幸せのために11
仕事をする父親というのはなかなかお目にすることが無いと思う。
そして、私が今いるのは父さんが働く研究所、なんとそこで私も職員として働くことになったのだ。
だからといってお給料が貰えるわけじゃない。貰ったところで使う場所なんてこの世界で一つもないのだから。
必要な物はすべて隣のビルでもらえるし、衣食住何でもござれだ。
私は封を切ったばかりの新品の白衣に身を包み、研究所の受付カウンターで事務仕事をしていた。
やることは簡単で職員の通勤確認や体調管理、後は片付けの手伝い程度。下っ端同然の仕事内容だが世界が終末を迎えるであろうこの一年でここの人たちと同じ域に達するのは不可能だ。
それも考慮し、今まで交代でやっていたカウンターでの庶務を私が担当することになったわけだ。
「今日も全員いますね。体調はほぼ全員良好だけど……おや? 彼方さんの体調がここ数日マイナス数値ですね、後で話を聞いておきましょうか」
私は教育学校でいうところの保健委員の役割をしている。
隣にある医療室にはベッドがあってそこで休むこともできる。簡単に治せる怪我などは私が治療して、もっと大きな怪我や体調不良のときはそのベッドで休ませるか、隣のビルから医者を連れてくる役割だ。
あと、ここでの独り言はなぜか敬語になってしまうのは謎。
暇なときは研究室の中に入って見学するのも自由だが、何をやっているのかさっぱり分からず、私はカウンターの椅子で静かに作業をしていた。
本当に暇になってぼーっとしていると何やら研究室が騒がしくなって、しばらくすると一斉に職員方が出てくる。
「あ、お疲れ様です。これからお昼ですか?」
「ああ、そうだけど、澪ちゃんもどう? 一緒に食べない?」
「あはは、ごめんなさい。私、いつもお弁当なので食堂には行かないんです」
「もしかして、澪ちゃんの手作り? もしよかったらだけど、俺にも作ってくれないか……なんて」
父さんが真面目過ぎるだけで、ここの職員たち、主に男性の方たちは私をナンパするのが当たり前なほどに陽気だ。
だけどこの人、譲二さんは何か勘違いをしている。そしてその勘違いの正体が譲二さんの後ろにいる。
「ほう、そんなにも俺の手作り料理が食いたいか……」
「へ……? あ、リーダー……もしかして、澪ちゃんのお弁当って……?」
「俺が作った。何か文句はあるか? それと親の目の前で娘をナンパするとはいい度胸だな?」
「え、あ……ご、ごめんなさーーい!」
あらら、自動ドアにぶつかりながら逃げて行ったよ。別にこれくらい日常茶飯事だし、気にすることは無いんじゃないかな? 他の人も同じようなことはあったけど、休憩が終わったら元通り真面目に頑張っているし。
「もう、父さん、怖がらせすぎだよ」
「む、すまんな、大事な一人娘が譲二に取られると考えたら我慢できなくてな」
「父さんも父さんだね……」
この親馬鹿! 私が恥ずかしくなってきたよ。
私は逃げるようにカウンターから離れ、夢来さんを探す。研究室内には見当たらないから恐らく裏のテラスにもう向かっているのだろう。
研究所の裏は屋根付きの大きなテラスとなっていて、主に女性職員がわいわいと弁当を持参して過ごしている。
休憩時間でなくても息抜きに利用する人は多くて、私も暇なときに利用すると大抵誰かがいて、その職員とお話しすることが多々ある。
私に話しかけてくれる職員は多くて私もやりやすい。
技術を学んだわけじゃないがカウンセリングも私の役目、一番年下の私だと話しやすいらしい。
女性職員はよくお菓子をくれるし父さんのことも教えてくれる。男性職員はよくナンパしてくるがそれは本気ではなくお互い分かっていて楽しんでいるからそれはそれでコミュニケーションが取りやすい。
だけど、父さんがよく勘違いして睨まれるから、いかにバレずに私に声をかけるか遊んでいるみたいだ。
おちゃらけている人が多い研究所でも仕事をしている間は誰もが真剣で、私の方が場違いだった。
息の詰まる研究室で頑張っているのだから私と話している時くらいは笑顔であって欲しい。
テラスに入ると向こうの席から夢来さんと他の女性職員が手を振ってくれる。
「あ! 澪ちゃん、こっちこっち」
「お待たせしました、ちょっと話をしていました」
「またナンパ? いいわねえ、澪ちゃん大人気ね」
「あはは、お遊びですけどね。また父さんが勘違いしてました」
「まさか主任の趣味が料理だったなんてねぇ」
