落ちた先で
「のああああああ!ぶべ!!」
ボクは今、枝葉の中を物凄い勢いで通過して、そして地面に激突した。木の先端の回避、そして枝葉による速度の減少。ボクの立てた作戦は見事成功した。だが枝葉にぶつかるのが、思った以上に痛かった。
魔法によって微々たる程度ではあるが、物理防御が上がってこれである。そうなるとやはり、この枝葉による速度減少作戦は、やっておいてよかったということになる。あのまま悪魔の言うことを信じてなにもやっていなかったら、ボクは死んでいただろう。悪魔許すまじ。
「おーい、無事か」
「……なんとかね」
そして真っ当な魔法強化を受けていた海道君は、無事に地上に降りることができたらしく、地面に伸びているボクを覗き込んできたその体には、傷一つついていなかった。
全く悪魔さんよぉ。海道君にはなんで適切な魔法を教えて、ボクには教えなかったのかな。これって贔屓じゃない?自分で神様名乗ってるんなら、みんな平等に祝福しないと。
『ふむ、どうやら無事に地上に降りることができたようだね』
噂をすればなんとやら、問題の悪魔さんがボクらの脳内に直接語りかけてきた。これさっきも落下するときにやられたけど、あんまりいいものじゃないね。慣れないからか知らないけど、なんか変な感じがする。
「それで、俺らはこれからどうすればいいんだ?」
ボクがまだ着地のダメージを負って延びている中、全くの無傷で地表に降り立った海道君が、悪魔に質問をした。悪いけどボクはしばらく動きたくないから、ここは君に任せたよ。
『ふむ。ではまず君達の現在位置を確認しよう。君達は今……、ジルランド王国領土の外れにある森林にいるね』
ジルランド王国領土の外れの森。いやどこだかわんないわ。異世界の国なんだろうけども、生憎とこの世界の地理は全く知らないから、名前を聞いても何処にいるのか全然ピンとこない。
『ここから彼女達の中で一番近いのは……。水の町スィミルにいる子だね』
「そこに、囚われている一人がいるのか」
水の町スィミル。悪魔が言うにはそこがボク達の最初の目的地であり、囚われた彼女達の一人がいるところらしい。
『じゃ、とりあえずそこを目指す感じでいいかな?』
「ああ、一刻も早く紫陽花達を助けたいからな」
『了解、では道案内は私がしてあげよう」
どうやらこの悪魔、道案内をしてくれるらしい。正直言ってここまでロクな目にあってないので、こいつのことはまったく信用していないが、しかしここはボク達の知らない異世界。その異世界の存在であるこいつが案内をしてくれると言うのなら、かなりこの旅は楽になる。
なにせ彼女達が何処にいるかわかるし、そこへの行き方もしっている。さらに他の異世界の常識なんかも知っているだろうから、この悪魔が付いていればこの異世界で、情報収集をする必要はほとんどないだろう。ラッキー。
「よっと、それじゃ早速そのスィミルって町に行きますか」
「ああ。早く紫陽花達を助けに行こう」
向かうべき場所とその行き方を手に入れたのなら、こんなところでいつまでも寝ているわけにはいかない。まだ体は痛むが、体をいじって強化しておいたと言う悪魔の言葉は本当だったらしく、地上に激突して数分しか経っていないが、もう傷が治り始めていた。
この調子なら町に向かいながらでも、充分に回復できるだろう。時は一刻を争うし、ささっと町へ向かわなくては。そう思って歩き始めようとした時、悪魔がボクらに声をかけてきた。
『うーん、せっかくやる気になっているところ申し訳ないけど、邪魔者のご登場だねぇ』
「え?」
悪魔がそう言うので、ボクらはあたりを見回したてみたが、なにもいないように感じた。だがしばらく周囲を警戒しながらその場に留まっていると、木々の陰から唸り声を上げながら狼のようなものが数匹、ボク達を囲むように現れた。
「これは、狼か?」
