【20:伏見京香は焦る】
有栖川が俺の顔を見上げて、突然爆弾発言を投げ込んできた。
「ところで勇介ぴょんって、彼女いるの?」
はぁっ?
突然なんなんだ?
有栖川はからかう様子でもなく、ふざけた感じでもない。
相変わらず有栖川のホログラムは見えないから、表情や態度から類推するしかないんだけど……
割と真面目な顔と口調で、全く質問の意図がつかめない。
「いや……いないけど」
「へぇー、意外!」
「どこが意外なんだよ? 陽キャじゃねえし、イケメンでもないから、案の定ってヤツだろ?」
「そっかなぁ。陰キャじゃなくてクールな感じだし、顔も悪くないし、彼女がいてもおかしくなさそうだよー」
有栖川みたいな人気女子がそんなふうに言ってくれるのは嬉しいけど……
あまりに言われ慣れてない褒め言葉に、面映くて、照れ笑いを返すしかできない。
『えーっ? えーっ? ちょっと待ってよ! 有栖川さん、もしかして勇介君のことが好きなのーっ!? 勇介君も、満更でもなさそうな顔をしてるし……』
伏見のホログラムが両手で頬を押さえて、めっちゃ青ざめてる。
『ヤバいヤバいヤバい…… このままじゃ、トンビに油揚げをさらわれてしまう……』
伏見京香よ。
なんて古風な例え話をするんだ?
『でもまぁ……勇介君には彼女がいない。その情報を引き出したのは、有栖川さん、お手柄だわっ! よっしゃ!』
お……おう、そうだな。
なかなかポジティブな面もあるじゃないか。
「あ、もうこんな時間かよ」
ふとスマホの時計を見た嵐山が、驚いた声を上げた。
そう言えば、マックに来てからもう二時間も経ってる。
結構楽しかったおかげで、俺もそんなに時間が経ってるなんて気づかなかった。
それにしても、なんかヤバい雰囲気になりそうなタイミングで、嵐山の声かけはありがたい。
「そうだな。そろそろ帰るか」
俺がそう言うと、みんなが口々に答えて席から立った。
「あ、そうだねー」
「そうだな、帰るか」
店を出て、四人とも最寄り駅に向かった。
有栖川は歩きながらまた俺の隣にすり寄ってきて、見上げるようにして話しかけてくる。
「勇介ぴょん。今日は楽しかったー また一緒にマックに行こうねー」
「おい、有栖川。その勇介ぴょんって言うのはやめてくれ。恥ずかしすぎる」
「ええっ? そう? 可愛いのになぁ」
有栖川は唇を尖らせて、肩を左右に振る。
可愛い女子のこんな姿は、普通ならばきゅんきゅんモノだ。
だけど有栖川の向こう側を歩いてる伏見が、横目でチラチラと投げかけてくる視線が、あまりに鋭すぎて、俺の胸を支配してるのは恐怖心のみ。
「有栖川よ。そんな可愛さはいらん」
「うぇーん、勇介ぴょんがなんだか、冷たーい。いつもの勇介ぴょんじゃなーい!」
「おいおい! いつもの俺ってなんだよ? ほとんど俺のことを知らないくせに!」
「あはっ、そうでしたー!」
有栖川は自分の拳で頭をコツンと叩き、ペロリと舌を出した。
──なんだ、この可愛い小動物は?
思わず有栖川の姿をボーッと見てたら、また伏見のホログラムが焦りまくった顔で『ヤバい、ヤバい、ヤバい』を連呼してる。
あ、いや、すまん伏見。
お前に心配をかけるつもりはなかったんだが。
いつも俺を絶賛してくれてる伏見に、不安な思いをさせたくはない。
ちょっと視線を伏見に向けて、ニコッと笑顔を浮かべてみた。
『うっわ、なに、今の勇介君の笑顔? 私よね? 今の笑顔は私に向けてたよね? やったー!』
伏見のホログラムがガッツポーズをしてる。
これでひと安心だ。
なんだかんだやってるうちに、すぐに駅に着いた。
俺と嵐山が同じ方向、そして伏見と有栖川が同じ方向の電車に乗る。
俺の家はここから歩いて帰れる所なのだけども、今日は隣の駅の大型書店に行ってコミックを買うつもりにしていたので、嵐山と同じ電車に乗るのだ。
だから改札を抜けたところで、男性陣と女性陣に分かれて、別のホームに向かった。
「じゃあ、また明日ねー、バイバイ勇介ぴょん!」
「だからその呼び方はやめろって言ってるだろ!」
「なあ有栖川さん。俺にはバイバイを言ってくれないのか?」
嵐山は不満ありありで、憮然としてる。
「あっ、ごめんねー嵐山君……イケメン健吾くん!」
「えっ?」
「バイバイ、健吾くん!」
「あっ、いや……あはは、バイバイ!」
嵐山のヤツ、有栖川の満面の笑みと名前呼びに、急にデレッとしやがった。
『やっぱ有栖川さんは可愛いなぁー イケメン健吾くーん、だって。あはは、あははー』
ホログラムの嵐山なんか、さらにデレデレな顔だ。
なかなか単純なヤツだな。
まあそこが嵐山の凄くいいところなんだが。
「じゃあ、さようなら」
伏見は軽く手を挙げて、クールに言い放つと、くるっと踵を返してホームへと向かって歩きだした。
伏見自身はまったく振り返ることなく、すたすたと歩き続けてる。
だけど今日の有栖川の言動は、伏見の心をざわつかせ、危機感を煽るのに充分だったようだ。
なぜなら伏見のホログラムは、何度も俺の方を振り返って──
『これはなんとかしないと、本当に有栖川さんに、勇介君を取られちゃう! なんとかしないと!』
おろおろした顔で、そんなことを呟いているのだから。
また明日からの伏見との関わりには、何か変化があるのだろうか?
俺はふとそんなことを思いながら、帰宅の途についた。




