魔神VS勇者
「アリナ、魔神が復活している」
「ダンテ、ユグノー、戦闘準備。サラディンは神官たちを避難させて」
「避難でいいのか。彼らにも戦闘に参加させる手もある」
「ダメよ」
アリナはそう切って捨てたように否定した。
神官たちは気を失っていたようで、今、やっと目覚めた状況だと思われた。
恐らく、彼らは魔神が復活しないよう、全身全霊で封じ込めをしていたはずで、その魔力は0に近い状態であることは想像に難くなかった。
「わかった。すぐ避難誘導して、私も戦闘に加わろう」
「お願い」
アリナはパーティ全体に攻撃力を高める魔法を使う。
「能力倍増、武器強化、魔法効果向上……」
ダンテと自分の筋力を20%向上させ、接近戦によるダメージを増やす。
そして武器の破壊力を30%上げる。
さらにユグノーと自分の魔法攻撃の威力を25%向上させる。
「氷結甲弾!」
ユグノーが氷系の高レベル魔法を唱える。
冷気と氷の礫の塊を攻撃対象にぶつける魔法だ。
ぶつけられた魔物は礫に体を突き抜かれ、低温で皮膚が壊死する、極悪な魔法なのだ。
「くらえ、兜割り!」
ダンテの大剣が振り下ろされる。
力任せの攻撃だがこの破壊力は強烈だ。
哀れなのは魔神ダンゲリオン。
ユートによって魔法を封じられているので、魔法による防御ができない。よってダイレクトに攻撃が通る。
「うげげげっ……」
ダンゲリオンもやられっぱなしではない。
丸太のような太い腕を振り回し、接近戦を挑んでくるアリナやダンテをぶん殴ろうとする。
しかし、悲しいかなそのスピードも威力も3分の1.アリナの盾に簡単に止められてなすすべもない。
一方的な攻撃を受けまくるが、さすがは魔神。
ヒットポイントは3分の1にされたけれど、それでもそれをゼロにするまでには相当な時間がかかった。
アリナもユグノーも全魔力を使い果たし、途中から加わったサラディンも攻撃に加わること1時間。やっと仕留めることができた。
倒れた魔神はなぜか戻って棺桶を包んでいた『聖体の白絹』に巻き付けられて再び封印されることになった。
勇者たちによって倒されたために、復活するには100年以上の年月が必要となり、さらに聖体の白絹の影響でその時間は10倍となると思われた。
魔神ダンゲリオンは永久に封じられたと言っていい。
「アリナ様、お疲れ様です。神殿では魔神が復活していて、大変な戦闘であったたと聞いております」
ユートは町のホテルでアリナたちの帰りを待っていた。
今日の泊りはホテルなので、いつもより付き人の仕事は軽減されている。
「ホント、大変だったわ……腐っても魔神は魔神。こちらもぎりぎりまで能力を吐き出してやっと倒せたわ」
「おう、ユート、汗でドロドロ。しかも疲労で体もボロボロだ」
「はい。ダンテさん。お風呂は沸いています。どうぞ、湯船に浸かってお体を癒してください」
ユートはそうダンテの剣やら、ユグノーの杖やらを受け取り、大切に保管する。そしてアリナの装備を外す手伝いをする。
「そう言えば、先ほどから気になっていたけど。あなたの後ろにいる女の子は誰?」
アリナが聞いたのは、先ほどからユートの後ろで手持ち無沙汰にうろうろしているルーシーのことだ。
「あ、忘れていました」
(おい、忘れるなよ!)
アリナたちが帰ってきても紹介してもらう機会が与えられず、居心地が悪い状態に耐えていたルーシーは、心の中でユートに毒づく。
「こちらルーシーさんです。この町で盗賊をやっています」
「盗賊?」
「はい、そうです」
ユートはアリナにルーシーのことを説明した。
彼女は盗賊だが、この町の貧しい人にために盗みをしてしまったこと。この町の有力者たちは、貧しい人間に施しをしていないことなどだ。
「なるほど……」
アリナは頷いた。
貧しい人々を助けるのも勇者の務めなのだ。アリナは頷くと、この町の有力者に話してみると約束した。
この町を救った勇者の言葉なら、無視するわけにはいかない。
「今晩、市長が町を救ってくれたお礼に祝賀会を開いてくれると言うのよ。市長に貧しい人々を救うようにお願いしてみましょう。きっと、お願いを聞いてくれるはずです」
そうアリナは約束した。
その言葉に感動し、両手を合わせてウルウルと目を潤ませるユート。
「さすが、アリナ様。その慈愛のお心は海よりも深く、山よりも高いです。アリナ様のおかげで、きっとこの町の貧しい人々は救われるでしょう」
心酔した表情でアリナを持ち上げるユート。
その態度には嘘っぽいところは全くもってない。崇拝する勇者を信じ切っているのである。
(ば、バカか……。そんな単純だったらとうの昔にみんな救われている……勇者と言っても、どこぞの貴族のお姫様だろ、考え方がアホ過ぎる……)
ルーシーはそう心の中でユートとアリナのことをないも知らない楽観主義者だと決めつけた。
そもそもよそ者の勇者の言葉など、市長はともかくその取り巻きの連中が聞くはずがない。
「それでアリナ様。このルーシーさんなんですが、いかに貧しい人たちのためとはいえ、彼女のやっていたことは犯罪。償いをすべきだと僕は思います」
「なるほどね」
アリナはユートの申し出に頷いた。
そしてルーシーの方へ視線を移す。その射すくめるような目力にルーシーは凍り付いた。
(ま、まさか……抹殺するとか?)
あり得る、十分あり得るとルーシーは思った。勇者は正義の下に戦っている。どんな不正も許さないのが勇者なのだ。
泥棒していたルーシーも悪いモンスター同様に消される可能性はある。
(い、いや……やめて……まだ死にたくないよ~)
足が小刻みに震える。
ルーシーは逃げ足には自信あるが、この場から逃げ出すことは不可能だと断言できる。
「そうねえ……」
アリナは右手の人差し指で自分の右頬をつんつんとした後、ユートに命令をした。
「ルーシーさんは、これ以上悪いことをしないように、今後、私たちパーティのお手伝いをしてもらいます」
「は?」
予想の斜め上の勇者の回答に思わず聞き返してしまったルーシー。勇者アリナは改めて言葉を選び直す。
「ルーシーさんは、ユートと同様、付き人として雇います!」
「ええええええっ……」
抹殺はされなかったものの、少なくとも泥棒の罪で牢屋に入れられるか、町で懲役刑になるかを予想していただけに、この処置は意外である。
「いやいや、付き人って、こいつと一緒に働くってことですか?」
ルーシーはユートを指さす。とんでもないという表情だ。
「そうなります。ユートはまだ子供で、いろいろとできないことがあります。ルーシーさんは盗賊をしていたということですから、その経験を生かして冒険者がなんたるかを教えて上げてください」
(いやいや、勇者様、コイツに教えることねえ。コイツ、無敵だぜ、魔神だって倒せるぜ。あんたたちが激戦で倒した魔神を一人でひねった男だぜ!)
ルーシー、あまりの展開に口をパクパクと動かすだけで、全く声にならない。
「よろしくね、ルーシーさん」
ユートはそう言って右手を差し出した。




