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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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幸せのために3

 私が目覚めてから一か月が経過した。その間、私はこの病室のような部屋で寝食を、隣にある広い部屋でリハビリを行っていた。


 夢来さんから鏡を渡された時は、初めは理解ができなかったが気付いてしまえば不思議で目を見張った。


 たしかに痩せ細ってはいたが、私の見た目が全く変わっていないのだから。


 二十歳前後で眠りに入って、それからさらに20年近く眠り続けた私は、四十に近いおばちゃんになっていてもおかしくないのに、身体、精神共に私は全く成長していなかった。


 不思議に思いつつもリハビリを毎日続け、まだまだ筋力は足りていないが、今では一人でゆっくり歩くことが可能となった。

 その時は夢来さんがごちそうで祝ってくれて、私はこれからも頑張ろうと励みが付いた。


 ご褒美ついでに夢来さんには私に何があったのか、私は死んだはずなのにどうして生きているのか教えて欲しいと懇願したが「すぐに思い出すよ」と困った顔をしながら今まではぐらかされ続けた。


 少しは記憶の整理が落ち着いて思い出したこともあるが、私が望んでいる答えは戻ってこない。


 私のリュックサックはいつの間にか消えていて、夢来さんにはリハビリを頑張ったら返してあげると……それまで私の記憶はお預けとなるだろう。


 数日に一度、夢来さんはリュックサックに入っていたという物を私に見せてくれるが、それで特別記憶が戻ることは無かった。


 そして、今日は担当医師とリハビリの先生から許可をもらい、夢来さんと外、というよりもこの施設の屋上へ出ることが可能となった。


 この施設は地下に埋まっているのか窓が一切ない。朝も夕も見分けがつかないこの施設での楽しみといったら美味しいごはんを食べることくらいだった。だから久しぶりの外が楽しみだった。

 夢来さんはなぜか私のリュックサックを肩にかけ、エレベーターに私を誘導する。


 最上階のボタンを押し、エレベーターは静かに動き出す。


「澪ちゃん、屋上に出たらこのリュックサックは返します。……だけど、もし、屋上に出て気が狂いそうになったら、これを強く握って欲しいの」

「気が狂う? いまいち理解が出来ないのですが、このボールのような黄色の球体を握っていればいいのですか?」

「…………」


 夢来さんは頷くだけで謎の球体の説明をしてくれなかった。


――ポーン!


 軽やかな音と共に上昇していたエレベーターが滑らかに停止する。


 扉が開くまで、私の隣で夢来さんは何かを祈るように指を組んで俯いていた。

 何もかも理解が追い付かないが私の意識は目の前のドアの奥へと注がれていて、大してそれを気にしていなかった。。


 そして、目の前のドアが音もなく左右に開き始める。人工の明かりしか目にしていなかった私の瞳は入り込んできた天然の光にやられ、視界は真っ白に染まる。


「ウゥッ……」


 見えないまま壁を伝うようにエレベーターから出て、目が慣れるまでその場で立ち尽くす。

 呼吸が苦しい。これは私の身体が弱いんじゃなくて、私のいるこの場所の酸素が薄いと思う。


 しばらくして目が光に慣れ、真っすぐ見据えた先には……何も見えなかった。

 いや、正しくは落下防止の塀と、ただただ青いだけの綺麗な空があった。


 上を向いても同じ青。ここは空なんだ。私のいた病室が地下にあったというだけで、この施設は本当はずっと高い空まで続いていたんだ。そして私はエレベーターでここまで昇ってきたということ。


「綺麗な空……温かいし、風も気持ちいい」


 私の纏う病院服の裾が風ではためく。


 鳥がいなければ雲もない。何も考えず、この屋上にシートを敷いて昼食にしたいほどに快適な場所。

 無垢な子どもの心のようにどこまでも透き通るこの空は、私の淀んでいた心すらも洗ってくれた。


 もっと広く世界を見たいと、私は塀へと近づき、この空と同じどこまでも続いているこの世界を見下ろした。


 そして……先ほどの発言をこれ以上ないほどに後悔した。


「な、に……これ……?」


 瓦礫、倒木、廃車、火災、地割れ、洪水、砂漠、死体


 この空のように美しいものはどこにもない。今も世界は灰色の終末へと向かっている、大災害の真っ最中だった。


 高い位置から見下ろしてしまったが為に、遠くの地平線まで多くの情報が一気に流れ込んできた。


 ――同時に忘れていた記憶が甦った。


「あ、ああ……あぁああああああああ――!!!!」


 絶望。どんなに白を塗り重ねても打ち消してしまうまでの真っ黒な絶望。


 そんな残酷な世界から目が離せず、見下ろしたまま髪を掻き乱す。


「あぁああああ! あぁあああああああ!」


 無意味な金切り声が屋上で反響し、空へと溶けていく。


「ダメッ!」


 錯乱した私は塀を乗り越えようとして夢来さんに無理やり引きずり降ろされる。


 脳が理解を拒み、私は強烈な頭痛に頭を抱えて醜く床に蹲った。激痛に耐える為全身に力が込められ、それは右手に握った黄色い球体を握りつぶした。


「あぁあああああ! ああッ! ……ガフッゴフ、……はあ、はあ」


 狂乱していた私の思考に強烈な電流が流れ、浮いた思考は強引に地へ叩きつけられた。一瞬、息ができなくなり呼吸困難に陥るがおかげで私は冷静を取り戻した。


「よかった、本当によかった。澪ちゃんが戻ってきてくれてよかった」


 突然抱き着かれたかと思うと、夢来さんは泣きながらよかった、よかったと私の頭を撫で続ける。

 頭を撫でられるたびに冷静になり思考が整理され、過去に……およそ20年前に絶望して現実から逃げたことすら受け入れられるようになった。


 そうだ、私はあの砂漠のど真ん中で死んだんじゃない。記憶を封印して夢から目覚めたんだ。


 私は思い出した記憶と現状にやはり絶望しながらも、人肌が恋しくなって目の前の女性を抱き返した。


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