死に神を見た3
「あなたは来国一人目です! おめでとうございます!」
少々離れた門横の扉から叫ぶように話しかけてくる声が、崖に反射してエコーする。
何やら理解しがたいことを言っているが、とりあえずは女性の元へ歩きながら質問する。
「すみません、どういうことですか? 何を言っているのかが全く分かりません」
突然おめでとうなんて言われても、嬉しくなければ意味も分からない。まずは説明を求める。
女性は外向きにカールした肩までの黒髪に丸眼鏡が特徴で、手をぶんぶん振りながら私を呼んでいる。私の長所は元気なところですと言わんばかりの大ジャンプも決めている。
周りには誰もいないから恥ずかしいことは無いはずなのだが、不思議と羞恥心がこみ上げてきた。
自然と私の歩みは小走りに変わる。
「はい! この国はつい昨日まで来国者を誰一人受け入れていなかったのです。反対派もいる中、説得に説得を繰り返して、やっと市長達が外の人を受け入れることしたのですよ!」
「建国してからずっと受け入れていなかったのですか?」
「そうですよ。国として成り立ってから、百年と少し。市ができたのは最近ですが、それまで国の外に出ることはできても誰一人として他所者を入国させなかったのですよ。たとえ商人でさえも例外ではありません」
今まで誰一人として入国させなかった理由も気になるが、この国の民は自給自足で暮らしてきたということに感嘆を漏らす。
他国と貿易を行わずとも暮らしていけるだけの土地や畑、人口管理など、国のコントロールが完璧なのだろう。
どうなのか聞いてみたところ、ここら辺の土地は栄養が豊富で作物が育ちやすいのだと教えてくれた。
「細かいことは入国すればよく分かります。まずは手続きをしてしまいましょう」
「そうですね。お願いします」
すらすらと必要事項を書き込み門をくぐれば、そこに広がっていたのはいたって普通ではあるが、活気の溢れるごみ一つないきれいな街並みだった。
高台からでは遠くて見えなかったが、国民はグループになってお話をしているところがほとんど。
入国の手続きをしてくれた人……中村さんが言うには私の来訪を心待ちにしている人が多いそうだ。
歓迎してくれるのは嬉しいが、今日はゆっくり休んで、明日に観光をしたいと思っている。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
「……歓迎されているんじゃなかったのかなぁ」
「中村さんの嘘つき!」と心で叫ぶ。老若男女問わず十数人の集団が値踏みするように私を睨んでいる。
その集団がいるせいか、私に近づいて来る者は誰もいない。
ずっとこちらを睨んでいる集団は、私が移動するとぞろぞろ後ろをついてきた。喫茶店に入れば、ばらばらになって近くの店でこっちを観察し、話しかけようとすれば、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「陰湿すぎる……」
私が何をやったというの? もしかしてあれか、中村さんが来国に反対派の人がいるって言っていた気がする。
色々と理由を考えていると陽は落ちて闇が広がっていた。
辺りは暗く、街灯の明るさが目立つようになった頃に彼らは動きだした。
集団の内、五人の男女が水晶を持った老婆をつれて私に近づいてくる。そして集団のリーダーらしき若い男が私を指さし言った。
「婆さん、この人を占ってくれ」
「なぜ、私は占われるのですか?」
「あんたは信用できない。この婆さんの占いは絶対だ、結果次第ではあんたをこの国から追い出す」
「えぇ……」
この人たちは何者なのか、占いの方が信用出来ないだろう? と突っ込みどころは複数あったが口にはしない。おとなしく占いの結果を待つとする。
「…………」
老婆が何か小さくつぶやいているが、私には聞こえない。老婆だけが静かにつぶやく気まずい空気がしばらく続き、「ハっ!」と少し気合の入った声を最後に上げる。
そして、独り言のように老婆は占いの結果を語りだした。
「この者にはこの国を大きく変える力がある。だが、この運命を覆らせることはできないだろう」
老婆のしわがれ声と結果が、集団に緊張を走らせたのが見てわかった。
占い結果は曖昧なもので、反論するべきか、正直私は何を言えばいいのか分からなかった。
沈黙はしばらく続き、最初に言葉を発したのは老婆の後ろにいた茶髪の女性だった。
「やっぱりこの子は信用ならないわ! 今から市役所に申告して追い出すべきよ!」
「まあ、落ち着け、今行っても役所はもう閉まっている。明日、正式に直談判をしよう」
「この占い結果で市役所が信用すると思っているのですか?」
「この方の占いは百発百中だ。今回俺たちが高い占い料金を払ってお願いしている」
あんまり納得できる回答ではないが、それだけこの国でも有名な占い師なのだろう。誰一人として今回の占い結果が市役所に通用すると思って疑う様子がない。
ここから逃げ出してもいいだろうか? 悪いことはしていないし、何か問題があったら明日の朝にでもこの国を出よう。
うん、そうしようと椅子から立ち上がり、逃げる体制に入ろうとした時だった。
「あ、いたいた、七瀬さん。遅いからどうかしたのかと……あら? あなたたちは反対派の人たちね! 国で決まったことなんだから文句はお偉いさんに言いなさいよ。さあ、七瀬さん行きましょう」
恰幅のいい、食堂のおばちゃんを彷彿させる女性は、私の名前を呼び、突然現れたかと思うと反対派の人たちに説教をして、私の手を引っ張っていった。
あの場所にはもういたくなかったしこの人の行動には感謝したが何者なのだろうか、そして後ろを振り向いても誰一人追いかけてこなかった。