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盗賊娘

 ルーシー・ベンジャミンは義賊である。

 オレンジ色のショートカットの髪と少し意地悪そうな吊り上がった目は、この少女が活発な性格であることを物語っていた。

 身長は148センチと小柄であるが、手足はすっきりと伸び、14歳ながらも豊かに発達した胸は時に変装してターゲットに近づくときに重宝していた。

 何しろ、ルーシーが最も得意なスリの仕事は、相手を油断させて一瞬の隙をついて財布を抜き取るのだ。

 か弱い女の子を装って、鼻の下を伸ばした馬鹿な男たちから財布を失敬することは実に簡単なことであった。

 ルーシーは自分の欲望のためだけに、犯罪をしているわけではない。

 町には食事を満足にすることもできない人々がいる。

 特に幼い子供たちが多かった。そういう場合、町の有力者や貴族が施しをするのであるが、この町の金持ちたちは実に冷淡で薄情であった。

 町は都から派遣された市長が治めているが、町の住人からすればよそ者。

 よって、市長を支えるという名目で実際の行政を仕切っている地元の貴族がいる。

 ムーラン王国の地方都市の典型的な体制だ。

 中央政府の官吏に過ぎない市長は、4年の任期中を無難に過ごそうと地元の貴族たち有力者に頼るため、彼らの不正を見て見ぬふりをする。

 地元貴族たちはそれをよいことに、特権を駆使し民衆を苦しめている例が多くあった。

 ルーシーが住むこのルガンの町もそのような町の一つであったが、ここは特に民衆への搾取が酷かったのだ。

 上がそんな風だから、当然、下の者も程よく腐っており、行政が私利私欲でしか動かないから治安もすこぶる悪かった。

 こういう場所では、力の弱いものほど虐げられ、搾取の対象となる。


(だから、あたしは腐った奴から奪い、弱い人たちを助けるのだ)


 これは盗賊ルーシーのポリシーだ。

 性格の意地汚い、悪の金持ち連中からから強制的にお金を巻き上げ、貧しい人たちに分け与えているのだ。

 小柄な体躯に似合わない長い黒いマフラーは、時には顔を隠し、時にはロープ代わりになる。そして、時には武器にもなった。

 ルーシーはお金をくすねることはあるが、相手を傷つけたり、殺したりすることは一切しない。

 それは自分を育ててくれた盗賊ギルドの頭からきつく教えられたことだ。

 また、この町にある盗賊ギルドの掟でもある。


「あ……あれが噂の勇者御一行様か……」


 ルーシーは物陰からそっと5台連結馬車を見ていた。

 胸には最近盗んだカバンの中にあったペンダントが輝いている。

 古ぼけた銀製でトップは変な紋章を象ったもの。高そうには見えなかったので換金せずに、自分が使うことにした。

 このペンダントを身に付けてから不思議と幸運に恵まれるので、ルーシーは肌身離さず身に付けていた。

 それを無意識のうちに指で絡めている。こうすると考えがまとまり、冷静な判断ができるのだ。

 このルガンの町で一番豪勢なホテルに横付けされた馬車は、冒険する際に基地となる。

 特に勇者アリナが所有している連結馬車は、物資を大量に運べるために別名『攻略基地クエストベース』と呼ばれている。

 これはかなり裕福な冒険者しか所有できない代物だ。

 勇者ご一行なら、当然持っているものであるが、ルーシーが見た限り、勇者の所有するそれはとんでもない仕様であった。


(そもそも、5台も連結って、どんなけ物をもっているんだよ)

(しかも馬じゃなくて地竜って、なんの冗談だよ……)

(冒険中だというのに、泥はね一つないピカピカ。貴族様かよ!)

(まあ、いいだろう。勇者様からいだだけるものはいただく……)


 いろいろと突っ込みがあるが、ルーシーの狙いは金品をかすめとること。

 無論、勇者に面と向かって奪うことは不可能。

 隙を見て幾ばくかの金品を奪うというつもりであった。

 今、到着したばかりでこの町を知らない勇者一行なら、油断もあるだろう。


(そこを突くなんて、なんてあたしは頭がいいの……)


 それでもルーシーは経験を積んだ盗賊であった。

 よって、勇者の能力を見誤って仕掛けることしない。

 ルーシーには生まれ持った特殊なスキルがある。それはヤバい相手が何となく分かるというものだ。

 この世界には人並外れた能力をもつ者や人間の力など軽く超える魔族がいる。

 そういうヤバい奴のオーラを感じ取ることができる。

 これは今のルーシーに取っては、大変役立つ能力だ。相手の力量を計らずして商売などできない。

 そしてさらにルーシーには切り札があった。


「調べてみるか……」

 

