雪は解けゆく6
「ミオさん、私と中間テストの点数で勝負してくださいな。容姿では負けましたが、せめて学力では私のほうが勝っているところを証明したいのですわ」
「いいよ、勝負しようか」
放課後、寮に戻る前にヴェーラから呼び出しを受けた私はキーラを先に帰らせ、ヴェーラについて行った。
ついて行った先はベタなことに体育館裏。喧嘩を吹っ掛けられるかと思ったがヴェーラはそんなことをするはずはないとキーラが断言していた通り。だが、勝負は吹っ掛けられた。これは喧嘩に入らないのだろうか。
本当は間に細かいことがあったが、正直真面目に聞く気にならず最後の部分だけを覚えている。
ヤナとイリーナはこの場にいなかったが、その二人を納得させるためにも勝負をしてくれとのことだった。
別に勝負自体問題ないし、私が勝ったところで強制力はない。私の卒業に影響するから手を抜くことはできないが、結果はどうあれ私に損はない。
重要な話はそれだけで他のことはどうでもよかった。今日はバイトがないのでさっさと寮に戻ることにする。
部屋に荷物を置いて着替えた後はキーラの部屋に向かう。実は放課後に声をかけてくれそうな女子がいたのだが、ヴェーラが声をかけてきたので遠慮してしまった。そのため私は放課後ぼっちで寮に帰ることになった。本当はクラスメイトと制服のまま街をぶらつく予定だったのに、というのは本当のところ不明だ。
キーラと出かけてもよかったが、なんとなく部屋でゆっくりしたかった。キーラが「お菓子を焼いて待ってるから、終わったらおいで」と言ってくれたおかげで私はソロ活動しなくて済んだ。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい、思ったより早かったわね」
玄関をくぐると漂う甘い匂いが鼻をくすぐる。何を焼いているのか聞いたところ、今焼いているのはチーズケーキだそうだ。
リビングの椅子に座り、キーラがコーヒーを入れてくれるのを待つ。こだわりが強いキーラに私の手伝いは足手まといにしかならない。大人しくコーヒーとチーズケーキがやってくるのを待つ。
先にやってきたコーヒーをキーラとの雑談を交えて楽しむ。インスタントのコーヒーがもう飲めなくなりそう。
「で、ヴェーラにはどんなことを言われたのかしら?」
「勝負をすることになったよ。今度の中間テストで点数が高かった方が勝ち。勝った方がマキシムに告白できる」
「あら、そんなことになってたのね、ヴェーラが告白だなんて大胆ね。珍しいわ」
「そんなに珍しいの?」
「ええ、ヴェーラはクラス内で権力があるのは見て分かったでしょう? でもその権力を己のために使うことは無いの。ヤナとイリーナはヴェーラの恋を成就させたいがあまり過激な行動に出ているけど、本人たちも必死なのよ」
そんなにマキシムがいい男なのだろうか。口が軽そうだし、女子生徒をとっかえひっかえしていそうなイメージ。
「マキシムってどんな人なの? 私にはあまりいい印象がないんだけど」
「マキシムってこの国では結構な王子様ポジションなのよ。ご両親はこの国の運営に関わっている方だし、学力はクラスで常に一位、スポーツも学生ではトップクラスの身体能力を持っているのよ」
それでイケメンとならば女子生徒からモテること間違いなし。その自信が私に対するセリフだったわけね。
立場の違いがありそうだからみな一歩引いているように思えたが実際王子様だったのね。
「昔はああじゃなかったのに、プライドがあるのか自分より上の人しか認めてないのよ。私たちのことを無下に扱っているわけじゃないのは分かっているけど、ヴェーラ相手に対等でいられる人はいないわ」
「なるほど、私を潰しに来たってわけね。私にデメリットが全くないにも関わらず勝負を吹っ掛けたのは私がヴェーラより上なのかどうか確かめるためなのね」
コーヒーを一口。わずかな酸味が癖になりそうな味わい。気が付けばカップの中はもう少ない。傾ければ底が見えた。
チーズケーキもお店で並んでいる商品と遜色ないほどに美味しい。いや、出来立てであるこっちの方が美味しいかもしれない。
「もしかしたらヴェーラは焦っているのかもしれないわ」
「焦ってる?」
「マキシムは高校を卒業したら結婚する予定なのだけど、まだ、お相手が見つかっていないのよ。ご両親が納得する相手ならこだわりはないみたいだけど、マキシムに釣り合う人物ってあまりいなのよ」
「それこそヴェーラくらいしか思いつかないね。それとも校内にヴェーラ並みのお嬢様っているの?」
キーラが指をおとがいに当てて考えるが、ぱっと思いつかいない辺りいないのだろう。街を見てもヴェーラのような一目で見分けがつくような美人は見かけない。
その後もいろいろ話を聞いたが、ヴェーラもこの国では相当なポジションにいることが分かった。要は親の期待に応える為、邪魔な存在は出来るだけ片付けておきたいということだろう。私を無理やりどうこうするのではなく、しっかりと勝負を仕掛けてくるあたりプライドが高そうだ。
一応高校生レベルの学業は終わらせてあるが、それは何年も前の話。今は内容をすっかり忘れてクラスメイトとほとんど変わらない学力だろう。いや、頭が勉強に慣れていないせいで現実はもっと下かもしれない。
たとえ下の学力でも卒業に求められるラインを超えさえすればいい。だが、一度終わらせた内容なんだし、そこまで焦る必要はない。きっと何とかなるだろう。
チーズケーキのおかわりと、桃の香りがする紅茶を頂き、その日は宿題をして一日を終えた。
それと、以前感じた謎の視線については気のせいかもしれないから、キーラには黙っておいた。
布団を被り、夢の中で私はこの二年間旅した思い出を見ていた。
その国は終末を迎えるか。国全体で何が欠落しているか。そして崩壊は始まっているか。
大抵の国はこれらのどれかに当てはまる。他国の人間が集まってできた国の場合は傾向が分かりにくいが、今まで見てきた国はほとんどが終末を迎えようとしていた。
私はもう未来が視えない。神はいるけど信じない。私の中の死に神はいつも私を冷静にさせてくれる。
世界の終末は近い。私が目にしていなくても終末を迎えた国はここ最近で増えてきている。無人の国がここ最近まで住んでいた証を残しているなんて当たり前だった。中には死体が国中に散らばっている腐臭まみれのところもあった。
生きられないと察したのか、そういう宗教なのか、はたまたくそったれな神が誘導しているのか。
神の目的なんて知らない。人類を滅ぼして何がしたいのかなんて想像も付かない。だけど私のように不思議な力が与えられた人間がいる。ならばその人に神は何を望んで力を与えたのか。私なんか見てまわるだけの人間。世界の寿命が先か、私の寿命が先か。恐らく世界の死が先だろう。
根拠はない。未来を見たわけでもない。それでもわかる。この世界はひびだらけの上に成立している。何が原因でひびが入ったのかは分からないが、今後、何かあればすぐにでも崩壊するだろう。
世界大戦が勃発するかもしれない。突然の大雨で大陸が消滅するかもしれない。ひびが入ったというのは、誰かが物を落とした衝撃の積み重ねなのかもしれない。
未来を視る代わりに想像を繰り返す毎日。下手な可能性を拭き取っては塗りたくり、それをまた拭う。繰り返しに疲れる作業だが、いつも納得した形で否定できる。
しかし――
――世界の終末を目の当たりにする予感だけはぬぐい切れなかった。
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