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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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雪は解けゆく8

 カバンを自分の部屋に片付け、着替えようか迷ったけどなんとなく制服のままキーラの部屋に行く。キーラの部屋で先に椅子に座っていたヴェーラは深窓の令嬢よろしく涼しいオーラを放っていた。

 キーラはキッチンで手にミトンを付けてお菓子を焼いている。ヴェーラの前にはコーヒーカップが一つ。手にとっては優雅に口に運ぶ。


「キーラのコーヒーは流石です。私ではこの域にはたどり着けません。いろいろ飲み比べましたが昨年あたりからキーラのコーヒー以外は認められなくなってしまいました」

「そんな大げさだわ。ヴェーラだって紅茶に関しては右に出る者はいないではありませんか。あとでまた指導してくださいな」

「母にはまだまだ敵いませんけどね、分かりました。代わりに私にはコーヒーの入れ方を教えて下さい」


 なんだろう。分かる会話なのに内容についていけないもどかしさ。キーラの入れるコーヒーの味を知っているからわかるハイレベルな会話。とりあえず私はコーヒーカップを手にうんうんと頷くだけ頷いていた。


 お菓子の焼きあがるいい匂いがリビングに届き始め、今度はヴェーラがお手本のように紅茶をカップに注ぐ。見事な手際をキーラはメモしながら見ていた。私も少しくらい美味しい紅茶が入れられるよう見て学び、お菓子が焼きあがるのと紅茶の準備が整ったのはほとんど同時だった。


 外は連日曇り空が続き、鬱陶しくも気分が晴れない毎日だが、この時間だけは別。冷えた体に染み渡る温かいコーヒーと紅茶。今日は特に糖分を欲しているため、お菓子の甘さが普段よりも強く感じる。更には暖房の温かさが私の眠気を誘った。

 しかしここで寝るわけにはいかない。ヴェーラは何か話があるようだから。


「そろそろ本題に移りましょう。ミオさんにはお話があると言いましたが、確認したいことがあります。ミオさん、あなた最近誰かに付け回されていませんか?」


 ヴェーラの顔は真剣そのもの。確かに誰かに付け回されているが被害は出ていない。勘違いかもしれないしどう伝えたものか。


「誰かの視線を感じることはあるけど勘違いかもしれないよ? 犯人の姿を見たことがないし、ヤナかイリーナだと思っていたけど違うの?」

「ミオったらストーカー被害に遭ってましたの?」


 ヴェーラは首を横に振って私の予想を否定する。ヴェーラが言うには、私を付け回している人を見かけたのはヤナとイリーナが隠れて私を観察しているときのことだったらしい。二人が犯人ならわざわざヴェーラに言うことは無い。犯人は別でいる。


「犯人が誰か分かっていませんが、ネクタイの色から私たちのクラスの誰かかと思われます。二人とも確証は無いそうですが恐らく間違いはないでしょう」


 それから情報を共有していったが、これといった犯人像は浮かばなかった。ヤナとイリーナは私が左手に画鋲を刺して以来、反省したのかストーカーの犯人探しに協力的だそうだ。

 とりあえず私たち五人で犯人には注意を向けるということで話はまとまった。


 しかしヴェーラの話はこれだけにとどまらなかった。


「それともう一つ、キーラとミオさんには話しておきたいことがあります」


 ヴェーラの真剣な表情に私たちはお菓子を掴む手を止めた。




 翌日、テストの結果が発表された。赤ペンで点数が書かれたテスト用紙を個人に渡される。それと点数が高いトップ五人は名前を呼ばれ、クラスで拍手をもらう。これからはこの人たちを見習って勉学に励めと言うニコライ先生からのメッセージなのだろう。

 私は席に座り、黒板の前に立った五人に拍手を送る。トップのマキシム。次点のヴェーラ。一つ空いて四番にキーラがいる。


 つまり私は場外の成績。平均点のあたりをうろうろしている。だからと言って悔しいわけでもない。心から上位五人を祝った。

 ヴェーラが私の方を向く。相変わらず仏頂面だがその面の奥には勝ち誇った感情がないことを私とキーラは知っている。

 私を見て笑っていないが、わずかな変化からその顔は友達から祝われて嬉しいのだと察する。


 そう、私とヴェーラは昨日の席で友達になった。ヴェーラは家を継がなくてもよくなったのだ。

 兄と姉がいるヴェーラは複雑な家の事情で末っ子にも関わらず家を継ぐよう命令されていた。そのため自分に合う男を探していたわけだが、長男が家出……無期留学から帰ってきたおかげでヴェーラは晴れて自由の身。両親からも好きにしていいと言われたそうだ。

 中学生の頃から命令されたことに忠実に従い、堅苦しい生活をしていたヴェーラだが、元はキーラのように明るい子だったらしい。今のヴェーラからは想像もつかないがキーラとは国中を駆けまわるような仲だったらしい。

