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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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雪は解けゆく5

 翌日の朝、朝食を済まし制服に着替えてからキーラの部屋に向かう。ネクタイはうまく結べたと思うから採点してもらおう。


「ミオ、おはよう。もうちょっとかかるから、椅子に座って待っててくださいな」


 朝食は自炊しているらしく部屋に着くと皿洗いをしていた。手伝おうかと思ったが一人分ならそう時間はかからない。椅子に座ってまもなくキーラがキッチンから戻ってくる。


「着替えてくるからもうちょっと待っててね、それと、ネクタイはまだまだだね。外して待ってなさいな」

「結構自信あったんだけどな」


 キーラに言われてしまえば仕方がない。ネクタイを外して待つことにした。

 ネクタイをするすると解き、何度か練習していると、制服に着替えたキーラがリビングに入ってくる。


「だいぶましにはなったけど、まだまだね。結び目をきつくしすぎだわ。貸してみなさい」

「お願いします、先生」

「これくらい一人で出来るようになりなさいな」


 ネクタイをキーラに渡し、首元を預ける。

 苦しくならないよう優しい手つきでネクタイを結んでくれるキーラの顔は真剣で、とてもじゃないがふざける気にはなれない。だが、このままではちょっと気まずいから話しかけてみる。


「ねえ、キーラとヴェーラって色々似ているところがあるけど、姉妹とかじゃないの?」

「血縁関係はないわ。わたしも最初は親が騙しているんじゃないかって思ってたけど、それらしいことは何も見つからなかったわ。ヴェーラも調べたことがあるみたいだけど、私と同じ結果だったわ」


 ということは似ているだけで血縁関係もない赤の他人。よくよく思い出せば、容姿が似ているだけでそれ以外の共通点が見当たらない。ただ同じ髪色で同じ髪型。背格好がそっくりというだけで血縁関係まで調べたことが驚きと考えるべきか。


 そんなことを考えていればネクタイはキーラによってこれ以上ないほど完璧に結ばれていた。


「ありがとう。キーラ」

「明日からは、ミオが結んだネクタイは直さないから、実力でやってみなさいな。その方が早く成長できるわ」

「崖から突き落とされた獅子の気分」


 正直うろ覚えのことわざだけどまあ、意味的には合っているだろう。

 忘れ物はないことを確認した私たちは厚手のコートを着て通学カバンを持つ。玄関を出て鍵を閉めてから学校へと向かう。


 空は快晴で、降れば積もるだけの雪は陽の光によってきらきら輝いている。校内ボランティアの学生数名が、先生方に交じって雪かきをしていた。そのおかげか、しっかりと地面を踏みしめて歩くことができた。


 エントランスに着いた時、私よりも先にキーラが靴を脱いだ。


「ミオはそこで待っててくれるかしら? 危ないかもしれないわ」

「危ない? どこにも危険な要素は見当たらないけど……」


 キーラが下駄箱を覗き込む。しかし、そこはキーラの下駄箱ではなく私の上履きが入っている場所。そして私の上履きを手に取り、しばらくして大きなため息を吐いた。

 無言で上履きに手を入れ、取り出したのは金色の小さな何か。


「これを見なさいな」

「これは……画鋲?」

「ええ、ご丁寧にテープで固定されてるわ」


 上履きを覗き込むと、虫の巣窟のように奥の方まで画鋲がテープで張り付いていた。


 私は二年前から痛みを感じない身体になっているため、画鋲を踏んだところでどうってことはない。ただ、血は出るから白い上履きは真っ赤に染まるし、傷口から細菌が入り込むだろう……どうってことないわけないか。


「犯人は分かってるわ。これからクレームを言いに行くわよ」

「犯人って昨日突っかかってきた二人じゃないの? 私たちのいうことを聞いてくれるとは思えないけど……」

「ふふ、安心するといいわ。相手は理解ある子だから」


 結果が分かっているような口ぶり。キーラは私の上履きに留められていた画鋲を一つひとつ丁寧に取り外し、私の足元に揃えて置いてくれた。

 キーラにお礼を言いつつ上履きを履く。ハサミで切られたり落書きをされなかっただけましだとは思う。

 画鋲が入っているくらいなら取り除けば済む話だが、破損させられていたらどうしようもない。まあ、キーラがなんとかしてくれるだろうけど。


「さ、行くよ」

「あ、キーラ、待ってよ」


 私はずんずんと階段に向かうキーラを追った。

 階段を二階分昇った先、私たちは教室に入る。席に着いて教室を見渡すと、昨日突っかかってきたヤナとイリーナは私のことを睨んでいた。

 そんな二人をキーラは……無視して私席とは全く逆位置、ヴェーラの元に向かった。


「ミオもこちらに」

「う、うん」


 確かにヤナとイリーナはヴェーラのことを口にしていたが、取り繕ってくれるのだろうか?

