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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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喪失者4

 買い物を済ませ、そろそろ帰ろうかと広場を通り抜けようとしたときに、厳つい顔をした体格のいい若い男二人が私の行く先を塞ぐように現れた。顔つきが似ている、恐らく兄弟だ。


 私から見て右の男は右手、左の男は左足が無く黒い義手義足がそれぞれ嵌められていた。

 今日は歩き回ったしさっさと宿に戻りたかったが、簡単には帰してくれそうにない。


「何か用かな? お兄さん方」


私は普段、年上には敬語を使うが今回は使う気になれなかった。別に構わないだろう。


「リーダーがあんたに話があるそうだ。ついてこい」


 左の男が話しかけてくる。


「私は用がないんだけど? それより早く帰りたいんだけど、どいてくれない?」

「いいからついてこい」


 右の男が私の腕を掴んで引っ張っていく。

 逃げ出したところですぐに捕まるのは目に見えているので、溜息を吐きつつも無駄な抵抗をするのはやめた。

 意外にも私の腕を掴む男の手に、あまり力は強く込められていなかった。



 リーダーがいるという場所にたどり着くまで私たちの間に会話は無かった。

 私はただついて行くだけ。迷路みたいな狭い路地裏を右へ、左へ。途中、腕は離してもらったが、狭い道で私の前後を挟まれているので結局逃げだすことはできない。


「……着いたぞ」


 路地をしばらく歩くと開けたところに出た。周囲は国外のように瓦礫が山のように積まれていて、外側からはこの場所が見えないようになっていた。


 空地のようなここには年齢はばらばらだが、二十人ほどの少年たちと三人だけ少女がいた。

 先ほど通ってきた道は私を連れてきた男二人が塞ぎ、私の逃げ場は無くなってしまった。


「悪いな、来てもらって。ちょっくら話がしたくてな」


 空地の奥に偉そうな態度で椅子に座っている顔面偏差値高めの少年が話しかけてきた。

 しかし、右手しかない。それ以外は無骨な黒い義手義足がはめられていた。あれで歩けるのだろうか。


「悪いと思うなら帰してくれない? 私、今日は歩き回って疲れてるの」

「話を聞いてくれりゃあ、すぐにでも帰してやるから、おい! 誰か椅子を用意してやれ……まあ、座んなよ」

「……どうも」


 少女の内の一人が持ってきた椅子に座る。少女三人ともこの少年のお付きの人だろう。

 不良集団のわりには不釣り合いなほどに豪華な椅子なのが少々気がかりだ。


「この前は部下が世話になったな。程よく虐めてくれたようで?」


 部下というのは私に木の棒で襲ってきたあの少年だろう。しかし、語弊があるようだ。


「私は転びそうになった子を優しく受け止めただけだよ」

「ほう、聞いていた話とちがうな」

「どのように伝わっていたかな?」

「武器を奪われて、固いもので圧迫死させようとしてきたって聞いたな」

「……ほう」


 視線だけを左に向けて睥睨する。そこにいるのは分かっているよ少年。


「……ッ!!」


 私が視線を向けた先、瓦礫の奥で何かが震える気配がした。

 

「まあ、本題に入ろう。あんたには俺たちの仲間になってもらいたい」

「……はぁ?」


 何を言っているんだこの男は。襲った上に無理やり連れてきて仲間になれと? 絶対に嫌だ。


「自己紹介が遅れたな、俺はこの国の王子だ。俺は親父をぶっ殺して新しい王になる。そのためにあんたの力を貸してくれないか?」


 なるほど、こいつが王子だから椅子が豪華なのか。合点がいったけどそんなことどうでもいい。


「なんで私なの? 立場も弱ければすぐに出て行く身だよ」

「あんたは手足を失っていないからだ。それだけであんたは俺たちの何倍もの戦力になる。意味は分かるよな? それに俺は人を見る目には自信がある。あんたの欠陥箇所……右目だろ?」

「…………」


 障碍を持って戦闘するのは容易に出来ることじゃない。問題なく走れて自由に手を使える、だから私が欲しかったのか。


 右目を手の平で覆う。

 どうやらこの男の観察眼は本物らしい。その通り、私には右目の視力がない。


 私が六歳の時、その時はまだ元気だった母さんに連れられて、初めてあの書庫蔵に入った日だった。

 その日の夜に、私は夢の中で神託を受けた。それをただの夢だと思いたかったが、不思議なことに朝起きたら右目は何も写さなくなった。

泣きわめいて暴れて、右目をえぐり取ろうとしたときは母さんに全力で止められた。もちろんその後はこっぴどく叱られたのは今では恥ずかしい思い出だ。


 しかし、母さんになだめられて落ち着いたときに確信した。あれがただの夢ではなかったと。

 眼帯を付けるのは嫌だったから前髪で隠してはいるけど、分かる人には分かるのか……

 

