喪失者5
なぜだろう? なぜ私は今、王城にいるのだろうか……。
今日は朝起きて元気の出る美味しいご飯を食べて、身支度をして、出国するだけの予定だったのになぜ?
「七瀬澪よ、息子と結婚して女王となれ」
どうして政略結婚されそうになっているのかな?
頭を整理してみよう。確か昨日、宿に着いたら王から呼び出しが来ていると宿のオーナーから聞き、見つかる前に出国しようと朝早く宿を出たら何人もの男性に出待ちされていて、連れていかれた先は城の中、王の御前。もちろん逃げ場はなく頭を垂れて話を聞く他なかった。
王は手足が無くお付きの者が常に世話をしている状態。地位も態度もこの国では一番だ。
そして黙って聞いていれば、いつの間にかあのクソ王子に嫁ぐことになっていた。
他にも重要なことを話していたがそんなことはどうでもいいから私の耳から通り抜けていった。
あの王子をぼろぼろにしたのは他ならぬ私だ。なら、どうして私に嫁ぐよう命令してきた? 私は恐る恐る王に聞いてみる。
「王様、なぜ私なのですか?」
「お前が我が息子を連れ戻してきたのだ。お前以外におるまい」
(それだけの理由で!? それに私は連れ戻してない!)
……この王様、話通じなさそうだし、もうこの国を出たい。
さっさと言いたいこと伝えて出ていくとしよう。
「王様、私にはやりたいことがあります。それはこの国に居てはできないことです。だから今のお話はお断りさせていただきます」
「ダメだ。これは命令である」
「それでは失礼します」
ダメとか言われたけど無視した。相手のことを何も考えない人を相手にするほど私は親切じゃない。
「その者を捕らえよ!」
まあ、そうなるよね。
後ろで待機していた王の護衛達が一斉に迫ってきた。
どうやら縄で拘束するらしい。
「おとなしくしていろ……あれ? なんだこれ?」
「何やっているんだよ、貸せ! ……どういうことだ、すり抜けるぞ?」
私は護衛達が戸惑っている間にすたすたと王の間を出ようとする。
「何をやっている! 銃を使ってもいい、その者を止めよ!」
護衛達がハンドガンで私の足を狙うが全てすり抜ける。
業を煮やした護衛の一人が私に向かって殴りかかってきた。
「おら! ……うわあああ!」
もちろんその護衛は私をすり抜けてどこかに転んで行った。
それを見て全員の動きが止まる。王もこれ以上の命令は下さない、というよりは下せなかった。
すたすたと歩き、扉の前にたどり着いたところで振り返る。
「王様、私ってあなたよりも偉いんですよ?」
これ見よがしに大きな扉をすり抜けて通った。
この後、王の間ではどんなことが起こっていたかは扉で見えなかったが、物音が聞こえなかったから王は大きな口を開けて扉を見つめていることだろう。
全く無意味だが、扉の調査も後で行われるかもしれない。その様子を想像したらなんか面白くなってきた。
王城を出て宿に戻ると、オーナーが宿先でうろうろしていた。
「ただいま戻りました。どうしたんですか? うろうろして」
「ああ! 澪ちゃんおかえりなさい。よかった無事で。連れていかれたものだから、もしかしたらひどい目に遭っているのかもと思って」
「見ての通り無事です。心配してくれてありがとうございました」
「本当に心配したよ。あ、これ旅の荷物。あと落ち着かなくて作りすぎちゃったお弁当、今日までなら大丈夫だからお腹空いたら食べてね」
そう言ってリュックサックとお弁当を持たせてくれる。よく見ると以前から少し気になっていたリュックサックのほつれが無くなっていた。この短時間で直したのだろう。
「オーナーって本当女子力高いですね」
「何言っているの? 私は立派な男だよ」
力こぶをつくる腕はすらっとしていたまんまだった。本人は気付いていないだろうけど、あっちの気があると思う。
いい人なのは間違いないのでこれ以上突っ込んだことは言わないようにしよう。
「それじゃあ、私は行きます。お世話になりました」
「こっちも楽しかったからいいんだよ。またこの国に来たときは泊まりにいらっしゃい」
この宿のオーナーは最後まで優しくて、親切でいてくれた。
問題ごとに巻き込まれて疲れて帰ってきたときに、面倒を見てくれたことが嬉しかった。
先ほども私を心配してくれた上に弁当まで持たせてくれた。
もう感謝の言葉しかでてこない。
出国の手続きをしに門まで向かうと、私を広場から強引に連れて行った義手義足の男二人がいた、と思ったらなぜか二人の対応を田中さんがしていた。
「七瀬さん、今日出国ですか?」
「はい、そうです。あ、この方々が終わってからでいいですよ」
「あ、この方々も同じ出国手続きなのでまとめてやっちゃいますけどどうします?」
「ならそれで構いませんよ」
要は説明を二度するのは面倒くさいということなのだろう。そんなことよりも、この二人も出国?
「私たちはこの国を出ていくことにしました。他にもあの場にいた人たちの家族のほとんどは出ていくことにしたそうです」
「私たちは一足先に」
「そうだね、それがいいと思うよ」
「それとあの時は無理やり引っ張ってしまいすみませんでした」
「跡とか残っていませんか?」
私がイヤだと言っても裏路地に無理やり連れていかれたときか。
「あまり力は入れてなかったでしょ。この通り跡は残ってないから大丈夫」
腕をまくって二人に見せる。そこには傷一つない白い肌がのぞいていた。
「よかったです」
「跡が残っていたらどうしようかと」
あの時は厳つい顔と相まって怖かったが、今は腰の低い好青年だ。
こっちが本当の彼らなのだろう。
そんなことを話しているうちに田中さんが資料の束を用意していた。
手続きはつつがなく進行しあっさりと国の外に出る。
「それではまたの来国をお待ちしております」
私たちは田中さんの見送りを受け、歩き出す。
私は国を出て北へ、二人は東に向かうそうだ。
「それでは二人ともお元気で」
「はい、そちらこそ良い旅を」
私たちは分かれた。
来た時とは違う道路を歩く。あの道路よりも瓦礫が多く歩きづらいが特に問題ない。生まれつき両足があってよかったなとしみじみ思う。
「この国の終末かぁ」
王の間で話したことは結婚話以外にもあった。
王はあの商店街の税を近々引き上げるそうだ。王子が自分を殺そうとしていた理由を王は「なめられている」と受け取り、前々から考えていた増税計画を早めるそうだ。
「そういえばあの果物屋に寄るの忘れちゃったな」
あの瑞々しい果物をまた食べたいと思った。
続きだが、王子には近々国の一部を任せ、数年後には今の立場を譲るそうだ。
今更あの王子に何ができるかは分からないが、王子は予定通り王となり、国の政権を握る。そうなればあの国がどうなっていくかは想像に難くない。
革命が起こるのもそう遠くない未来だろう。
「……ッ!?」
突然右目に鋭い痛みが走った。私は前のめりになって右目を押さえる。
視力を失った右目だが、希に今回のような鋭い痛みと共に『未来』が見える時がある。
私に関わることであったり、たとえ私が知ることのない未来であっても……。
だから今回も見えてしまった。いや、見てしまった。
この国の未来が。
見てしまったから断言できてしまう。
「革命は失敗に終わる」
呟き終わると同時にピシッ! と鋭い音がした。何かに一筋のヒビが入るような、何かが壊れる音だった。
国からなのか、はたまたさらに遠い場所から聞こえたかは分からなかったが。
私にはその音が、この国の崩壊と終末の始まりを告げる合図に思えてならなかった。
思いついたらまた書きます。
見ての通り文章は拙いです。