公益法人ライジン
クロードは早めにパーティ会場を後にした。
年寄りが集まる公の場は苦手で、これから気の合う仲間を集めて盛大に盛り上がろうと思っていた。
「こりゃ、すごく豪華な馬車だなあ……王族でも来ているのか?」
ルーシーは見事な装飾で飾られた豪華な馬車にへばりついている。
ガラス越しに内装を見る。革張りの椅子は実に座り心地よさそうで、今までに見たことのない高級車であった。
「ルーシーさん、他人の馬車に触っちゃいけませんよ」
そうユートは注意したが、ルーシーは聞いてない。
まだパーティは真っ最中だし、御者も待機所でタバコでも吸っているだろう。誰も見とがめる者などいないと思っていた。
「おい、女、汚い手で僕の馬車に触るな」
不意にルーシーは髪を掴まれて引き倒された。高級な服に身を包んだ青年がまるでゴミを見るような目でルーシーを見下ろしている。
先ほど、パーティ会場を後にして馬車に戻ってきたクロードである。
「い、痛てえな、なにしやがる!」
ルーシーも負けていないが、その青年は盗賊のルーシーに気配を悟られないようにして引き倒したのだった。
立ち上がろうとしたルーシーの肩を右足で踏んで起き上がらせない。
「ふん。口の悪い女だ」
「うるせー。上品なお貴族様とは違う!」
「おや、でもよく見ればきれいな顔をしているじゃないか。どこかの貴族の召使いか?」
そうクロードは卑猥に唇をゆがめた。余興にこの下賤な女を連れ出し、手籠めにしようと考えたのだ。
金貨を数枚握らせれば、ほいほいと付いてくるに違いないとルーシーを見下していた。
「おい、女、金貨をやろう。この馬車にも乗せてやろう」
「ふん、そんなものいらない。どうせお貴族様は下賤な女を金で買って一夜の慰みにでもするつもりだろう。汚らわしい」
「な、なんだと、この女。可愛がってやろうと思ったのに、その態度は!」
クロードはそう言ってルーシーを叩こうとした。
クロード自身、護身術として武術を習っており、その腕前は相当なものであった。
先ほど、盗賊のルーシーに気づかれずに接近できたのもこの武術のおかげであった。
そして、彼が繰り出す平手打ちも簡単にはかわせないスピードであった。
しかし、確実にルーシーの頬を真っ赤に染める手は手首を掴まれて、動かすことができなくなった。
「うっ……」
クロードは驚いた。少年が自分の手首を掴んでいるのだ。そして異様なオーラを感じ取って、クロードは思わず息を飲んでしまった。
「お待ちください。彼女は勇者アリナ様の侍女なのです」
そうユートはクロードの前に膝まずいた。アリナの名前を出したのは、それでルーシーが解放されると計算したのだ。
「なに、アリナだと?」
ユートから感じる気配に蹴落とされて、頭が真っ白になったクロードは力なくそうつぶやき、徐々に記憶を蘇らせた。
(こいつら、アリナの従者か……それならこの少年もそこそこの力があるのだろう。じゃないと、この僕がビビるはずなど……)
クロードの本能は関わらない方がいいと判断していた。
本当の悪者にはそういう勘が働くものだ。だから、悪いことを続けられる。
それに今日のパーティの主役の勇者の従者ともめるのは賢明ではない。ルーシーの肩を踏んでいた右足をどける。
「さっさと行くがいい」
「はい。申し訳ありませんでした。差支えなければ、お名前を教えていただけないでしょうか。このご無礼を我が主に伝えないといけませんので」
そうユートはルーシーを起こしつつ、そう丁寧に話した。過剰反応とはいえ、ルーシーがこの青年の気分を害したことは間違いがない。
主人のアリナに伝えておかないといけない案件だ。
「この町の公益法人ライジンの理事長をしている、クロード・エル・ザイチェフだ。よく覚えとけ!」
そうクロードはユートに名前を明かした。目の前のルーシーを拉致して楽しむ計画が台無しになったが、この少年とはあまり関わりたくないという思いの方が強く、クロードにしては諦めが早かった。
しかし、その名前を聞いて怒った者がいる。ルーシーだ。
「ライジンだって!」
既に立ち上がったルーシーは、クロードに突っかかろうとした。それをユートが止める。まだ少年なのに後ろから抱きかかえる力は強力で、ルーシーは全く動けない。仕方がないので止められていない口だけ動かした。
「このインチキ野郎、インチキギャンブルでぼろ儲けしている会社のクズじゃないか!」
「失敬なことを言うな、女」
「そうじゃないか。1等など出ないインチキくじ売りやがって。それにインチキルーレット。勝てる奴なんていないじゃないか!」
「……それはお前が運がないだけだよ。運がないから貧乏なんだ。生まれながらにお前は持ってないんだよ。あははは……」
そう言うとクロードは馬車に乗り込んだ。その頃には御者も戻ってきており、8頭立ての馬車を操縦して会場を離れて行った。
「畜生め……。あんな奴のせいで、あたしの家族は……」
「家族?」
ユートはそうルーシーに尋ねた。涙を流して肩を震わしていたルーシーは、淡々とこれまでのことを語り始めた。