤニヤして見ている。
クロードである。
クイクイ……。ユートは自分のシャツが引っ張られるに気づいた。ルーシーである。
「何ですか、ルーシーさん?」
「もう止めた方がいい。勇者を説得しろよ」
「……なぜですか?」
「決まっているじゃない……。こんなの奴らのシナリオどおりだ。こういうのは、最初は勝たせてもらえるんだよ。そして気分よくさせてから、徐々に負けさせる。そしてギャンブル地獄にはまって最後はすっからかんなんだよ」
「ふ~ん」
「ふ~んじゃない。そろそろ、がつんと負ける頃だ。プロのディーラーと言うのは狙ったところへ玉を入れることができるだよ」
「ルーシーさん、それは無理でしょう。あんな複雑な動きをする球を完全に制御なんてできませんよ」
「だけど、お客は結局負ける。カジノ側が細工をしているとしか考えられない」
「そう言う思考は負けると陥るものですよ。ディーラーはともかく、ルーレットや球に何か細工をしている可能性はあるかもしれないけどね」
そう言ってユートは遠目でテーブルを見る。
何か不自然なことはないかと観察する。しかし、特に不自然な様子はない。
こういうギャンブルは長くやればやるほど、設定された確率になっていく。
ディーラーは玉を投げ入れる。玉は転がりながらルーレット内を跳ねる。それを見て、お客たちが賭け始める。
「ちまちま賭けいても、時間がもったいないわ。大きく賭けていきましょう」
アリナはチップを100枚分賭けようと手を伸ばした。賭けが締め切られる直前のことだ。
「アリナ様、そう言えばお伝えすることを忘れていました」
ユートはそうアリナに話しかけた。賭ける場面で他の客も興奮している最中で、さらにユートの声は普段よりも小さかった。
アリナはよく聞き取れないので、チップを賭ける動作を中断した。
「はあ、なに、聞こえない」
「重要なことを忘れていました」
「え、なに?」
「たまには休むことも必要と、ベテランの方がおっしゃっていました」
「な、なに、こんな時にそんなことを言うのよ!」
「終了です」
ディーラーの冷たい声が響く。
アリナは結局、1枚も賭けることができなかった。
玉は跳ねながらだんだんスピードが落ち、そして入った部屋は「0」であった。0は賭けテーブルには描かれていない。
つまり、0は賭けることができず、もし、そこへ玉が入ったのなら親であるディーラーの無条件勝ちなのだ。
この勝負に賭けていた客はみんなため息をついた。
アリナは賭けなかったので1枚も損をしていない。
「あら、ユートのおかげで損をしなかったわ」
「偶然です、アリナ様。アリナ様の運の良さによるものです」
ディーラーの男は一瞬だけ悔しそうな表情をしたが、少し休憩すると言って、席を離れた。代わりに笑顔が美しい女性のディーラーが入る。




