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勇者の願い

 魔神を倒して町を救ったということで、市長主催の祝賀会が市庁舎で行われた。

 招待されたのは勇者アリナと戦士ダンテ、賢者ユグノーに大神官サラディンである。

 歓迎するのは、町の有力者たちとその関係者。

 パーティドレスに身を包み、華やかな女性も数多く参加していた。


「勇者アリナ殿、魔神の討伐、ありがとうございました。今日はアリナ殿をはじめ、勇者ご一行の疲れを癒し、今後のご活躍を祈念する祝賀会です。会場にお集まりの皆様方……」


 そう市長はアリナにお礼を言い、そして参加者の前で歓迎の挨拶を述べた。

 市長はまだ30代と若いが、中央官庁の役人らしく、いかにも賢そうな卒のない話を短い時間行った。話した後には、参加者から拍手が起こる。


「それでは乾杯!」


 市長の音頭で乾杯が行われる。

 アリナはちょっとだけ口をつけて、そしてそのグラスをテーブルに置くと、隣の市長に話しかけた。

 例の町の貧しい人々の救済の話をしたのだ。


「なるほど……」


 市長はニコニコとアリナの話を聞くが、どことなく聞き流している風にも思える。

 あいまいな態度だとなんとなくアリナは思えた。しかし、アリナの話が終わると市長は大きく頷いた。


「そういうことでしたら、すぐに解決できるよう手配しましょう。ああ、ちょうどよかった。私の助言者でもある副市長を務めていただいている方を紹介しましょう」


 そう言うと市長はアリナを誘うと、会場内でひと際大きな人だかりができているところへと向かう。


「伯爵様、少し御目通りを……」


 人だかりの中心にいたのは小柄な老人。

 しかし、姿で侮ってはならなかった。彼こそが、地元貴族のリーダーで、副市長を務めているアルベルト・エル・ザイチェフ伯爵であった。

 年相応に禿げあがった頭とそれとは対照的な長い髭。

 顔は老齢からくるシミだらけであるが、眼光は鋭く、やってきた市長とアリナに視線を向ける。


(市長が副市長のところへ挨拶に来るなんて、変だわ……)


 アリナは違和感を覚える。

 確かに貫禄からいけば、30そこらの市長よりも副市長のザイチェフ伯爵の方が十分すぎるほどである。


「これは、これは市長にアリナ殿。こちらから出向かなくていけないのに、これは失礼しました」


 そうザイチェフ伯爵は話したが、心は全くこもっていないことはアリナにも分かった。

 それに周りを取り囲む客たちも、ザイチェフ伯爵に向ける目と市長に向ける目にはあきらかに違いの色が感じられた。


「ほう……貧しい人々のためにと……。さすがですな。勇者様は考えることが別次元ですな。すぐに手配しましょう」

「伯爵様、よろしくお願いします。これでよろしいですか、アリナ殿」

「……副市長様、具体的にはどういうことをしてくださるのですか?」


 アリナはそう強面のザイチェフ伯爵に聞いてみた。

 その問いに笑みを浮かべた伯爵であったが、それと同時にこめかみに青い血管が少し浮き出てきた。


「そうですなあ……。食事ができない民衆に対して、今も行っている炊き出しの回数を増やしましょう。あと、公共事業を起こして貧しい者に仕事を与えるようするなど、考えましょう」

「……是非、お願いします」


 アリナはそう言って頭を下げた。そんなアリナの姿をザイチェフ伯爵は薄笑いを浮かべたのであった。

 アリナと市長が挨拶に別のグループへ移動すると、側近の男が近づいてきた。小声で伯爵に尋ねる。


「伯爵、今の約束、実行に移されるおつもりで?」

「馬鹿を言うな。勇者とは言え、よそ者の意見に従うわけがなかろう。あんな要求、はいはいと聞いておくだけでよいのだ。実際に動く必要はない。どうせ、この町に長くいるわけでもあるまい」

「……しかし、伯爵。民衆の不満が暴発寸前にまで高まりつつあるのは事実です。ある程度のガス抜きをしておく必要はあるかと……」


 そこまで言った側近の男の足先に、伯爵は手に持った杖を突きたてた。あまりの痛さに思わずかがみ込む。


「どうして、バカでアホで間抜けな小汚い民衆に情けをかけねばならないのだ。市にはそんな金はない」

「はあ……それでは仰せのままに……」

「ふん……それにしてもクロードの奴はどこに行ったのだ?」


 伯爵はそう孫の名前を呼んだ。

 クロード・エル・ザイチェフ、ザイチェフ伯爵の孫であり、次期、伯爵家を継ぐ青年であった。

 そして、彼はこの町で公益法人の代表をしている。

 公益法人ライジン。

 ザイチェフ伯爵が、その膨大な収益を稼ぎ出すための隠れ蓑にしている組織である。

 通常、公益法人は利益を生まないということで市当局より税金を免除されている。が、これは 完全な嘘でこっそりと儲けを懐に入れているのだ。


「おじい様、お呼びと聞きましたが……」

 

 伯爵に呼ばれてやって来た青年。長い金髪を後ろで止めた若者であった。

 整った顔立ちは生まれの良さと気品を見るものに与えていたが、その目は大らかさとは程遠いものであった。

 守銭奴の目とでも言おうか。爛々と輝いているそれは利益をことごとく吸い尽くす吸血鬼の目であった。


「クロード、今度の富くじの企画はどういうものだ?」


 そう伯爵は聞いた。にやりと笑みを浮かべた青年は老人の問いに答えた。


「はい。賞金は金貨10000枚。今度の魔神退治の成功を記念したくじです。組と6桁の番号で決めるカードくじを1枚銀貨3枚で売り出します」

「それでは以前のものと変わらないではないか?」

「いえいえ、今回は1等が当たったらさらにダブルアップチャンスがあるというのが売りなのです」

「ダブルアップ?」

「はい、1等を当てたらさらに挑戦する権利です。1倍、2倍、5倍、10倍、100倍、1000倍とある数字を引くことができるのです」

「ほほう……それだと1等は最高金貨1000万枚という莫大なものになるが」

 

 伯爵はにやにやと笑う。クロードもそれに応える。 クロードのロジックはそんな配当など0%なのである。


「それで予想収益は?」

「はい。概算ですが、売り上げは金貨50000枚は固いです」


 そうクロードは言った。

 1等の当たり賞金が金貨1万枚で、さらにダブルアップで1000万枚にもなるというのに、 この売り上げ予想では大赤字になる計算だ。

 最高額がでれば、伯爵もクロードも破産は間違いがない。だが、伯爵もクロードもそれを問題視しない。

 と言うのも。彼らは1等当たりくじを出すつもりは一切ないのだ。

 出してもせいぜい3等の金貨100枚を1本。4等の金貨1枚を10本と高額な当たりは出さないのだ。

 そして売り上げ予想50000枚のうち、経費で金貨300枚。客への還元が金貨5000枚程度。

 市への上納金が金貨1000枚。残りの43700枚が公益法人ライジンの取り分なのだ。


「全く、バカな民衆から合法的に金を搾り上げるのは愉快だ」

「おじいさま、声が大きいですよ。この場にくじを買っている庶民が混じっているかもしれません」

「そんなもの、この場にいるわけがないじゃないか」

「先ほどの勇者一行とか……」

「心配せんでもいい。勇者ご一行は上流階級出身だ。真に貧しい者のことなど理解はできまい」


 そう老人はほくそ笑んだ。

 その顔を見てクロードもまた心の中で笑った。

 庶民から搾取した莫大な利益で、また思う存分贅沢に遊べるかと思うと笑いが止まらない。


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