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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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幸せのために1

最終章です。よろしくお願いします

 ここはどこだろうか?


 どこを見ても黄色い砂で覆われた暑くてつまらない世界。憎らしく快晴の空は私の体力を容赦なく減らす。


 つまらないという感情があるだけまだましか。意識を保つのが辛くなって、さっさと手放して楽になりたかった。


「――――」


 潤いを求めてリュックサックからペットボトルを取り出す。喉がからからに乾ききって声が出てこない。


「……コク」


 たった一口。残り僅かな水に感謝して喉を通す。しっかり蓋をしてリュックサックに大事にしまう。そしてまた無作為に歩き出す。


「――――」


 それでも声は出てこなかった。喘鳴の音だけが私の意識を保つが、しかし喉を潤しても声はどこかに忘れ去ってしまったのか、見えない壁に阻まれているのか姿を現さない。


「…………」


 そうか……。私、もうずっと誰とも話していないんだ。

 最後に人と会ったのはいつだったのか覚えていない。たしか八つ前に寄った国で会ったかな?


「ち、がう……」


 掠れた声が出てくれたが喉を傷めそうでやめた。そうだ、私はその国で黙祷を捧げたんだ。

 まるで置物のように動かない人を見るのが辛くなって何度も逃げ出したことがあったが、その時はついに慣れたのか気が付けば手合わせていた。


 誰もいなくて、やっと見つけたその人はもう死んでいた。私は無言で手を合わせただけ。埋葬すらしていない。

 私が生きている人に会ったのは遥か昔、いつだったかはもう思い出せない。それだけ誰にも会っていないってことなんだな。


 あれだけ楽しかった旅はいつしか苦行と化していた。何がしたくてこんな何もない砂漠を歩かなくてはいけないのか。


 それは数日前に遡る。私は突如瓦礫まみれでどこまでも灰色な世界に精神がやられ、発狂して命綱ともいえる地図を投げ捨てた。誰にも会わなさ過ぎて、死体か白骨体ばかり見てきた私は気が狂い、持っていた地図をばらばらにしてその場から逃げ出した。


 叫び続け、髪を掻き毟って私は走り続けた。

 もう旅なんかしたくないなら来た道を戻ればよかったのに、狂った私は自身の制御が利かず気が付けばこの砂漠に倒れていた。


 生存本能なのかリュックサックを捨てていなかったのは幸いだった。

 いや、こんな物、捨ててしまた方がさっさと死ねたかもしれない。


「ハア……ハア……」


 季節も時間も私がどこにいるのかも分からない状況で、意識は薄れ暗転を始める。


 こんなところで倒れたらもう一度起き上がれる自信がない。ここまでなんだろうな。


 薄れゆく意識の中、楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡る。


 ――初めてテントで寝たときのドキドキした感情。その日は緊張してよく眠れなかったな。


 ――国に入ったときの場違い感は国によってまちまちだった。初めて国の人に歓迎された時は救われたようで嬉しかったな。


 ――泣きじゃくる私のことを抱いて安心させてくれたお母さん。今も元気かな? 貰った日記帳はもう書くページも場所も無くなって栞の行き場に困っているよ。


 ――あいちゃんの墓参り、一度くらい行ってあげたかったな。旅の話、もっとしてあげたかったのに、絵本もっと読んであげたかったのに。


 ――キーラ、ヴェーラ、ヤナ、イリーナ、よそ者の私によくしてくれて、私にはこんなにも友達になってくれる人がいた。一度でいいからまた一緒に遊びたいな。


 他にも出会った人々は多い。だけど、やっぱりみな消えちゃうのかな……。国や町みたいにある日を境に無人と化すのかな。

 こんなにも弱気になるなんて、それだけこの世界に希望を見いだせないんだな。


 嗚呼、素晴らしいと思った世界はこんなにも残酷だったんだ!


 終末を見届けるとか宣言しておいて私がこの星より先に死ぬなんて、覚悟はしていたのに残念だ。まだまだ知らないことは多いのに目標半ばで力尽きるのか……悔しいし、悔いしか残らないよ。


 私はこれまで何人も殺してきた。悪い人だけとは決めていたけど、私の求める命をいくつも散らせてきたんだ。なんか……矛盾しているね。それに悪い人ってどんな人だろう……いまさらか。


 死んでも母さんには会えないかな? 私はきっと地獄に落とされる。


 自問自答にも飽きた、考えるだけ疲れる。


 ……頭がぼうっとする。もう限界が近い。だが、そうだ! とふらつく頭で最後のあがきを思いつく。


「あ……あ、ああ!」


 どうせ死ぬんだ。身体のことを考えても仕方ないこと。最後くらい盛大にやってやろうか。


 両腕のシャツの袖を捲り、貧血患者のように真っ白な二の腕に、伸びた爪を押し付ける。


 砂埃ごと大きく空気を吸い込み、私はくそったれな世界に向けて枯れた声で叫んだ。


「わたしはあぁああ!! ここにいるよおぉおおお!!」


 私を見捨てたのなら無理やりにでも見つけさせてやる。お前が振り回した私はお前を呪って死んでやる。


 押し付けた爪がはがれる勢いで腕を引っかいた。血が飛び散り、指先まで真っ赤に染まる。呪術の刻印にはこれで十分。


「罪悪感で押しつぶされ……ろ」


 最後につぶやいた悪態は、目の前に迫る砂に防がれて天へは届かない。顔面を細かく固い砂が覆い、口の中に大量の砂が入り込む。

 咽る余裕もなく瞼が徐々に下がってきた。


 もしかしたら今の叫びで誰かに見つけて欲しかったのかもしれない。こんな砂漠のど真ん中で私を見つけられるはずはないのに。


 ……痛い! いたいいたい!


 私の身体は痛覚を受け付けないはずなのに、苦しいほどに痛い。

 

 ――こころが痛い。心臓を握りつぶされているみたいだ。


 目の前が暗転し始める中、旅の相棒でもあったクリーム色のニットキャップが遠くに飛んで行くのが見える。そうだね、私の旅はここで終わり。


「さ、よう……なら」


 乾ききった身体から命がたった一滴の涙となって左目に浮く。これが流れて砂に吸い込まれた時、私の命は枯れきるんだ。


 意識が闇へと落ちていく中、幻聴が聞こえる。


 ……声が聞こえる。今まで話した人たちの声。その声たちはどうして私を応援しているの? 私はもう死ぬんだよ? ごめんね、もう一度会うことができなくて、ここで力尽きて。


 ――遠くから足音が聞こえる。死に神が迎えに来てくれたみたいだ。どんな顔をしているのか分からないけれど、大きな鎌で殺してくれるのかな……。



 全身の力を抜き命が失われていく気持ちよさを享受していた私、七瀬澪は流れ落ちる一粒の雫と共に、終に死を受け入れた。

いきなり最終話ではないのでご安心を、ちゃんと続きます。


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