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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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幸せのために17

 話し合いはまずこの青年の名前を決めることから始まった。

 何をするにも名前が無いというのは不便で、彼を「お前」や「こいつ」と呼ぶには抵抗がある。


「何がいいですかね? 七瀬……うーん、思いつかないな」

「待て、しれっとうちの家族の仲間入りをするな、お前とは赤の他人だろうが」

「まあ、いいじゃないですか。あ、澪ちゃんが決めてくれるなら僕は何でもいいよ、できれば格好いいのがいいけど」


 そういわれてもすぐにいい名前なんて思いつかないよ。でもさっさと決めないと次に進めないし……。


「それじゃあ……「一」と書いて『はじめ』でいいかな? それと苗字は自重してね」

「おお! 澪ちゃんが直々に……ありがたや〜」


 テンション高いし、私の故郷とは遠い所の人たちと顔つきが似ているからカタカナで「ハジメ」とイメージした方がしっくりくるかな。


「澪が付けてくれたんだ、大事にしろよ」

「もちろんですよ、僕の宝物です」

「なんかむかつくが、まあ、いい。それじゃあ一、能力を使ってみろ」


 父さんの言葉にハジメが能力を行使する。サイドテーブルに置いてあった水入りのコップがわずかに震え始める。

 数秒の後にコップはポンとメルヘンチックな効果音と共に姿を変えた。


「これは……綿あめ?」

「効果音も足してみました、はい澪ちゃん、どうぞ」


 コップの姿はどこにもなく、渡された小さな綿あめは紛れもなく本物だった。ふわふわで摘まめば千切れるし、口に入れてみたら甘かった。


「僕に植え付けられた能力は、力の及ぶ範囲で好きに何にでも変えられる能力さ。今だとこれが限界だけど、暴走すれば上限は途方もなく大きくなる」


 可愛らしい力に思えるが大災害において世界中の建造物がわずか数十分で崩壊し砂礫と化したというからには、この能力はとても恐ろしいものなのだ。


「力は止まらなかったし、出来るだけ人間を助けようと無意識にセーブしていたんだけどね、結果何十万何百万という人を不幸にしてしまったよ」

「暴走させられて力を制御しようというのは難しいと思うよ、ハジメが気に病むことじゃない」

「澪ちゃんが天使に見える」

「何を言っている、本当のことだろう」


 ハジメに影響されているのか疲れているのか、父さんの脳回路が暴走し始めている。早く休ませないと。


「父さん、頭がふらついてるよ、部屋に戻って休んで。今後のことは午後から決めよう?」

「そうだな、流石に頭が痛くなってきたし少し寝ておくか……ハジメ、分かっているな?」

「そんな怖い顔しなくても手を出したりしませんよ。あくまで清い関係がいいです」

「ならいい」


 相変わらず私には分からない会話を繰り広げた父さんたちの争いはついに決着? したのかな。

 頭をふらつかせながら父さんは少し千鳥足で病室を出て行った。


 ハジメと二人きりになったところで、まだ見たこともないほどに真剣な顔をしたハジメがこちらに姿勢をなおした。

 その態度は恐ろしく真面目で、先ほどの明るさが嘘だったかのように鋭かった。


「さて、澪ちゃん、さっきはお父さんが誤魔化したけど、やっぱり伝えた方がいいと思うから、話すね。でもこのことはお父さんには内緒にしてくれるかな? やっぱり怒られそうだし」

「お父さん呼びをする方が怒られると思うけど、分かったよ」


 ハジメは私が来た時からずっとへらへらと笑っていたが、今になって、私はハジメの笑いが何かを誤魔化すための隠れ蓑だったのではないかと思い始めた。


 真面目な顔をしているハジメ、この顔こそが本当の顔なのだと、根っからの真面目さんなのだと思った。


 そして、私の予想は的中した。


 ハジメの目尻から透明な涙がつうっと頬を伝ったのだ。


「どうかしたの?」


 私を見つめたまま動かないハジメは涙を量産し、かけ布団に染みを作り続ける。

 困った私も動けずにいると、深い瞬きをしたハジメが口を開く。


「……ありがとう」

「え?」

「僕を助けてくれてありがとう」

「あ……もしかして」


 左胸を抑えるハジメ、そこには私が昨日渡した『命』がある。

 気持ち悪いくらい藍色に染まった命。だけど、それで一人の青年を救った。


「あなたのこころが僕の暴走を止めてくれた。僕を救ってくれて本当にありがとう」

「やっぱり私の感情が移ってたんだ」


 私は命をただ傍に置いていただけ、意図的に命に感情を吹き込もうとはしていない。

 だけど、なんとなく予想はしていた。この冷たい色はきっと私なんだって、それでもかつて助けられなかった命の代わりにこの人を救うことが出来たなら、あいちゃんとの出会いは無駄ではなかった。


「こちらこそ生きてくれてありがとう。もう泣かなくてもいいよ、さっきみたいに笑って?」

「できないよ……」


 しかし、ハジメは私の優しさをはじいた。


「こんな、こんな悲しい体験をした澪ちゃんの前で、僕一人だけ笑うなんてできないよ」

「え? え?」


 理解が追い付かない、ハジメはいったい何のことを話しているの? もしかして『命』がへんな影響を与えちゃった?


「澪ちゃんの感情は冷たくて、寂しくて、そして悲しいものだった。いままでどんな辛い思いをしてきたのか手に取るように分かるよ。僕の暴走はその残酷さに抑え込められたんだから」


 黒に近い藍色にまで染まった『命』、それは私の体験した絶望を吸収したというの? だからハジメはずっと泣いていて、左胸をずっと握りしめているんだ。


「澪ちゃんの感情が痛いほどに分かるんだ、こんな体験をしてきた澪ちゃんに僕が出来ることなんて、代わりに涙を流すことくらいしかできないから……だから、辛い過去は忘れて僕の代わりに澪ちゃんは笑ってよ」


「――できないよ」


「え……?」

「笑うなんてできないよ!!」


 ベッドから勢いよく立ち上がる。ハジメを見下ろすように近づいて睨みつけた。


「出来ない、出来るはずがない。私の過去は私のものだ! 誰にも渡さない、取り返すことが出来ないなら私はハジメ以上に泣いてやる」


 細い川を頬につくるハジメに対抗し、私は大粒の涙を流してやった。ハジメが握っている左胸に大玉を落とし、それは私のだぞと主張する。

 奪うように病院服を乱暴に掴む。相手は怪我人なのに、どうしても許せなかった。


「あなたに押し付ける為にあなたを助けたんじゃない! その過去は私のものなの、忘れるなんてできない! 私の中にはあなたの知らない温かい過去だって存在する、なのに何もかも辛い過去だって決めつけないでよ!」

「ご、ごめん……」


 怯えてシュンとしているハジメを見て、はっとして頭が急に冷え始める。


「……言い過ぎた、ごめん」


 ハジメから手を離し、私は踵を返してハジメから距離を取った。

 思い出を軽率に扱われた悔しさに両の手を握りしめながら肩を震わせて、私は振り向くことなく病室を後にした。


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