「さあ、どうする? 仲間になるかならないか」

「お断りだよ。私はあなたの革命に興味ない、それに明日には出国するしね。さて、話は終わったし帰らせてもらうよ」


 私は椅子から立ち上がり、王子に背を向けて元いた広場に向かって歩き出す。


「残念だけど、そうはいかないんだ」


 私は立ち止まって王子の方を向く。

 王子はニヤついた顔で私を見ていた。欠損していない唯一の右手にはハンドガンが握られていて、座ったままでも標準は正確に私の頭部に向けられている。


「なんのつもり?」

「あんた、この国の制度がどんなものだったか忘れてないか?」


 昼間の商店街が平和すぎて確かに半分忘れかけていた。

 私は右目だけ、王子は左手に両足。言われずとも私には勝ち目がない。


「父親を殺したいのに父親の作った制度で戦うの?」

「利用できるものは何でも利用する。王子である俺なら一人殺そうが大して問題にならないしな」

「あなたって黙って家出しているんじゃないの?」

「問題ないさ。親父は俺がやっていることを知っているからな。だけど、表向きは俺が親父の真似事をしているようにしか見えていないさ。まさかそれが革命の準備だとは思っていないだろうけど」


 どうやら私は窮地に立たされたらしい。

 言葉ではこの王子に勝つ方法が見当たらない。動こうにも王子には銃があるから近づくこともできない。

 ……あまり見せたくはないけど、『あれ』を使うしかないのかなぁ。


「……はぁ」

「観念したか?」

「いえ、まったく。あなたの仲間になる気はさらさらないよ」

「あんたに逃げ場がない事を理解しているのか? ここには俺の部下が20人近くいるんだぞ。ここから逃げ切れるとは思わないことだ」

「ええ、分かっているよ」


 王子の部下たちは私を囲むように広がり始めた。


「このまま逃がして親父に知られでもしたら計画は水の泡だからな。確実に殺させてもらうぞ」

「どうぞ引き金を引いてください」


 私は目を瞑る。王子から見たら死ぬ覚悟をしたように見えただろうか


「そうか、残念だ……じゃあな」


 ダーン! という空気を切り裂く音と共に銃弾は私の頭に吸い込まれていった。


「……ガッ!?」


 しかし倒れたのは私を囲むときに後ろに回ってきた男だった。

 左肩に当たって即死は免れたが、王子が外して流れ弾が当たるとは思わなかったのか。


「どういうことだ!? クソ!」


 ダーン! ダーン! ともう二発発砲し、それぞれ私の頭部と心臓部を正確に吸い込まれていったが……。


「なぜだ!? どうして当たらない!?」


 それ以降も弾が残っている限り狙って撃ってくるが、私には風穴一つできない。それどころか後ろの瓦礫に当たって山が崩れてきている。


「なぜだ! なぜだ! どうして当たらない!?」

「それ以上は仲間が怪我しますよ」

「……ッ!?」


 王子が驚いたのは私の話し方が変わったからだろうか、それとも私が言葉を発したことに畏怖を覚えたか。

 確かに銃弾は当たっているのに倒れない。それどころか銃弾が『すり抜けている』のだから、ハンドガンを撃った本人にはかなりのホラーだろう。


「ねえ、王子様?」

「な、なんだ」

「あなたが私の優位に立っている理由って何ですか?」

「そ、それは……このハンドガンがあるのと部下が20人近くいるからだ!」


 王子の声は裏返って震えていた。そんなにも今の私が怖いのか。


「そうじゃないでしょう王子様? この国の制度がどんなものかお忘れですか?」

「わ、忘れてなんかいない、だが、それは……」


 銃弾をすり抜けた私の体は色素がほんの少し薄くなっていた。いつの間にか足元の影が消えている。

 私と王子のやり取りを理解できていなかった周りの部下たちが異常事態に気付き始めた。


「欠損部位の数と、その範囲が大きいほど優位に立てる……でしたね。そうなると『存在を喪失』した私はどうなるのでしょうか?」


 呼吸を忘れたかのように誰も声を発しなかった。

 動くものもいなければ、風も吹いていない。まるで時が止まったような感覚だった。


「誰かその人を治療してあげてください」


 私の後ろで倒れていた男はうめき声すら発していなかった。もしかしたら手遅れかもしれない。

 私の声ではっとした何人かが動き出した。そして怪我をした男を背負って細い道を駆けて行った。


「助かるといいですね」

「――ッ! 誰のせいで!」

「あなた方のリーダーでしょう?」

「……ぐっ」


 突っかかってきた男達を黙らせる。

 静かになったところで、王子の方へコツ、コツと足音を立てて近づいた。存在が薄れているのに、実体はあるというのが便利なところ。


「お願いです。やめてください!」


 王子の近くにいた少女三人が王子を庇うように私の前に立ち塞がった。

 しかし、そんなのお構いなしに私は歩みを進めた。規則的な足音が空地に響く。コツ、コツ、と。


「……ッ!?」