『まぁそのようなものだね。でも君達の世界の狼と同じと思ってはダメだよ。なにせこの世界は自然の魔力によって、あらゆる生物が強化されているからね』
異世界の生物は魔力によって強化されているのか。じゃあ、今目の前にいるこの狼も、見た目よりも強いって認識でいいのかな。だったら余計な体力の消費を抑えるために、できれば穏便にことを済ませたいんだけど。
「グルウウウウ」
ですよね〜。ボク達を襲うために木々の陰に隠れて、様子を見ていたんだもんね。無理だと思ったらボク達の前に出てこない。ボク達の前に出てきったらことは、つまりボク達を襲えると判断したわけだから……。
『くるよ〜』
「グォォ!」
ほらきた。囲んでいたうちの一匹が、ボクら目掛けて飛び掛かってきた。狙いは海道君ではなくこのボク。まぁ戦いは弱い奴から狙われるって言うし、ボクが狙われるのはしょうがない。なにせボクは荒ごとには向いてないからね。
しかし向いていないからと言って、このまま甘んじて狼からの襲撃を受けるつもりはない。鋭い牙で噛まれたら絶対痛いだろうしね。だからボクは避行動をとることにした。
でも正直野生生物の攻撃なんて、かわせるわけ無いだろうと思っている。だが棒立ちでそのまま攻撃を受けるのもいやなので、取り敢えず回避行動をとったのだ。しかしその時ボクは、自分の精神状態に違和感を覚えた。
(……焦っていない?)
自分でも理解できない謎の安心感。襲ってくる狼の姿を見ても冷静でいられ、むしろ避けられる自信すらある。その状態にボクは疑問を抱いたが、今やるべきことは飛び掛かってきている、狼の対処である。冷静でいられれるなら、寧ろありがたい。
「グゥア!」
「ふ……!」
そしてボクは襲ってくる狼の動きをしっかりと見極め、身を横に逸らすことで、攻撃を回避することに成功した。だが狼は安心する隙は与えてくれない、二撃、三撃と次々と連続で襲ってくる。しかしそのいずれも、ボクに当たることは無かった。
「これは……」
『うーん、どうやら人体改造は成功しいたようだね。よかったよかった。流石は私だ』
狼の攻撃をかわしている中、頭で悪魔がそう発言した。どうやらボクが攻撃を避け続けてられいているのは、悪魔のおかげらしい。ちゃんと仕事もしてたのね。
そこから暫くは狼とボクの一対一の攻撃と回避のやり取りが続いていた。だが途中でボクを仕留めるのは一匹では無理と判断したのか、襲ってきていた狼が一声吠えた。すると今まで待機していた狼が、ボクに襲いかかってきた。
単対多の状況を作られた。しかも今まで襲われていなかった海道君にも、数匹襲い掛かっていた。まぁ海道君は【月の鎧】があるから大丈夫だろうけど。
更なる狼の追加。しかしそれでもボクはしっかと攻撃を避けることができていた。このぶんでは攻撃に当たるような感じはしないので、しばらくは無事でいられるだろう。だが攻撃を受けないだけで、それ以上のことはない。
このままかわし続けていても、狼の数が減ることはないだろうし、このままいくとジリ貧で敗北する。何かこの状況を打開できるものが必要だ。
「悪魔さんよぉ!このままじゃジリ貧ですよ。何かいい方法はないんですか!」
なのでその方法を悪魔に聞く。どうせまだボクらに教えていないだけで、攻撃魔法の一つや二つはボクらに授けているんだろう。
『ああ、勿論あるさ。海道君は【月の剣】、大森美麗君は【月の矢】と唱えみるといい』
ほらやっぱりあった。そんなことだろうと思ったよ。今ままで全部何かが起こってから、その対処方法を教えてくるんだから。全く人が悪い。
まあ悪魔の性格については置いとくとして、これでボク達はこのジリ貧状態を脱せるのだから、今は彼に感謝して、授けられた攻撃魔法を使わせてもらおうじゃないか。
「【月の剣】!」
「【月の矢】!」
さぁ、反撃といこうか。