偽りのゲーム
ライジンが主催するギャンブル場は、町の中心にある。
入場料で銀貨2枚を支払うことになるが、ギャンブルに目がくらんだ人間はここに入り浸る。
(今日も満員御礼……っと。大半はゴミ客だけどな)
公益法人ライジンの総支配人であるクロードは、タキシードで身を固めてフロアの客を見ている。
フロア全体にルーレットにカードゲームといったギャンブルができるコーナーがある。
クロードに言わせれば、ここでギャンブルする客はゴミ客である。
多くても金貨10枚。
ほとんどの客は金貨1枚を握りしめて、低レートのルーレットをやっている。
このゴミ客は適当に遊ばせて、少しずつ損をさせる。馬鹿な客はたまに儲かる快感が忘れられなく、トータルで負けていることに気づかない。
クロードに言わせれば、細く長く搾取する層だ。
たまにこれはという裕福そうなゴミ客は、徹底的に搾り取る。
町で商売をしている商店主などはいいカモである。
クロードが上客と位置付ける客は、別室で遊ばせる。
ここに入れるのは入場料で金貨5枚を払い、1回のゲームが最低金貨1枚からという高レートの客である。
ここの客は慎重に扱う。時には大変な額の勝ちを演出する。
もちろん、大負けもさせる。要は気持ちよく遊ばせ、トータルでは負けさせるのだ。
金額が大きいだけに、ここの客は丁寧に取り扱う。場合によっては、この町の権力者や有力者とつながることもあるので、不愉快にさせないように気を遣う。
(あれ……あれは勇者アリナ)
クロードはゴミ客エリアに先日のパーティで会った女勇者を見た。
パーティと同じように、華やかなドレスを着ている。傍には見覚えのある少年がいる。
(くくく……これはいい……。勇者から大金を巻き上げるチャンスだ)
クロードは目配せをする。その合図にこのギャンブル場の支配人が寄って来る。
「どうかなさいましたか……理事長」
「勇者様がいらっしゃった。別室へお連れしなさい」
「は、はい……」
「分かっていると思うが……」
クロードはそれだけを言って支配人に下がるように合図した。
それだけで支配人は命令の詳細が理解できている。
特別室は会員の金持ちだけが入れる部屋だ。
ここは一般向けとは違い、チップのレートが跳ね上がる。
金貨1枚で1枚のチップとなる。
「へえ……ここが特別室か~」
支配人に連れてこられたアリナは物珍しそうに部屋を見渡す。
一般人がいるホールもそれなりにお金がかかっているが、この部屋はそれよりも格段にお金がかけられた調度品で飾られている。
「これは、これは、勇者様。ようこそ、お越しになられました」
部屋ではクロードが待ち受けていた。
アリナの後ろには付き人の少年がぴったりとくっついていたが、気にも留めない。
ついでにその少年の後ろに目つきの悪い少女もいる。
もちろん、クロードは無視する。
この前のように騒げば、ガードマンを呼ぶだけだ。
しかし、さすがに勇者に恥をかかすわけにはいかないから、少女は歯を食いしばってクロードの方を見ないようにしていた。
「クロードさん、今日はギャンブルでお金を1万倍にしてこの町の貧しい人々に寄付をしようと思いますの」
アリナはそう言って屈託のない笑顔をクロードに向ける。クロードも笑顔を向ける。
「それは、それは。勇者様に幸運が訪れるのを祈りましょう」
しかし、内心は違う。
勇者アリナは貴族の令嬢で世間知らず。
恐らく、ギャンブル場に来たことはなく、賭け事に関しては完全に素人なのだ。
(馬鹿め……ド素人が儲けられるほど甘くはないぞ……。少し、遊ばせておいて最後は一文無しにしてやる)
「さて、このゲームはどうやって遊ぶの?」
アリナは部屋の真ん中に置かれたルーレットを見ながら、首を傾げた。
クロードがさっそく教える。
「まず、ディーラーがルーレットを回します。そして球を1つ投げ入れます。ルーレットには仕切りに囲まれたところがあり、それぞれに数字がふられております」
「なるほど……でも、数字の奇数は黒で偶数は赤色をしていますわね」
アリナはそう尋ねた。
クロードは頷いて、チップのかけ方には何種類かあることを説明する。
まずは赤か黒かを当てる単純なもの。
これは当たれば倍返し。そして数字の単独に賭けて当たれば、36倍返しとなる。
「へえ……。じゃあ、数字に1枚ずつ賭ければ絶対当たるじゃない」
「はい、当たります。しかし、損しますよ」
「え……そうなの?」
「いいですか。数字は0と00を入れると38あります。38枚賭けて36枚戻しですから、毎回2枚損をします。これでは、じりじりと負けることが確定するだけです」
「なるほど……リスクを負わないと勝てないということね」
「左様でございます。アリナ様」
ユートはかしこまってそう答えた。
どうやら、勇者アリナは計算が不得意なようだ。
ユートが後ろから小声で説明をする。
「数字も2つに賭けたり、3つに賭けたり、4つに賭けたりできますが、当たり数字を増やすごとに報酬の倍率は下がります。2つ賭けなら18倍、4つなら9倍です。赤か黒だと2倍です」
「なるほどね……」
どうやらアリナはゲームのルールを理解したようだ。
ルーレットは確率論と勝負の流れ、そして自分の運を信じないと絶対に勝てないのだ。
「でも、大丈夫。わたし、運がいいから」
能天気な勇者の言葉を聞いてクロードの心は煮えくり返っている。
運なんかで勝てるわけがない。
ギャンブルとは戦略を駆使した頭脳戦である。
特に短期戦では。これが長期戦だと資金力がものを言う。
つまり、長期戦になれば資金力に勝る胴元が勝つようになっている。
そんな中、賭け事で暮らしているプロは、もてる知識と経験、そしてより勝てる確率を割り出して勝負する。
そうすれば、胴元の得る莫大な利益のおこぼれを預かれる。
負けるのは、運だよりの素人やギャンブルに弱い連中なのだ。
(まあいい……勇者がギャンブルに強かろうが、弱かろうが、こちらが勝つようになっているのだ)
クロードはディーラーにこっそりと合図を送った。
いつものように客を丸裸にする作戦の実行である。