盗まれた聖布
「勇者アリナ様、よくぞ、この町にお立ち寄りくださいました」
アリナたちがホテルに到着すると、それを知っていたかのように訪ねてきた者がいる。
この町の冒険者ギルドの長である。年齢は50歳を超えている壮年の男で、白髪交じりの短い髭面。エネルギッシュな感じを受ける男である。
「この町もクリムランドの地方都市と同じく、乱れていますね」
そうアリナは答える。
馬車から見た町の風景は、あまり気持ちの良いものではなかった。
「これでも治安は他の町と同じくらいです。まあ、このくらいの方が私らの冒険者ギルドにとっては、仕事の依頼が多くなりますからね。あまり平和では、正直困ります」
そうギルド長は笑ってアリナに返答をする。
しゃべっている言葉はあまり品のよい内容ではないが、変に本音を隠さない態度にアリナ一行は逆に親近感を覚えた。
「それで、この町のギルド長が何の用で参られたのじゃ?」
賢者ユグノーがそう尋ねる。
ホテルで一番良い部屋のリビングで勇者一行とギルド長がテーブルを囲んでいる。
「実は大変お恥ずかしいお話なのですが……」
ギルド長は説明を始めた。
この町の神殿に封印されている魔神がいる。
それは神殿の地下の棺桶の中に封印されているのだが、封印のされ方が特殊であった。
封印の鎖でぐるぐる巻きにされてはいるが、本当の封印の力は棺桶全体を包んでいる『聖体の白絹』と呼ばれる絹布の力であった。
「聖体の白絹は10年一度、聖都グレゴリオの総本山の清き泉に3昼夜浸すことで、封印の力を継続させる必要があるのです」
「なるほど……。それでその布が聖都へ行ってしまった……移動途中で何かあったというわけね」
勇者アリナはギルド長の話をおおよそ予想した。
そしてそれはほぼ当たっていた。
「白絹はこの町についてすぐ、魔神崇拝者の集団によって奪われてしまったのです」
魔神崇拝者。魔神に魅入られ、人間であるにも関わらず、魔神の支配する暗黒世界を願う狂信者たちである。
彼らは地下に潜り、洗脳により信者を増やして暗躍していると言われる。
「魔神崇拝者ですか。それで封印された魔神の今の状態は?」
大神官サラディンは、『聖体の白絹』のことを知っている。
彼は聖グレゴリオの神殿で修業をしたことがあり、その白絹も実際に見たことがあったからだ。
「今は封印の鎖と神官の24時間体制の祈りで何とか魔神の復活を抑えてはいますが、それも時間の問題です」
「なるほど……。それなら数日程度は復活を遅らせることができるでしょう」
サラディンは思案している。
封印された魔神の力は、絶大である。自分たちが倒そうとしている大魔王に比べれば弱いが、今の自分たちで倒せるとは思えない。
「それは復活する魔神を倒せという依頼なのか?」
ダンテがそう尋ねる。
いくら勇者パーティでも魔神との戦いの安請け合いはできない。
魔神は魔神。
低級の魔神でも人間の力をはるかに凌駕する力をもつのだ。
なんの準備もなしに戦える相手ではない。
「魔神との戦いとなると、町自体も甚大な被害を被ることになるじゃろう。ギルドとしては、そこのところをどう考えているのじゃ?」
賢者ユグノーはそう尋ねた。
戦いに備えて町の人々の避難は必須であろう。ギルド長は大きく頷いた。
「もちろん、我がギルドだけでは対応できるわけではありません。町を守る守備隊も動員し、総力を挙げて魔神と対峙するつもりです。町の人々の避難計画もできています。ただ、復活するまでにはまだ時間があります」
「時間?」
「はい、アリナ様。あと2日は大丈夫です。それまでに聖体の白絹を盗んだ悪魔崇拝者を見つけ出し、聖体の白絹を奪い返すのです」
ギルド長はそう言った。
依頼は聖体の白絹の奪還。それができなかったら、復活した魔神退治である。
「しかし、今から悪魔崇拝者を見つけようにも、この町にはいないのではないか。それに普通に考えて魔神を封印するようなものは、奪ったら焼き捨てるのではないか?」
ダンテが言うことはもっともな疑問だ。
しかし、ギルド長はこの質問に対しては明確な回答をもっていた。
「それには心配は及びません」
聖体の白絹は魔神を封印するアイテムでもあるが、使い方によっては魔神の力を復活するアイテムにもなる。
悪魔崇拝者たちは、聖体の白絹を利用しようとするはずで焼き捨てることはない。
そしてギルドの情報網を駆使して、悪魔崇拝者たちが潜伏している場所をいくつか特定することに成功したと言うのだ。
「本日、同時に敵のアジトへ突入し、聖体の白絹を奪回します。アリナ様たちは、最大のアジトへ向かっていただきたいのです」
「……分かったわ。その依頼、受けましょう。ダンテ、ユグノー、サラディン。いいわね」
「御意」×3.
アリナはそう返事をした。
最大の悪魔崇拝者たちのアジトは、町の南部にある廃業した革工場の跡地である。