 ルーシーは頭に跳ね上げていた眼鏡をかけた。

 それは魔法のアイテム。

『真実の眼鏡』と呼ばれるものである。

 これも盗んだカバンの中にあった道具だ。

 一見すると黒ぶちの普通の眼鏡であるが、能力は見た者のステータスを見破るというものである。

 これはかなり貴重なアイテムである。

 盗賊のルーシーにとっては、自分の能力に加えて、このアイテムはかなり役立つものであった。

 なぜなら、相手の能力の詳細を事前に知ることは、自分の仕事が成功するかどうかに直結する重要なことなのだ。

 ルーシーは、防御力が自分の技量よりも高い相手には仕掛けない。

 防御力が高い相手に対しての窃盗行為は、スリ盗る途中で露見する可能性が高くなる。

 攻撃力が高い相手もそうだ。

 財布に手を伸ばした瞬間に斬りつけられて絶命する仲間もいる。

 現にルーシーの師匠である『黄金の左手をもつ男』と呼ばれた爺さんは、最後の仕事にひ弱そうな小男の財布を盗もうとして、短剣で動脈を斬られて絶命している。

 世の中には見た目だけでは判断できない、手を出してはいけない人物がいるのだ。

 持って生まれた能力でそういう奴への商売は避けてきたが、さすがに詳細は分からない。このマジックアイテムは詳細まで分かるのだ。


「さすが、勇者様。攻撃力S、防御力S、魔力Sって化け物かよ。敏捷性もS。あたしの2ランクも上……くわばら、くわばら……」


 ルーシーは勇者に従う仲間も見る。

 見るからに強そうな戦士、どんな強大な魔法でも唱えそうな魔法使いに神官。ステータスの数字は一般人とはかけ離れたものであった。

 そっと眼鏡を外して、ルーシーは観察を続ける。

 こういう機会は滅多にない。人間の力を通り越したレアなものをよく見ておくことはよい経験になる。


「まあ、眼鏡使わなくてもありゃ分かる。オーラが違う。そんぞそこらの人間が猫なら、あいつらのオーラは猛獣だ。それが分からないようでは一流じゃない」


 ルーシーのスキルは盗賊としての経験を積み重ねるごとに、その感覚の鋭さを高めていた。盗  賊としての勘が冴えわたり、なんとなく相対するものの強さが分かるのだ。


「勇者ご一行様から何かいただこうと思ったけど、危ない橋は渡らない方がいいな……」


 そうルーシーは判断した。君子危うきに近づかずだ。


「うっ……」


 実はルーシーの頭の中で、見てはいけないという警鐘が眼鏡をかける前から鳴っていた。

 無視するように警告する心の声も聞こえている。

 だから、先ほどから冷たい汗が頬を伝っていくのをじっとがまんしていた。

 こういう時は、そっと離れ無視すること。

 心の警告に従うことが、一流の証なのである。

 しかし、それをすることもまた難しい時があることをルーシーは知ったのであった。


(無視する、無視する……気づかなかったことにする……だけど……)

(というか……)

(なんというか……)


 ルーシーはショートパンツから伸びた足が自然と小刻みに震えていることに気が付いた。

それは自分の意志では止められない。


「勇者たちは猛獣だけど……あいつは何なんだ!」


 ルーシーはついに視線を固定してしまった。

 視線の方向には、馬車を止めて勇者一行の世話をしている小間使いのような少年がいる。


「も、猛獣なんてもんじゃないぞ……ありゃ……ありゃ……狂竜か大魔王だぞ!」

 ルーシーは震える手をやっと抑えて、眼鏡を再びかけた。

 ターゲットは視線の先にいる少年である。


「攻撃力Z……Zってなんだよ!」


 そこまで見た時、眼鏡が割れた。

 ガラスがパラパラと地面に落ちていく。

 数値がでかすぎてキャパをオーバーし、壊れたらしい。


「な、な、な、なんてバケモンだ!」


 見た目は普通の少年だ。

 年も自分とあまり変わらない。

 なのに測定不可能。

 隣にいる筋肉隆々の戦士のおっさんより、はるかに強い。

 魔法のアイテムの故障とも思えなくもないが、眼鏡がなくても、ルーシーの心の警報音は消すことができない。


(絶対に関わってはいけない奴だ……)


 ルーシーはその場所をそっと離れた。

 この町でルーシーは上手に商売し、生き抜いている。

 ルーシーのおかげで何とか食べている孤児たちのこともある。

 その日常がこの勇者一行によって壊されるかもしれない。


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