幸せのために29
宙をかけ、その間にもつぶてが私の手足を穿ち、肌が裂けて血液が飛び散る。
顔を顰めながらも態勢を維持し、頭を抱えて苦しんでいるハジメに懸命に手を伸ばして飛び込んだ。
「あぁあああ、アァアアアアアアアア!」
間近で聞く人のものとは思えないハジメの高く乾いた咆哮に耳をやられる。耳が破裂するような痛みと共に一切の音が聞こえなくなって、無音の世界で私はハジメを地面に倒して抱きしめる。
これなら音が無くても問題ない。ハジメの心臓の鼓動を感じられるなら、私の鼓動を伝えられるなら、余計な音なんていらない。
「ハジメ! しっかりして! 私だよ、澪だよ!」
「…………!!」
私はぎゅっと目を瞑ってはじけるように暴れ続けるハジメを抑え込み、私の心臓部とハジメの心臓部を近づける。
バクバクと動き続けているハジメの心臓の半分は私の感情でできている。なら、私の鼓動を共鳴させれば落ち着くかもしれない!
「お願い……ハジメ!」
すると、突如私の中に強烈な何かが流れ込んできた。それは温かくて、冷たくて、楽しくて、寂しくて、辛くて、喜怒哀楽の激しいそれらの感情が塊となって流れ込んでくる。
『澪ちゃんが好きだ!』
『明日ちゃんとエスコートできるか不安だ、もう一度予定を確かめておこう』
『うぅ、振られた……』
『あぁ、澪ちゃんが愛おしい』
『伊吹さんに認めてもらうためにも頑張らないと』
これは……私の知らないハジメの心、そして……――
『絶対に澪ちゃんを幸せにするんだ!』
私の知らない、私の感情が一切混じっていない純粋なハジメの感情。
「これが……本物のハジメの感情……本当に私のことを思ってくれていた……」
目を開くと、世界は真っ白に染まっていた。前を見ても後ろを見てもどこまでも優しい白に染まっている。空だけが青いまま、私をここに留まらせていた。
誰もいない、私たちの世界。
ポンポンと私は背中を叩かれて、その主に視線を向けると、冷静さを取り戻したハジメに身体を起こされる。
その顔に苦しそうな様子もなく、心臓の鼓動も穏やかだった。
「…………」
「ごめん、耳が聞こえないの」
正しくそう言えたかは怪しいが、大きく頷いてくれたハジメは私を優しく抱きしめてくれた。
ハジメは泣いていた……笑いながら、泣いていた。
笑うと泣くはよく反対の意味で使われるが、ハジメはどちらも同じ『嬉しい』の意味で表情に出していた。
トク、トク、とゆっくり脈打つハジメの命の鼓動がまるで子守歌のようで落ち着く。
周りの音は一切聞こえないのに、ハジメの鼓動だけは私の耳にしっかり届いた。
真っ白な世界なのに目は全然痛くならなくて、不思議と傷の痛みも引いていく。
ハジメの暴走は完全に収まっている。これでは能力を全力で行使できないのではないか? そんな心配をしていると今度は私の頭を丁寧に優しく撫でてくれた。
「…………、…………」――大丈夫だよ、安心して。
口の動きがなんとなくそのようなことを言っている気がする。
そして、私の好きな表情で微笑んでくれる。こういう時に私の感情を読み取って利用するのはずるいと思う。
でも、それが嬉しくて、私も釣られて自然と笑顔になれた。
そして、ハジメは少し照れくさそうな顔をすると、鼻をかいては私のことをちらちらと見る。
どうしたのだろうか? いまさらこの抱き合っている態勢が恥ずかしくなったなんてことはないだろうし。
「…………」――ええっとね
ハジメが何か聞きたいことがあるのだろうと思い、私は少し首を傾げた。
「なあに?」
ハジメは私の目を見て、恥ずかしさと嬉しさと、ほんのちょっぴりの不安を混ぜた表情で話し始めた。
「……………………………………!」――僕は澪ちゃんのことが好きです!
澪ちゃんは僕のことをどう思っていますか……とは言っていないけど、そう言いたいのはちゃんと伝わっている。
私は最初、ハジメのことをただの感情を分けた観察対象程度にしか思っていなかった。
積極的に話しかけてくれるのは私の気を引こうとする子どもと同じだと思っていた。
だけど、その考えはハジメに触れるたびに崩れていった。ハジメのスキンシップにドキドキし、初めて告白された時は心臓が飛び出るんじゃないかって思った。
旅の途中で慣れていると思っていたのに、全然恋愛の経験が無くて取り乱したことも多かった。
それでもこれはきっと気のせいなんだと自分に言い聞かせて、お返事の時はハジメの告白を断った。
だけど、ハジメは私のために行動してくれていた。私の幸せのために命を張って頑張ってくれた。これは紛れもないハジメの感情で、これが本当のハジメだと知った。
だから、私の思っていたハジメへの感情はすべて勘違いだったって知ったんだ。
勘違いで、新たに私の内側を支配するこの気持ちは……ハジメに対する答えも決まっている。
これはちゃんと言葉にしてあげないといけない。だから――
「……、………………………………!」
私の……に、ハジメは笑ってくれた。涙を流して喜んでくれた。
私は今まで、死に神の力や透過能力で何人もの人々を不幸にしてしまった。たとえ夢の中とはいえ、こんなことをして私が幸せになる権利なんてないんじゃないかと諦めていた。
だけど、そんなの関係ない。私が掴んだ幸福を誰にもくれてやるもんか!
これは私とハジメだけの幸福なんだ。
私のもう一つの幸せ、それは『誰かに心から笑ってもらうこと』。
それも今、叶えられた。
ハジメが顔を近づけてくるのに対し、私は目を瞑ってそれを受け入れた。手足は上手く動かせなくて耳も聞こえないけれど、たった一点で感じられる幸せで私は十分だった。
幸福の中、真っ白だった世界はさらに輝きを増し、ハジメの能力によって私たちは新世界へと誘われた。
見ての通り完結までもうすぐです。最後になって閲覧してくれる方が増えてきたのが嬉しくてつい張り切ってしまいます。
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