死に神を見た2
いつから私は自分を『神の使い』なんて思っていたんだっけ?
不意にそんな疑問が頭に浮かんだ。
本来は神社の狐や、猿が担っていることになんで私も加わろうと思ったのか。あと神の使いは他にもいるけど思い出せないから省略。
恐らくは中学校を卒業して、より書庫蔵にこもるようになってからだろう。高校に進学せず、朝から夜遅くまで毎日蔵の本に読み耽っていた。
母さんはそんな私に一言「本が好きなんだね」で片付けた。
知らないことを吸収していく感覚はたまらなく好きだったが、それを本好きだからと簡単に片づけられていいのか思った。
だからといって反論は出来なかったけど……。
「ああ、あれを見つけたのは母さんが亡くなったときか」
改めて振り返ってみると、私を大きく変えた出来事が一つあった。
それは私が中学校卒業を控えた、雪がニ十センチも積もった凍えるように寒い冬の日、母さんが亡くなり葬式を終え、悲しみで意気消沈していた夜。私は悲しさを紛らわすために小さな明かり一つで書庫蔵にこもって本を読んでいただ。
そこで積んでいた本に挟まるように小さな手帳を見つけた。
中にどんなことが書いてあったかはもう覚えていない。だけど、たった一ページだけ頭にはっきり残っている。
それは私が神の使いと思い始めたきっかけであり、いつか旅をしようと思った理由でもある。
(内容はたしか――)
『神は美しい世界を創造することができる 故に神は人類に感情を与えた
神は素晴らしい世界を創造することができる 故に神は人類に知識を与えた
しかし神は絶望した
どんなに完成した世界でもいつかは崩壊し終末を迎える
神は長考する。どうすれば世界は完成した姿を保てるのか
何億という時間をかけ 出した答えが一つ
終末を迎えた世界の上に世界を創造すればいいのだと!』
もし間違って覚えていたら、まぁ、笑い飛ばせばいいか。なんにせよ、こうして旅に出ているのだから何も文句はない。
(神の壊した世界を私は見てみたい!)
当時、神託は受けていた。神は私に世界は近いうちに終末を迎えることを伝えてきた。世界中に人類はたくさんいれども、他でもない私に神託を告げたのだ。
神がまたも絶望し、見捨てた世界をこの私は観測することができる! そんな時分に生きている。
それに気づいた瞬間、私は世界地図を探し始めた。書庫蔵になくて、さらには雪が積もって出入り口が開かなくて出鼻を挫かれた上に、朝早く店の開いていない時間に押しかけてこっぴどく叱られて――
いてもたってもいられなかった。
あの手帳に書いてあることが本当なのかは分からないし、誰かが出来心で書いた詩かもしれない。どの国も世界地図は正確なものは未だ完成していないはずだし、神託はなぜ私に告げたのかだって理解できていない。
まあ、そんなことは当時の私には関係なかった。それだけあの一ページに魅せられた。
「それから二年かけて書庫蔵の本を読み切ったっけ」
旅に出るって決めたときは、母さんが天から「頑張れ」って言ってくれた気がした。本当、何かにとり憑かれたような毎日だった。そのときの手帳はいつの間にか無くなってしまったが、もう必要ない。
こうやって無事に私が旅に出ているのも母さんのおかげだと思う。
「おや?」
周りの紅葉を楽しみながら歩いていれば左側に獣道のような、よくみれば石畳で舗装された道が森の奥へと続いていた。
草木に覆われて発見し辛くなっていたその道は、結構な距離があり、よく目を凝らすと紅葉に保護色となってこれまた見つけ辛くなっている鳥居を見つけた。
「こんなの……気になるじゃない!」
私は自然に隠された道を進むことにした。
今度こそ狐がいるんじゃないかと期待を胸に、生い茂る草を踏みしめ、鳥居をくぐった先にあったのは、この場所にはふさわしくない小さなボロボロの家屋だった。
家屋は朽ち果てる寸前で穴は開き放題、動物すらも近寄らないだろうこの家屋には何があるのだろうか。そもそも鳥居の先に家屋があること自体がおかしい。
「いや、崩壊した世界で、鳥居の先に家屋があることくらいおかしくはないか」
どこかで山の頂に何かの塔が逆さに刺さっていると噂で聞いたことがある。それだけ世界はおかしいのだ。
近づいて扉を探すが、玄関の扉は外れて内側に倒れていた。
家屋の中を覗き込んでみるが特に気になる物はない。
「倒れたタンスに足の折れた机と椅子、後はひびの入った手鏡くらいしかないね」
本当は中に入って詳しく見てみたいけど明かりはつきそうにないし、床が抜けて怪我をしたくない。諦めて元の道に戻るとする。
残念と思いながらも、心は次の国へ行きたい気持ちでいっぱいだった。
「国に着いたら、この家屋について何か知っていないか聞けばいいしね」
紅葉に遮られていない美しい姿の夕陽を浴び、大きく伸びをする。
長い森を抜けた先は頑丈に整備された高台になっていた。国を一望できるこの場所はピクニックで来るにも快適な場所だと思う。
穴に嵌めたように円状でつくられた分厚い城壁は国を守り、住居らしきものはそれぞれ少し離れてポツン、ポツンと建てられていた。少し背の高いビルを中心に、隔たりがあるわけではないが、十字のように国を四分割する大通りがあった。
長い階段を下り、少し歩けば国にたどり着けるように見える。
辺りを見渡すが、どうやらこの高台を下りないと国にはたどり着かないらしい。
「ゆっくり歩きすぎたかな? 暗くなる前に国にたどり着きたい。国の入り口で野宿はイヤだ」
陽は後ろの紅葉と同化しつつ顔を隠そうとしている。合わせるように空や国、私のいる高台すらもオレンジに染まっている。
この景色は楽しみたいけど、階段に向かう。下まで距離はあるが、階段は結構緩やかだ。
「よっほっはっ!」
人二人分ほどの幅がある階段をリズムよく一段ずつ下りていく。左右に手すりがあるおかげで転ぶ心配がない。
駆けるように下りれば、長い階段もあっという間だ。
国の入り口に着いて門を見上げると、思ったよりは大きく、というよりは厳重なところが気になった。
「もしかして、入国希望の方ですか?」
辺りを見渡していれば門の横にある小さな扉から女性が顔を出して話しかけてきた。
こんなにも厳重な門があるのに、横に入り口をつくったら意味ないのでは? と思ったが、とやかく言うことはやめよう。
「そうです。入国できますか?」
「大丈夫ですよ、今すぐにでも!」
女性のテンションはやけに高いが、観光客などはいなかったのだろうか?