立ち振る舞いを変えてからは誰も寄り付かないようになり、高校に入ってからはヤナとイリーナが周囲を牽制し始め、気が付けば気高きお嬢様が完成していた。


 高校生活が残りわずかでも昔のようにはしゃぎたい気持ちがあり、キーラと私に声をかけてくれた。

 ヤナとイリーナにも声をかける予定で他には短期間でもアルバイトに挑戦したいとのこと。


 テスト返却は余興のようなもので終わればすぐに授業となった。

 昼休みに入り私、キーラ、ヴェーラは食堂に向かうべく仲良く話しながら教室を出れば、誰もが夢を見ているみたいに目を見張る。ヴェーラは見なくても近くでヤナとイリーナが隠れるように着いてきているのが分かるそうだ。


「ヤナ、イリーナ、ちょっと来てください。本日はお話があります」


 ヴェーラがそう言えば、近くの柱から二人が姿を現す。私とキーラを警戒しながらもヴェーラの前に立つ。


「これからお昼にしますがお二人も一緒に食べませんか?」

「な、何があったのですか!? それにこの人たちは敵じゃなかったのですか!」


 ヤナの言葉は何も知らなければ仕方のないことだ。突然私たちと仲良くし始め、さらには食事にまで誘ってくれるのだから不思議でしょうがない。


「私は家の事情でお嬢様ではなくなりました。これからは私のために行動する必要もありません。ですから……よかったら私とお友達になりませんか?」


 威厳はない。ただ真っすぐな視線が二人を揺さぶる。純粋で裏の無い輝く笑顔。こんな顔も出来るんだなと思いつつ私はたじろいでいる二人を見る。

 ヴェーラは事情を話し、もうヤナとイリーナのやっていることに意味はなくなったとことを伝える。


「まあ、ヴェーラ様の傍にいられるなら……」

「違います。これからはあなたたちとは対等な立場でいましょう、ということです。様付けもいりません」


 ヴェーラのきっぱりした言い方に二人は顔を合わせる。長く二人でいたおかげか、目だけで会話しているのが分かる。

 数秒待つと二人は同時に頷いてヴェーラの方を見る。


「分かりました。これからよろしくお願いします。ヴェーラ……さん」

「慣れないのでこの話し方くらいは許してください」

「私もそうですから、様を付けなければ構いません。それでは食堂に向かいましょうか」


 以前のヴェーラではありえないほど私たちをぐいぐい引っ張っていく。これが昔のヴェーラかと思うと、変わってしまったきっかけが可哀そうに思えてくる。

 家庭の事情とはいえ、家のために自身を変えたヴェーラの努力は私では真似できない。


 ヤナとイリーナは少しぎこちない様子でヴェーラと話していたが、放課後になる頃にはだいぶ慣れてきているようだった。

 ヴェーラ自身苦労していたことが多かったらしく、自由に行動できる今が懐かしく思うほどらしい。


「では、面接に行ってきます」

「いってらっしゃいな。ヴェーラが受かればミオは先輩になるわね」

「そんな、同期でしょ。まだ慣れてもいないのに」


 ヴェーラの行動力はすさまじく、昨日、アルバイトをしたいと言い出した一時間後には私の働くベーカリーに書類を提出し、これから面接を行うために二人で赴くところだ。

 私はバイトの日。ミラナちゃんが途中で合流し、ヴェーラは店長と事務室へと消えていった。


「ヴェーラ先輩ってあんな明るかったんすね」

「私も驚きだよ。昨日初めて知った」


 ぼちぼちやってくるお客さんを対応しているとヴェーラと店長が事務室から出てくる。丁寧なお辞儀はこの場には不釣り合いなほどにきれいだった。

 ヴェーラは私の存在に気付いて近づいてきてくれる。


「ミオさんとは同じ日になりませんでしたが、朝は一緒に働けるそうです。これからお願いしますねミオ先輩。ミラナ先輩」

「先輩はやめて、私が先輩と呼ばれるようなことは何もできないから。ミラナちゃんには先輩呼びでもいいよ」

「ミオさん!? 私も先輩は恥ずかしいっす! 「くん」か「ちゃん」のどちらかで呼んでくださいっす」

「それならミオさんと同じくミラナちゃんと呼ばせてもらいます。この話し方は癖のようなものなので気にしなくて結構ですよ」

「はあ、私の知っているヴェーラさんと全く違うっす……」


 一つひとつの動作が上品なヴェーラはミラナちゃんの言葉に笑うときも上品だった。ヴェーラが変わったことは明日には学校中に広まるだろう。そうなれば明日の朝からこのベーカリーは大忙しになる。店長は張り切っているが、ミラナちゃんは渋い顔をしていた。


 その日はヴェーラの制服のサイズ合わせと自主的に研修を求めたため、ミラナちゃんが簡単に指導していた。私はおさらいも兼ねてヴェーラの隣で話を聞いていた。お客はヴェーラを見るたびにぎょっとしていたから明日の朝は本当に忙しくなりそうだ。

休みの間に書こうと思って書けなかった。

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