2.モサモサ令嬢から筋肉ダルマに進化しました
「おはようございます、母様、父様。」
眠たい目を擦りながら、ミアは父と母のいるホールへと入った。
ふさふさとした髭を蓄えた父は、新聞を読んでいた手を止めて声を返す。
「おはよう、ミア。」
「母様はどこでしょうか?珍しいですね、お寝坊?」
「そういえば、ママは何か慌てて外に行っていたねえ。」
のほほんと返す父。
慌ててたならどうしたのか聞けばいいのに・・・さてはこの父、ペットのミーちゃんを構い倒してそれどころではなかったな?
ミアはジト目でそう思ったが、当の本人は素知らぬ顔で新聞を読んでいるので、聞いても答えないだろうと食卓についた。
平和にのんきに、美味しい朝食を食べていたら滅多に足音を響かせない母が顔を真っ青にして走ってきた。
「ミア!あなたグウィン侯爵になにをしたの!?」
「え?なにを・・・ですか?」
思い当たらなかったせいで、首を傾げてしまう。
母は深く長いため息をつきながら、迫力のない眼力でミアを睨みつける。
「昨晩のこと、許さないぞって頬に手形をつけながらカンっカンに怒っていたわよ!早く顔を出して何とかしなさい!」
「え・・・えええ。昨晩・・・?」
ふと、絡まれたことを思い出す。
確かあの時、壁ドンをして脅してきたから平手打ちをしたのだ。
「ああ・・・あれか。」
(あれほどの衝撃的な出来事を忘れてたなんて・・・記憶が戻って動揺してたのかしら?)
そもそもミアは、グウィンに毛ほどの興味もなかったため、覚えていなかっただけだ。
そうでなければ記憶が戻るきっかけとなった彼を忘れることなどないだろう。
彼女にとっては壁ドン=記憶が戻ったであって、その目の前にいたはずのグウィンはジャガイモと同列扱いなのだ。いや、そこらの石ころだろう。
だから覚えていなかった。
「やっぱり心当たりがあるのね!?はやく出て対処してちょうだい!話が見えなくて困ってるのよ!」
「はあ・・・気が乗りませんが、わかりました。」
面倒くさいなと思いつつ、侍女に身だしなみを整えてもらう。
「ああ、髪は櫛を通すだけで大丈夫です。わざわざそんな結ばないでも・・・」
あのセクハラ侯爵にそんな時間をかけずとも良いやと思い、そう言った。
そしてふわふわした髪の毛を背中まで下ろしたまま、玄関へ向かう。
「やっと来たな!この筋肉ダルマ令嬢!!」
「あら?私の認識がいつのまにかモサモサした令嬢から筋肉ダルマ令嬢に変わってますね・・」
頬を腫らしたグウィンが、ミアに掴みかかる。
が、圧倒的力のせいかビクともしないのを見てグウィンは舌打ちをした。
「き、昨日は俺に恥をかかせやがって・・・!お前の家がどうなってもいいのか!?」
「大丈夫ですよ。頬の腫れくらいたまにはありますって。それに正当防衛ですし、仕方なかったんです。」
「それを本人の前で言うかっ・・・」
(自覚はあるのか・・・)
シラケた目になってしまったが、それに気が付かないグウィン。
なぜかミアをジロジロと見ている。
「なんです?」
「・・・いつも髪を二つにもさく結んでたからな。下ろしてる姿は初めて見た。」
「はあ・・・」
急に大人しくなった侯爵に面倒くさいとまた思いながら、話を締めることにする。
「あなたは私を脅して壁に追い込んだし、私は力の加減も考えずに過剰にはたいてしまいました。
まあ、お互い悪かったということでこの話は終わりにしませんか?」
「・・・くそ。仕方がない。そうしてやる」
渋々だが引き下がったグウィンに、安堵の息をつく。
「では。」
「いや、だが待てえっ!」
「まだあるんですか!?」
逃さん、とばかりに腕を昨日みたいに掴まれる。
ポーカーフェイスはもう隠せなくなる。
声も顔も面倒くさい早く要件終わらせろとグウィンに全力でビシビシ伝えてくる。
「俺が逃した女は誰一人いない。だから逃げられると思うなよ。」
(・・・噂では女性に避けられまくったり、手を出しても途中で上手いこと逃げられたりって話しか聞いたことないけど?)
可哀想(笑)なので何も言わないでおくことにする。
「言っている内容を振り返ってみてください。男として人間として気持ち悪がられるものですよ。」
ハッキリキッパリそう告げたら、グウィンは唖然とした顔で固まった。
ミアは、お得意の怪力でグウィンを持ち上げて、行きに使ったのだと分かる馬車に放り込んで帰らせた。
「任務完了」