 私もヴェーラの席にたどり着くと、キーラはポケットからハンカチで包まれた画鋲を取り出し、ヴェーラの机に静かに置く。


 その瞬間、遠くで見ていたヤナとイリーナが渋った顔をした。


「この画鋲がミオの上履きにびっしり仕込まれてたわ」

「……あの子たちがやったという証拠がありません」


 ヴェーラの声を初めて聴いた。氷槍のように教室を突き通る声音は一切の雑音を消し去る。クラスの誰もが私たちに意識を傾けていた。


「昨日、あの子たちはミオに嫌がらせをすると宣言したわ」

「それでは証拠にならないでしょう。もう少し確かな証拠を提示してください」


 二人は緊迫した雰囲気で話している。クラス中も二人に合わせて静まり返っているが、どこか……この光景を見慣れているように思える。

 ということは今回だけじゃない。ヤナとイリーナは以前にも面倒ごとを起こしているということだろうか。


 二人は私の存在を無視して話しているが、突然キーラが教室全体に聞こえるように声を張り上げた。


「今回の件、誰か知っている人はいるかしら?」


 キーラの言葉に手を挙げる人はいない。それもそうだろう、こんなところで手を挙げると碌な目に遭わないのは小学生の子どもだって知っている。

 しかし、キーラの言葉に手助けしたのは、対立していたヴェーラだった。


「正直に挙げなさい。これでいじめが起きようものなら私が徹底的に潰します」


 ヴェーラの言葉は圧倒的だった。迷いを見せていた何人かが手を挙げる。

 キーラは手を挙げてくれたクラスメイトに「ありがとう」とお礼を言ってヴェーラに視線を戻す。


「ということで証人がいるわ。認めてくれるかしら?」


 勝ち誇ったようにキーラが胸を張る。だけど、それでヴェーラは認めてくれるのだろうか?