 王子と私の間にいた少女をそのまますり抜けた。すり抜けた後ろでしりもちを着いた音がする。


 コツ、コツ……コツ、コツ。


「ヒィッ!」


 王子は涙目のままハンドガンを握った右手が震えている。

 そして王子の前にたどり着く、椅子に座っている王子は私を見上げ、逆に私は王子を見下ろす位置だ。

 王子の目を見る。王子も私の目を見ている。というよりも蛇に睨まれたように私から視線が外せないのだろう。


「ねぇ、王子様?」


 私は王子に話しかけながらワンピースを少したくし上げ、太ももに括り付けていた銃身の短いリボルバーを取り出す。

 そのリボルバーの銃口を王子のおでこにピッタリくっ付ける。


「カースト上位である私の質問に答えてくれますか?」

「わ、分かった、答える! だから銃をしまってくれ」

「それでは質問です。あなたの目的は何ですか?」


 王子には私に逆らえない立場だということを理解してもらうために、銃口は一ミリたりとも動かさない。

 王子は渋っているか視線が様子を窺っている部下をきょろきょろと見回していた。


「まさか王子様ともあろう者が、自分の父親が作ったルールを破って死ぬなんてことはないですよねぇ?」

「へ? あ、あ……あ」

「私の銃弾はすり抜けませんよ」


 王子の顔がみすぼらしくなってきたところで引き金に指をかける。


「お、親父を殺してこの国を支配したかっただけなんだ!」


 やっと教えてくれる気になったか。


「続けてどうぞ」

「親父の生ぬるいやり方が嫌いなんだ。なんだあの商店街は! 反逆者の集まりじゃないか。俺だったらそんなのは許さない! 全員に重い罰を与えて絶対服従にしてやる。……それだけなんだ。本当にそれだけなんだ!」

「……教えてくれてありがとうございます」


 リボルバーを王子のおでこからはずす。今の王子の言葉に部下の何人かが動き出す。


「そんな……約束と違うじゃないか!」

「リーダー、あなたが王になったら商店街を全面的に支援するって言ったじゃないか!」


 私を連れてきた男二人だった。

 二人は弛緩して動けなくなった王子に肉薄し、糾弾した。


「誰の為に今まで頑張ってきたと思っているんだ!」

「これじゃあ、ここにいる全員の店がつぶれちまうだろうが!」


 しばらく傍観して聞いていたが、どうやらここにいる人のほとんどがあの商店街で店を持っている人たちの子どもらしい。

 商店街自体は潤っていても経営が難しい店はいくつもある。そんな店の子どもたちを説得、もとい唆して部下として使っていたのがそこの王子らしい。

 二人だけでなく、他の人も糾弾に参加している。三人の少女は端っこで蹲って泣いていた。

 長い事言い争いが続いているが私にはもう関係ない事なので、元いた広場に向かって歩き始めた。




「姉ちゃん待って!」

「ん?」


 無事広場にたどり着き、よし帰ろうと思ったその時だった。入国時に私を襲った少年が追いかけてきていた。

 そういえばこの少年に説教するのを忘れていたなと思ったけど、王子のこともあって、もうどうでもよくなった。

 目の前に来た少年は息を整えてから言葉を発した。


「姉ちゃんは本物の幽霊?」

「ん? ……あぁ」


 私が何もかも通り抜けたときの事を言っているのか。最初にあったときに私はこの子に触れている。なのに先ほどは人すら通り抜けて見せた。

 だから分からないのだろう。


「君は幽霊なんていると思うかい?」

「ううん、幽霊なんていないよ」


 私は右手を少年に向けて差し出す。


「じゃあさ、私の手を握ってみて?」


 今の私に触れることは可能だ。だけど、触れる勇気があるかどうかは別問題。

 少年は躊躇う。幽霊なんていないと断言した直後に幽霊みたいな私が触ってみろ、なんて言うものだから怖くなったのだろう。


「もし、私に触ることができたら君の言う通り幽霊なんていない。でも触れなかったら……」

「触れなかったら?」

「やっぱり幽霊はいる。今後、君は幽霊に纏わり憑かれる」

「そんなのヤダ!」

「じゃあ、やめよっか? 知らなければ君に幽霊が憑いているかどうかも分からないしね」

「……ううん、握ってみる」


 少年は数秒迷っていたが、私の目を見て言った。


「じゃあ、はい」

「うん……わあ!」


 おずおずと手を伸ばしてきたが、私と少年はしっかりと手を握っていた。


「よかったね、これで幽霊はいないことが判明した。……なんで私の手を握ろうとしたのか聞いてもいい?」

「幽霊なんていない、姉ちゃんが幽霊じゃないのは分かっているつもりだけど。それが本当なのか自信がなかったから」

「それで握ろうと思ったのね」


 少年はこくりと頷いた。


「そっか、教えてくれてありがとう。じゃあね」

「うん、じゃあね」


 少年と別れた私は、少年の握った右手の開閉を繰り返し、感慨深く思いながら宿へと向かった。

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