幸せのために20
翌朝、十時を少し過ぎた時間に私はエントランスに顔を出す。柱に隠れるようにしてハジメを探すとすぐに見つけた。
ハジメは全身黒い服を着ていて、なんだか喪服のような格好だった。スーツではないにしろ、デートに誘ってきた側が着るような服ではない。
やっぱりあの手紙は何かの間違いなんだと思い、帰ろうかと考えているとハジメと目が合ってしまった。
「あ、お、おはようございます」
「おはよう、よかった、来てくれないんじゃないかと思ったよ」
近くで見るハジメに怪我の後遺症は見当たらない。あまり派手すぎない黒い服がハジメの顔立ちに似合っていない。
それでもこの服を着ているからには意味があるのだろう。
「デートのお誘いをしたのに悪いんだけど、今日はそれらしいことができないかもしれない。ついてきてもらうだけになるかもしれないし、澪ちゃんにはつまらないかもしれない。こんなこと先に伝えてデートとしては赤点もいいところだけど、僕のことを見ていてほしいんだ」
私としてもデートらしいことと言われても知識が全くないから、ついてきてくれというのならそちらの方が動きやすい。
私が頷くと、ハジメは腕を差し出してきた。
「それじゃあ、行こうか、はい」
「なにそれ?」
「外は瓦礫まみれで歩きづらいんだ。彼女を転ばせるわけにはいかないだろう?」
キザっぽいウインクを一つ。ただそれをウザイとは思わない、ちゃんと私のことを考えてくれての行動だ。
私は少しどうしようかと考えた後、差し出された腕に私の腕を絡ませた。
「ハジメは優しいんだね、ありがとう」
せっかくのデートだ、心遣いに感謝して、これくらいハジメの調子に合わせてあげよう。
外に出てみるとそこはもう世紀末の世界だった。二日前、あの戦闘から私は外を見なかったから気付いていなかったがこの星はもう末期なんだ。
どこを見ても人の気配がなく灰色の景色。砂埃ばかりが舞い、草木の一つも見当たらない。
こんな世界にハジメはいったい何の用があるというのか。疑問に思いながらも黙ってハジメについて行く。
「――キャッ」
「おっと、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫、足が滑っただけ」
砂に足を取られて転びそうになったところをハジメに抱きかかえられて何とか転ばずに耐えた。腕を組んでいてよかったと思う反面、密着しすぎて顔から火が拭き出しそうになった。
それにしてもハジメはどこに向かっているのだろうか、時たまに地図と景色を見比べては角を曲がり、瓦礫で路が封鎖されていれば戻ったり。結局ハジメが足を止めたのはビルを出てから一時間後だった。
「着いたよ、ここが今日の目的地」
「何もないけど、なにするの?」
たどり着いた場所は他の所と何も違わない灰色の場所。瓦礫の山で埋め尽くされ、今にも崩れそうで怖かった。
「これから僕は義務を果たすから、澪ちゃんはそこの安全な場所で待っててくれる? あまり長くは待たせないから」
ハジメが指さした場所に私は移動し、そこでハジメが何をするのか見学する。
丁度いい瓦礫を見つけそこに座ると無駄な静けさが気になる、衣服が汚れるのもいとわずハジメは地面に正座し、合掌して黙祷を捧げていた。
「ハジメ?」
「…………」
軽く頭を垂れて手を合わせているハジメに思わず声をかけてしまった。幸い反応はしなかったが、私もなるべく音を立てないよう瓦礫から立ち上がりハジメと同じく黙祷を捧げた。
小鳥一羽いない住宅街、そんな所にわざわざ出向いたのはこういう理由があったわけだ。
ここに住んでいた人たちも、動物も、植物も、全ては暴走したハジメに……。
涙は出なかった。私とハジメの黙祷の意味は違うけれど死者を悼む気持ちは同じ。
風の吹き荒ぶ音すら忘れて黙祷を続けていると声を掛けられた。
「澪ちゃん」
「……もういいの?」
「ああ、僕に付き合ってくれてありがとう、面白くはないだろ?」
「まあ、ね、確かに面白くはないね。だけど大切なことだよ」
ハジメは一昨日から出来る限りの場所を回って黙祷を捧げていたらしい。暴走していた時、ぼんやりと覚えていた景色を必死に思い出しながら地図と共に歩いて、その度に手を合わせていた。
近くを何か所か周り、次に向かうということで腕を差し出してきたから、私は出来るだけ自然にその腕を取った。
次の場所はハジメの知っている場所なのか地図を見ず真っすぐ進んでいく。
歩いている間、私はハジメの話に耳を傾ける。
「澪ちゃん、僕はね、神の能力を使って世界を元に戻すことに決めたよ」
「できるの? 大変じゃないのかな」
「とっても大変さ、時間もかかるし最後までやり切れるかも分からない」
二日前に病室で見た神の能力はちっぽけなもので、水の入ったグラスを小さな綿あめに変える程度のものだった。しかしハジメが本気を出せばもっと大きな力を扱えるかもしれない。
時間が掛かるというのは世界中を元に戻すのだ、世界中を歩き回らないといけないだろう。きっと百年では済まない長い近い旅になる。
「大変だけど、澪ちゃんが笑ってくれるなら苦しくないよ。それが僕の幸せだから」
「それってどういうこと?」
「澪ちゃんにとっての幸せだよ。どんな困難が待ち受けていてもきっと世界は元に戻る。澪ちゃんが笑ってくれることが僕にとっての幸せなんだ」
感情から読み取った? いや、おそらく説教をされたというときに父さんが話したのだろう。まったく、父さんはどっちの味方なのやら。
……間違いなく私の味方と答えるのは分かっているが、後でどう詰め寄ろうか。
「でも、どうして私のためにやるの? 辛いならやらなくてもいいのに」
「そんなの決まっているさ! 僕が澪ちゃんを好きだからだよ」
そうでした。愚問でしたね、だけどこんな近くで言わないで欲しい、だからおねがい、そんなことを言われたら心臓が跳ね上がったのがばれてしまいそうだ。
なんだかんだこのような展開は初でしたね。
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