雪は解けゆく9
ヴェーラと行動を共にすることが多くなってから二週間ほどの時間が過ぎた。私が高校にいられるのも残り二週間。その間私は充実した毎日を送っていた。
アルバイトは急に忙しくなり、店長がシフトを増やしてくれと泣きついてきたり、ヴェーラに告白する男子が急に増えた。マキシムは一時私たちを見ては首を傾げることが多々見られたが、最近は気にしなくなったのか普段通りに戻った。
ストーカーについてはこれといった進展がない。犯人は見つけられず、たまに背筋がぞっとする。相変わらず被害がないのは幸いだが、手を出して来ようものなら容赦はしない。ヤナとイリーナが犯人を絞って探してくれているが候補の男子は誰でもなかったらしい。
犯人捜しは振出しを繰り返しているが、二人は楽しくなってきたのか本格的な道具まで揃えだしたそうだ。
学年末試験までは一週間と三日。私たちはヴェーラの家にお邪魔して勉強会を開くこととなった。
街を歩き、途中買い物を挟みながらヴェーラ宅に向かう。私の身長を倍は超える立派な門をくぐり、ご両親にみなで挨拶をして二階にあるヴェーラの部屋に案内してもらう。塵一つない掃除の行き届いたヴェーラの家は、旅の途中で入ったことのある洋風の城をほうふつさせた。
どうぞ、とヴェーラが部屋の扉を開け、お邪魔しますと四人で入る。外では厳格な態度を求められた反動なのか、ヴェーラの部屋はキーラ以上に女の子らしさがあふれていた。
真っ白なレースとカーテンがかかる大きな窓を正面に右にはピンク色の毛布が畳まれたベッド。その上には可愛らしい動物の人形がこれでもかと並んでいる。整理整頓された木の机に赤い椅子。教科書や参考書が一目でどこにあるか分かる。左側には今日のために準備してくれたのかテーブルとその上にお菓子が並んでいた。ピンク色のカーペットを見ても塵一つない完璧さ。私が住んでいた家でもここまできれいではなかった。
「狭い部屋ですけど、お好きな席にどうぞ座ってくださいな」
「ヴェーラの部屋なんて久しぶりだわ。相変わらず可愛い部屋で安心したわ」
キーラが慣れた調子で椅子に座る。ヤナとイリーナ、そして私はヴェーラの発言に疑問を持って顔を見合わせていた。
「狭い部屋? ここが?」
「ミオ、多分突っ込んだら負けだと思う」
「後で匂い嗅ぎたい」
イリーナだけずれた発言をしていたが、私たちは肩をすくめ合って席に座る。ヴェーラが「どうかしましたか?」と不思議がっていたが、何でもないと笑った。
ヤナとイリーナが通じあっているのをなんとなく面白く思っていたから、その中に加われて満足した。
私たちはおしゃべりをしながらもヴェーラとキーラを中心に勉強に勤しんだ。途中、ヴェーラの母が紅茶を入れてきてくれて、中心の二人が唸る。ヴェーラ曰く、母にはまだまだ紅茶は敵わないらしい。味の分かるキーラもうんうんと頷いているが、そこまで違いの分からない残りの三人は紅茶が美味しい事だけに満足していた。
宿題を片付け、予習復習が終わり、ヴェーラの作ったテスト対策問題をみなで解いて解説を受ければ、夕日が雲を焼いていた。カラスが時間を知らせ、伸びを一つすれば集中力はこれ以上続かない。
一度部屋を出たヴェーラが「お疲れ様です」と甘いミルクティーを入れてきてくれたことでヤナとイリーナは机に溶けるように突っ伏した。
集中していた分糖分が頭に効く。全員で深いため息を吐き、少しばかりの雑談を交わせば、外は闇と街灯の国へと変貌する。
「おじゃましました!」
「はい、また来てください」
玄関でヴェーラと別れ私たちは外へ出た。冷たい風が温まった私たちの身体を容赦なく冷ましていく。雪はもう降らないのかここ最近は溶けていくばかり。これなら国を出ても大丈夫そうだ。
ヤナとイリーナは途中で別れ、私とキーラが寮へと向かう。夜のきらきらした街並みを眺めながらキーラと他愛無い話をする。
「私もいつか旅をしてみたいわ。知らないものを見つけるってなんだか楽しそうだわ」
「一人旅は誰とも話せなくて退屈だよ。まあ、達成感はあるけど、上手くいかないことの方が多いし、私なんか辛い思いをすることが多いよ」
「それでもミオは旅をしているのでしょう? それはどうしてかしら?」
「それは目的があるからだよ。どんなにイヤなことがあっても目標があるから頑張れる」
未来が見えなくなってからというもの私の旅は好調の連続だった。私の目の前で誰かが死ぬことは無いし、国が終末を迎えることもなかった。すでに滅んでいるところはあったが。
やはり私の右目が原因だったのか、それとも前に「いい未来」を見たのがよかったのか。なんにせよ、何かが割れるような不吉で思考を奪われるような音はもう聞こえなくなった。ガラスが割れた音に体が反応してしまうのはどうしようもないがこれは「いいこと」として受け取っておく。
「ミオの目的って何かしら?」
「……聞いてもつまらないよ? もしかしたらキーラ、怒るかも」
「怒らないし笑わないわ。どんな目的でもいいの、教えてくれないかしら?」
「ええとね、私は世界の終末を見るために旅をしているの?」
「終末? どういうことですの?」
私は過去のことを話した。世界が終末に向かっていること。右目はもともと未来が見えていたこと。人が死んでいったことは話せなかったが、ここまで人に話せたのは初めてかもしれない。真剣に話せず、冗談交じりに話したけど言いたいことは口にできたと思う。
「私の話を信じるの? こんな現実じゃありえないような馬鹿げた話」
「ミオの目は真剣だったわ。それを疑うようなことはしない。それに納得できることもありますわ」
まさか全肯定されるとは思っていなかった。キーラの納得できるというのは、近年この国では人口が急に減り始めたこと、周辺国でも不可解な死を遂げる者が多数出没し、その対処で忙しいそうだ。キーラはこれらを私の話に重ねたようだ。
寄り道はせず、真っすぐ寮へとたどり着く。夕食は食堂でキーラと済まし、部屋に戻れば手持ち無沙汰。宿題は終わっているし後はシャワーを浴びて寝るだけ。余った時間が何だかもったいなくてリュックサックから本を取り出す。最近は読む時間が無かったからなんだか久しぶりだ。教科書とは違う紙の手触りが懐かしい。
半分ほど読み進めれば結構な時間になっていた。お気に入りの栞を挟み、今日の日記を書く。シャワーを浴びて歯を磨き、さっさと布団にもぐった。
お母さんに会いたい。お父さんの笑い声が聞きたい。二年も会っていないと流石に寂しくもなる。今頃どうしているのだろうか。
親がこんなにも恋しいものならば、もっと母さんと話しておけばよかった。旅に出る前にもっと墓参りをしておけばよかった。誰か掃除はしてくれただろうか、あんな森の中じゃ誰も気づかないか。
私は旅を続ける。いつ故郷に戻るかは分からないが、戻ったら丁寧に母さんの墓を磨こう。そして旅で見てきたことを一日かけて報告しよう。
安心させるためにも健康には特別気を付けねばなるまい。よく食べよく眠る。寝不足で倒れたら助けてくれる人なんていないのだから。
私の旅の最終的な目的は無事に家に帰ること。そして必ず「ただいま」って言ってやる。
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