「全自動車イス(ぜんじどうくるまイス)wii体験記」
おやじが最後に乗る車
晴天に恵まれた週末の巨大な展示場。
福祉機器展示会場内で、そこそこの人込みの中、永島久が全自動車イスのWiiの行列に並んでいる。
ビッグサイト福祉機器展会場内で展示されている全自動車イス「Wii」体験ブースに、永島は親子三人で、来ている。
永島が妻の永島舞子にデジカメを渡し、ふんぞり返るほどの大きい態度で、妻の舞子に、えばって命令している。
「あーあ、そこをな、押すんだ。 手を揺らすなよ? フォーカスが大事なんだから。 ……あれ、万結は、どうした?」
「万結ちゃんの彼がさっき来たから、迎えに行って来るって……」
あからさまに、機嫌が悪くなる久。
「彼? どういうことだ? 俺は、なんにも聞いてないぞー?」
「……だって、まだあなたに、言ってなかったですもん。 そんな強く言わなくたって……」
すこし、舞子がむくれる。
「難しい年代になったから、目を光らせておけと、あれ程言ったのに……」
「SNSが、こんなに普及してるんですよ? 若い女の子を縛れるすべがあるわけないじゃないとあれ程言ったのに……それに、麓くんは、良い子ですよ、もっと娘を信じてあげてもいいんじゃありません?」
舞子の機嫌がどんどん悪くなっていったので、久は少し気を取り直し、優しく言い換え始める。
「ちゃ……ちゃんと撮ってくれよ? フォーカスは、カメラが勝手にやってくれるだろうけどな……」
「はいはい……はい、チーズ……あら? あなた、次よ、次!」と、妻の舞子も慌てた感じの大きな声で、永島に声を掛ける。
準備の整ったwiiのスタッフが、声を掛ける。
「大変お待たせしました。 全自動車イスのwiiの試乗会にいらっしゃって下さり、まことにありがとうございます。 このWiiは、みなさまのお手伝いを一生、共に、頑張ってくれる楽しい味方でございます。 どうぞ、お座りください。」
緊張した面持ちで、右の手と右の足と同じく出て、不自然な動きをしながら、Wiiに乗り込み、座る久。
Wiiのスタッフが、明るく説明し始め、ガチガチに緊張して聞いている久。
「はい、ここのレバーを前に押しますと、前進、前に進みます。 手前に引きますと、バックになります。 この段差もスイスイと登れますよ。 ただ、このWiiは、坂道の多い日本でも動き回れるように、少しパワーがございます。 ゆっくりとパワーに気を付けて、レバーを押してくださいね。 では、お客さま、よろしくお願いしまーす」
永島は、またもや右足と右手を出して変な歩き方をしながらwiiに乗り、レバーをゆっくりと押していく。
並んでいた人達や見物人たちも口々に、感嘆とした声が出始める。
舞子は、急に興奮した大きな声を出して、カメラを向けるが、久は、運転に夢中で舞子に、全く気づいていない。
舞子は、大きな声で手を振りながら、久に声を掛ける。
「あなたー、こっち向いて笑ってー! 顔怖いわよー!」
久は、周りの人たちの視線を感じてしまい、余計に緊張し始める。
久は、もっと真っ赤になりながら、叫ぶ。
「うるさい! うるさい! 説明を忘れちゃうじゃないか!」
娘の永島万結が、細く美しい脚を見せた短い制服姿で、大きなぐるぐるキャンディを舐めながらやって来る。
隣には色白で、おとなしそうな青年の七瀬麓が静かに並んでやって来る。
「ちょっと、すみませーん」
万結は、麓と手を引っ張り、大勢の人だかりをかき分け、Wiiの売り場を覗き込む。
すると、大騒ぎで運転している久を見つけ、万結は、すぐに笑いだす。
「ちょっと待って! 親父の顔! マジ、ヤバめー(笑)」
大笑いする万結に向かって、永島のWiiが、近づいてくる。
「その男は、誰だ? パパ聞いてないぞ? 万結、万結―?」
万結たちは、少し固まるが、Wiiが、予定外の方向に、ガタガタとオーバーランして行く。
「お父さま、落ち着いて下さい。 レバーは、思い切り握らないで下さい!」
舞子も呆れて、呟く。
「あなた!……あなたったらぁー……あぁー」
「うわっ、なんだ? おい、誰か、止めろ! 止めてくれー!」
久の乗ったwiiは、万結と麓の目の前を通り過ぎ、試乗コースをオーバーランし、車止めを乗り越えて通過して行く。
End