「認めます。ミオさんにはヤナとイリーナが迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい」

「え? ……あ、いえ、怪我はしてないし、ヴェーラが謝ることじゃ」


 まさかこんなあっさりと認めてくれるなんて思ってもいなかった。最悪キーラと喧嘩をおっぱじめるかと思っていたくらい。


「ヤナ、イリーナ、来なさい」


 ヴェーラの怒気を孕んだ声音に二人が戦々恐々と近づいて来る。

 ヴェーラからは死角になっているところから、二人は私を睨んでいた。絶対痛い目に遭わせてやる。そんな目だ。


「再びこの二人がミオさんに迷惑をかけるようならば、私のところに来てくださいな。何とかしましょう。二人とも謝罪しなさい」

「「……ごめんなさい」」


 息の合った反省する気のない謝罪。また、何かやる気だとはっきりわかる。


 それにしてもこの二人を謝罪させたヴェーラは一体何者なんだろうか? そのヴェーラを慕うこの二人は何を思って行動しているのか。

二人が下げなかった頭を代わりにヴェーラが下げる。その姿は子が迷惑をかけた家に行って親が頭を下げて謝罪している様子にそっくりだった。


 ヴェーラは悪くないのに頭を下げている。そんな光景を見ているのが辛くなって、私はあることを思いついた。

そして私は感情を殺した。


「ヤナさん、イリーナさん、ちょっとこちらに来てもらえますか?」

「……ミオ、なんか声が冷たいけどどうしたの? まるで別人みたいだけど……」


 キーラが心配してくれるが今は『こちら』の方がやりやすい。久々に体温が少しずつ下がっていくのを感じる。

 ヤナとイリーナを教室の角に立たせ、私は二人に向く。これでクラスメイトからは私の手元が見えなくなった。


「キーラ、絆創膏って持ってますか? 持ってたら何枚かくれない?」

「いいけど、何に使うのかしら?」

「何って普通に使うだけですよ。画鋲、借りますね」


 私はヴェーラの机に置いてあった画鋲を三つほど手に取り、右手の平に針が天井を向くように載せた。


「ミオ、一体何する気? その画鋲で私たちを刺すとか言わないよね?」

「私たち、痛みには強いからそんなことやっても無駄よ」


 ヴェーラが目の前にいる手前、余計なことができない二人は焦りを見せ始め、空回りのような強がりを見せ始めた。


「……よーく見ててね」


 私がやろうとしていることを見られるのはヤナとイリーナ、それとキーラも。三人の唾を飲み込む様子が伝わる。

 クラスメイトはいつの間にか元通りになっていて、こちらのことを気にしている人はほとんどいない。


「……えい!」


 ポフっとくぐもったなんとも情けない音が出たが、そんなこと三人は気にしていない。

 私は画鋲が乗った右手に左手の平を勢いよく被せた。綺麗な音は出ていないが、画鋲はどうなったか想像はつくだろう。


「え? ミオ、今何やったの? ちょっと手を開いて見せなさいな」


 キーラの慌てふためく様子はいたって正常の反応。むしろ、こんなことをやって痛がらない私が異常なんだから。

 二人もキーラと同じような反応をしている。私と敵対している手前、心配することができない様子でヴェーラと私のことを交互にちらちら見ていた。


 手を開く。もちろん画鋲は私の左手に三つしっかりと根元まで刺さっている。針が細いおかげで血は出ていない。引っこ抜けば玉のような血は出てくるだろうが。


「キーラ、絆創膏を準備してくれる? 画鋲引っこ抜くから」

「わ、わかったわ。でも、消毒した方がいいのではなくて? 絆創膏よりも保健室に向かうわよ」

「……あ、あの、ミオ? 痛くないの?」


 終始無言を貫くと思っていた二人の内、イリーナが話しかけてくる。後ろのヴェーラを見ると何事かとこちらを覗き込もうとしている。

 一応ヴェーラには最後まで隠す気ではいるので、ヤナとイリーナに近づいて小声で話す。


「目には目を、歯には歯を。画鋲はどこに刺されたい? 私はこの程度じゃ痛くもない。あなたたちが画鋲を複数刺される以上に痛い思いをしたいならこれからも頑張ってくださいな?」

「わ、わかった。もうやらないから許して……」

「わかったならよろしい」


 私は画鋲を引っこ抜き、血の付いたそれをイリーナに預けた。ヴェーラの視線が気になるのか、二人は画鋲を持って廊下へ飛び出していった。

 左手には玉の血が浮き出てくる。


「ミオさん? あなた、何をやったんですか?」


 血の付いた手を見られてしまったか、ヴェーラが席から腰を上げて聞いてくる。まあ、素直には答えない。


「ちょっとしたマジックだよ。二人とも驚いて廊下に飛び出しちゃうほどの」

「……そう、それであなたへの嫌がらせが収まるなら言うことはないですけど」


 キーラは私たちの会話が終わるのをまだかまだかとそわそわしていたから、ヴェーラは何か言いたそうだったが、テープを切るように話を終わらせ、軽く会釈をして保健室に向かった。


 途中、水道で傷口を洗う。少しずつ浮き出してきた玉の血は、握ると手形がとれるほどに赤く染まった。

 普通は洗うだけで痛むであろう傷口は私には無痛だ。唯一、痛むと言えるのは傷口を洗う隣でおろおろと慌てふためいて心配してくれるキーラに心が痛むくらいか。


「ミオは痛くないのかしら?」


 キーラはやっぱり私の口から聞かないと安心できないのか、私の洗う左手を見ながら聞いてくる。


「私の痛覚は右目が無くなったときに一緒に消えていったみたい。だから、四肢を馬に引きちぎられようとも数トンもの石で頭を粉砕されようとも、私は痛みを感じないの」

「それは痛みを感じる前に死ぬんじゃないかしら? それはともかく、痛みを感じなくても出血はするんだから、何度もやらないでね?」

「分かってるよ、そう何度もやりたくない」


 キーラは私の声が急に冷たくなったことについては触れないようだ。別に低くしなくてもいいんだけど、私の中の死に神を表に出すときは自然と声を低くして話し方も変えてしまう。もはや癖といってもいい。

 そもそも聞かれてもどう答えればいいか分からない。


「手は洗えたよ。保健室に行くまではそこまで出ないと思う」

「それなら早く行くわよ」


 血まみれの手を思い出したのか落ち着かないキーラ。私はキーラの後に続いて階段を下りて行った。


 保健室の先生には机に手を置いたときに画鋲が散らばっているのに気が付かなかったと言ってごまかした。

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