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【15:伏見京香は誰にでもあんな態度は見せない】

 伏見が人通りの少ない裏道に行こうと言うので、俺は彼女の後ろをついて歩く。

 歩きながら後ろから彼女を見ると、すぐ横をふわふわ浮いた感じで、ホログラムも一緒に移動してる。


 なるほど。

 ホログラムは実体がない感じだし、歩いたりはしないのか。




 裏通りに着くと、伏見は面と向かって立ち、その美しい無表情な顔を俺に向けた。


「さて東雲しののめ君。あなたはなぜ私の質問に黙り込んだの? 私ごときの質問に、答える義務はない。そう言いたいのかしら?」


 えっと……

 これも伏見は、クールな女を演じてるつもりなのだろうか?

 コイツ……相変わらずズレてる……


 俺はなんて答えたらいいのかちょっと迷って、また無言で彼女を見つめてしまった。

 するといつものクールな表情をほんの少しだけ崩して、伏見は口を開いた。


「あ、いや……義務というのはさっきの権利と対をなす言葉であって、意味は……」

「だから、言葉の意味がわからないんじゃないって!」

「あ…ああ、そうなのね。良かったわ」


 伏見はホッとした顔をしてやがる。


 コイツ……もしかして、極度のコミュ障か?

 ホログラムの方も、慌てふためいて顔が真っ赤だし。


 しかも、かなりこじらせてるようだ。


 ──いや、面白いけど。



「あのな、伏見……お前の言動に口を挟む権利なんて、俺にはないのかもしれない。だけど誰にでもあんな態度を取ったら、お前が他人から誤解されるぞ。俺が言いたかったのは、それなんだ」


 ──あ、ついつい伏見の口調に合わせて、ちょっと生真面目に答えてしまった。


「あなたの言いたいことはわかったわ。ご忠告ありがとう。でも言っておくわ。私のやることに、口を出さないで。私は、自由な女なんだから」


 じ……自由な女ってなんだよ?

 確かにコイツ、心の中はかなり自由な女ではあるけど。


 リアル伏見が髪をかきあげながら、極めてクールに言い放つその横で──


『わーっ! キャイーン! 勇介君、カッコいい! 私を心配してくれてるんだね~っ! ありがと、ありがと、スペシャルサンクスー! これから気をつけるからねー!』


 ホログラム伏見は、デレデレの本音を垂れ流してる!

 めっちゃ喜んでるじゃないか!

 俺の言いたいことをわかってくれたみたいで良かった。


 でも……リアル伏見のせっかくのクールなセリフが、バカみたいに聞こえるぞ。


 俺は、笑いを堪えるのが大変だ。

 このままならプッと笑い出しそう。

 でもそれは、せっかくクール女子を演じてる伏見に悪い。


 だから俺は笑い出さないうちに、この場を立ち去ることにする。

 ちょっと伏見のツンな態度を真似てやるか。


「まあ伏見がそう言うなら、仕方ないな。確かに俺には、お前の行動を規制する権利なんかない。じゃあな」


 俺は片手を挙げて踵を返し、歩きだした。

 伏見に背を向けてから、ようやく我慢してた笑いを出した。

 だけど声には出さない。


「ちょっ……」


 背中の方で伏見の声が聞こえるけど、あえて歩みは止めない。

 振り向いたら俺がにやにや笑ってるのが、伏見にバレるから。


 だけど後方でパタパタっと伏見の足音が聞こえた後、ドサっと音がした。


「あうっ!」


 ん?

 リアル伏見の呻き声だ。

 もしや……


 振り向いたら、伏見がヘッドスライディングのように地面に這いつくばってる。


「おい、大丈夫か!?」


 手を貸そうとしたけれど、彼女は慌てて自分で立ち上がった。

 制服に付いた砂埃を、両手ではたいてる。


 顔は必死になって無表情を装おうとしてるみたいで、ちょっと引きつってるよ。


 コイツ……

 結構なドジっ子だ。


『ぶふぇーん。痛かったー! 泣きたいけど、勇介君にすぐ泣く女だって思われたくないから、私がんばるーっ!』


 ──って、ホログラム伏見なんか鼻をぐすぐすいわせて、完全に泣きべそをかいてるけど、大丈夫かーっ!?


東雲しののめ君」

「あ、ああ。なんだ?」


 実物の伏見はこんな状況に至っても、まだクールを装ってる。

 心の中の泣きべそが嘘みたい。


 いやこの子──

 めっちゃがんばってるやーん!


「あなたは誤解してる」

「何を?」

「私は、誰にでもあんな態度を見せてるわけじゃないから。誤解を受けてるなら、これからは気をつけるわ」

「本当か?」


 伏見はクールな表情のまま、コクっと小さくうなずいた。

 俺が聞きたかったのは、その言葉だ。

 心の中だけじゃなくて、それを言葉にしてくれたのは嬉しい。


 俺はにっこり笑顔を伏見に返した。

 そしたら彼女のホログラムは、ホッとした顔でにっこり笑顔を返してくれた。


 だけど本物の方は相変わらず仮面のようなクールな表情で、そして淡々としたカッコいい口調で言葉を返してきた。


「私が言いたいのは、それだけ。じゃあまた明日」


 そう言って、伏見は首を振りながら、クルッとターンした。綺麗な黒髪がふわっとなびく。


 長いまつ毛。

 くっきりした二重瞼の綺麗な瞳。

 アゴがしゅっとした小顔。

 きゅっとしまってやや細身のスタイル。


 そのどれを取っても、トップアイドルにも負けない美少女。


 伏見はそのまま振り向きもせずに、スタスタと立ち去ってゆく。


 ──あ、カッコいい。

 思わずそう思った。


 さすがだ、伏見 京香。



 だけど俺が『本当か?』と尋ねた時、ホログラムの伏見は、あせあせしながらコクコクうなずいて──


『信じて、勇介くん。お願い……』


 なんて、可愛らしく呟いてたけどな。

 心の中の伏見は、クールさの欠片もない。



 やっぱり、こんなにポンコツでドジっ子でコミュ障の伏見が、あざとく男を惑わすなんてできっこない。

 コイツが素で出した笑顔を、男の方が勝手に勘違いしたんだな。

 間違いない。



 まあでも案外素直に、『気をつける』って言ってくれたところを見ると……

 ちょっとは俺に素直な気持ちを出す気になってくれてるのかな。


 よしっ!

 伏見がもっと素直で可愛い姿を俺に見せてくれるようになるように、やってやろうじゃないか。


 明日からの学校生活が、また更に楽しみだ。


 そう思いながら、俺は伏見のカッコいい後ろ姿を見送った。

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