周りの女性職員も巻き込んで父さんの話に花を咲かせる。私が夢の中で旅をしている間、それはもう手の付けられない落ち込みようだったようで、あの手この手で元気付けようと策を練っていたそうだが、結局のところ趣味の料理が出来なくなって気を紛らわすことが出来なかったのが要因らしい。
もちろん一番の要因は私なのでとんだ迷惑をおかけしました。
「あら、もうこんな時間。そろそろ次の準備をしないと」
「じゃあ、澪ちゃん、また後で。暇だったらこっちに来なさいな、男たちが喜んで仕事がはかどるから。あ、でも絶対にほだされちゃだめよ」
「分かってますよ。父さんが怖いですから」
お話が大好きな女性職員たちは弁当と共にお話しているだけで休憩時間が終わってしまう。
空の弁当箱をさっさと片付け、水筒を持って研究室の方へ行ってしまった。
夢来さんも同じで他の職員について行く。比較的若い夢来さんは私と年もまあまあ近く話しやすくて、他の職員さんとの繋ぎも快く引き受けてくれる。
私の仕事はほとんど終わっているから焦る必要はない、何人かに声をかけて最近の様子を聞く程度のことだ。
研究室の方はなんだか慌ただしい雰囲気で遊びにいっても相手にされなさそうだったから、仕事関係以外で立ち入るのは遠慮している。
だから今は何をやっているのも全く分からなくて、聞いたところで理解も出来ないだろうけど。
そんな研究を主任、リーダーと呼ばれて先頭で指示している父さんは偉大なのだと素直に思った。
休憩が終わり、仕事もすぐに片付く。大きく伸びをして私は父さんに報告と先に帰ることを伝える。
「おう、お疲れ、今日は何か用事か?」
「うん、私自身のカウンセリング」
「そうか、何か悩み事でもあったら相談しろよ」
他に会った職員さんに挨拶をして私は研究所を出た。
自身のカウンセリングとはいったものの、精神的に参っているわけじゃない。私が定期的に見ておきたいものあって、それを見ないと少しだけ不安になるだけ。
「…………」
白衣を着たままやってきたのは私の住むビルの地下深く。エレベーターで長い時間をかけて地下に向かい、扉が開くと人口の明かりが私を出迎えた。
一応柵があって立ち入って触れられないようになっているが、誰でも見ることが出来るこの場所。
奥へと進むと、目の前には高い天井に届きそうなほどに大きな砂時計が二つあった。
私から見て左には終末時計。世界の終末を知らせるこの砂時計は下側に大量の砂が山となっている。延命を求めるがごとくスローモーションに見えるほど残り僅かな砂を糸のように垂らし落としていた。この砂が落ち切ったとき、世界は終わる。
そして右側には――。
「これ、一粒ずつが……」
私は足元に広がる砂を両の手の平で優しく救い上げる。ほとんどが指の隙間から零れ落ち、それが力尽きていることを突き刺すように教えられた。
右側の砂時計。真ん中の括れている部分、オリフィスと呼ばれる部分から下が完全に割れ、砂があちこちに飛び散っている。
これは生存時計と呼ばれ、人間の生きている人数を示していた。
「誰もいないよね……」
生存時計には一粒の砂も残されていない。つまり、この世界に人間は生存していないということ。足元に広がる砂山が全てを物語る。これが全て散らせた命だと。
途方もない量の砂。一粒一粒が命だと思うと足で踏むことは憚られた。
この時計の製作者は私たち新人類の生みの親たち。誰なのかは分からないが、その人たちは新人類を人間として定義しなかったようだ。
私たちは能力を持った化け物という扱いなのだろう。
人間とのハーフな私でもダメなんだ、やっぱり私たちはあの人たちにとっての失敗作なのだ。
でも、ここに来れて満足した。あともう少しだけ世界は今の姿を保つ。
わずかに見逃されているだけな気もするが、与えられた猶予を楽しむとしよう。
夕食の支度をするために私は踵を返し、エレベーターに乗り込もうとすると――。
――パーーン!!
「――ッ!」
久々に聞いたこの音。ガラスが割れるような音に思考が奪われる。
壁全体が震え動くような振動が響き、何かが流れ落ちる音が遅れて聞こえる。
「まさか!」
乗りかけていたエレベーターから離れ、先ほどの砂時計まで走る。
そして、目の前には砕け散った砂時計が二つ並んでいた。
終末時計が、残りの猶予を放棄して砂を飛び散らせている。つまり、今を持って、世界は終末に包まれた。
やっと物語が大きく動きます
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