盗賊娘の危機
ユートは町に買い物に出ている。
アリナたちが急な依頼を頼まれ、出撃していったので、それを見送ると次の旅に備えて備蓄品の補充に来ていたのだ。
(あれ……あの女の子、誰かにつけられている……)
ユートは街中で不審な動きをしている女の子を見つけた。
その子は何やら獲物を狙うような目で道行く人を眺めている。
それだけでも気にはなったが、もっと気になったのはそんな女の子をじっと観察している2人組の男たちがいるのである。
ルーシーは現在商売中である。
義賊である彼女の商売はもちろん窃盗。
但し、この昼の間は、面割れしないようにこっそりと財布を拝借するスリであった。
(おっ……あのおっさん太い客だ……)
ルーシーが狙いを絞ったおっさんは、服装は上等でいかにも金を持っているといった風情。
でっぷり太って赤ら顔なのは、昼の間から酒を飲んでいた証拠だろう。
ルーシーが狙いをつけたのは、このおっさんの態度である。
先ほどから露天の商人を罵倒し、店員が若い女性と見ればいやらしい手つきでボディタッチを繰り返す、とんでもない客であったからだ。
明らかに庶民を見下し、図に乗っている態度が見ていてムカつく。
おっさんの言動からこの町の役人で、それなりの地位のようである。
(ああいう奴の金を奪う)
ルーシーはそう決めた。
決めたら簡単である。油断して隙だらけのターゲットにぶつかる。
「うっ……」
「きゃっ……」
「い、痛いじゃないか、このガキ!」
おっさんが怒鳴った時にはすでに指がポケットにするり入る。
1秒しないうちに太い財布を抜き取った。
そしてルーシーはおびえたふりをして逃げ出す。
人混みに紛れて裏路地へ。
誰もいないひっそりとした袋小路の隅で縫い取った財布の中身を見る。
(はいはい……金貨がごっそり……思った通り、あのおっさん結構金持っとるじゃん……)
ルーシーは運がいいと思った。今日の稼ぎはこれで十分だ。
財布から出したお金をポケットへねじ込むと財布は隅に放り投げた。
「おい、お前、こっちへ来なさい」
「泥棒はいけないよ」
不意に声をかけられてルーシーは驚いた。
振り返ると男が2人立っている。
警備隊の制服である革鎧と青く染められたマントに身を包んでいる。
(やべえ……警備隊の奴らに見つかったか?)
慌てて走るルーシー。
しかし、男どもはこの辺りのことをよく知っているらしく、ついには追い詰められてしまった。
「お嬢ちゃん、いけないねえ」
「逃げても無駄だぞ」
(こいつら……怪し過ぎるぞ……)
警備隊とは町の治安を守る組織である。
だが、2人の男の人相は警備隊兵士とは雰囲気が違っていた。
そして警備隊の革鎧もよく見るとどこか変な感じがする。
よく似せられてはいるが、警備兵を日ごろから観察しているルーシーには違和感を覚える造形だ。
「お、おまえら……警備兵じゃないよな?」
ルーシーは確信をもってそう尋ねた。
尋ねながらも心の中では、どうやって逃げるかを考えている。
ここは袋小路。退路はない。
(退路は断たれた……となると、あいつらをぶっ飛ばして通路を突破するしかないか……)
ルーシーは2人の男の隙を伺う。
「おい女。2日前に盗んだカバンを返せ。そうすれば、今の財布の件は見逃してやる」
「はあ?」
思わぬことを聞かれてルーシーは思わず聞き返してしまった。
(2日前のカバンだって?)
よく覚えていない。毎日のようにいろんなものをかっぱらっているのだ。2日前のカバンと言ってもすぐには思い出せない。
しかし、男たちの黒い格好を見て思い出した。
あの魔法の眼鏡と胸に光るペンダントが入っていたカバンだ。
「そんなの覚えてないね」
「うそをつくな。あれはお前のような薄汚い泥棒猫が持っていてよいものではない」
「はあ!」
ルーシーは逃げる方法を考える。
どうやら、2人組の男たちは自分を捜していたらしい。
それも2日前に盗んだカバンのことで。
(あのカバン、やっぱ、危ない奴らのカバンだったか……)
2日前。ルーシーは黒いカバンを抱えて急いでいる黒づくめのおっさんの姿を見た。
大事そうに抱えている姿を見ると、中身は相当に高価なものが入っているように思えた。
そのおっさんは、何かから逃げるように裏路地に入ったのでルーシーは先回りをした。
そして自分しか知らない通路と通り道を使って、そのおっさんの背後に回ることに成功したのだ。
そのおっさんは疲れたのか、周りに誰もいないことを確認して、やっとカバンを地面に置いた。
そしてポケットからハンカチを出すと汗まみれの顔を拭く。
さらに見事に禿げあがった頭を拭く。
そして「ふう~」と安心したように息を吐いた。
その瞬間を狙っていた。
「おっさん、いただくよ!」
ルーシーは足音を立てずに背後から近づき、おっさんの足元のカバンを掴んだ。
そのまま、捨て台詞とともに駆け抜ける。
「お、お、お、おい~っ。ちょっと、待て。それには金目のものはない~」
悲壮感漂う声が聞こえたが、それでルーシーが立ち止まるわけがない。
そのまま、人混みに紛れて姿を消した。
(あのカバン、確かに金目のものは入っていなかったんだよな……)
中にあったのはあのステータスが分かる眼鏡と幸運をもたらせてくれるペンダント。
そして大きな白い布が折りたたまれて入っていただけであった。
眼鏡は魔法の眼鏡だったので、売ろうかとも思ったが、こんなレアなアイテムを売るとなると足がつく。
それに能力自体は自分の商売に役立つから、売らずに自分のものにした。
ペンダントは鑑定をしてもらうと運の少しだけ高めてくれるアイテムだった。しかし、道具屋では高く売れそうになかったので、そのまま自分のものにした。
白い布は金にもなりそうになかったので、そのまま寝ぐらのシーツ代わりに使っている。
「おい、小娘。もう一度、聞く……カバンはどこだ?」
「知らねえよ!」
「仕方がない、痛い目にあってもらおう」
2人の男はポケットから何やら出した。




