九十九の老人たち
木々が生い茂る森を枝葉をかき分けながら進むと、そこには集落があった。
畑は広く、耕しているのは全員が老人。若者は一人も見当たらない。
私が突然現れたというのに、集落の老人たちは驚いた様子を見せない。それどころか私が来ることを待っていたかのように歓迎してくれた。
「なんか怪しい……」
何かの宗教関係だと大変面倒くさいのだが、老人たちはそれらしい行動を起こさない。
教会らしきものはないし、どうしたものかと思案していると集落の長を名乗る者が私の前に現れた。
それから私が連れられてやってきたのは役場みたいな所。長は湯呑を持ってきて二人分のお茶を注いだ。
片方を私の座った前の机に置いてくれる。軽く会釈してお茶を啜る。
良くも悪くもお茶に違いはなかった。
「ようこそいらっしゃいました。ここは九十九村というところでしてな、一泊していく予定かい? 見ての通り何の無いが、ゆっくりしていきなさいな」
「はあ、ありがたく一泊させてもらいます。それにしても『ツクモ村』とはどういう意味があるんですか?」
私が聞くと長はお茶を啜り、ゆっくりとした動作で口を開く。
「百から一取ったとき、「白」という字になるじゃろ? そしてワシのような白髪が植物の「ツクモ」に似ているから九十九と書いて「ツクモ」と読んでおる」
「でも、それなら白を基準にした名前にしません? いっそ白髪村でもよかったんじゃ」
「ほっほっほ、お嬢ちゃんは面白いことを言うのう。じゃが、その通りじゃ」
長はお茶を飲み干し、急須に入っていた残りのお茶を湯呑に注ぐ。
「『九十九』に難しい意味は込めておらん。この集落は人数的に多くても九十九人しか住めないという理由でこの名前なんじゃ」
「意外と単純ですね」
「そうじゃろ? それともう一つ理由がある。お嬢ちゃん、ワシはいくつに見える?」
少し悩んだ。老人であることは変わりないが、ここまでくると歳なんて見当がつかない。
とりあえず、無難そうな年齢を選択する。
「75歳でしょうか」
私の回答に長は目を丸くし、先ほど以上の声で笑う。そんなに見当違いだっただろうか。
「驚くでないぞ? なんと九十九歳じゃ!」
「九十九……まさか!」
「そう、九十九じゃ、この集落の人間は九十九までしか生きられない。いや、このご時世、生きられるが正しいかの?」
長は自分の言葉に笑っている。これで笑いの三段活用だ。……冗談はさておき、九十九歳……そうは見えない。長は冗談が好きそうだし、これはボケているとかそういうのじゃないだろうか。
「その顔は信じておらんのう? 本当じゃぞ?」
「信じていないわけでは……あれ? みな九十九歳ってことは……」
「気付いてしまったかの? 集落にいる者は全員同級生なんじゃ。そして明日、そこの家の幸子さんが九十九歳の誕生日を迎えてのう、それをもって、この集落の老人はみな寿命を迎える」
長の言葉に呆然として口が半開きのまま返す言葉が出てこない。
どういうことかまるで理解できない。明日死ぬ? 誕生日を迎えたからみな同時に?
思考がこんがらがって頭を抱える。長は、今度はしんみりとした口調で話し始める。
「実はのう? お嬢ちゃんが今日、この集落に来ることは分かっておったのじゃ」
「え? どうして?」
「この集落はみなが占い師なんじゃ。ワシもそうじゃぞ。そこに水晶があるでの」
言われて長の指さす方を見れば、立派な台座の上に水晶が置かれていた。
しかし、あの水晶、どこかで見たことがあるような……?
「お嬢ちゃんは以前に占いの婆さんに会ったことがあるじゃろ?」
「……あ、そういえば、前に私のことを占ったお婆さんがいました」
私がお母さんに助けられる前、占いのお婆さんがリーダーたちと一緒にやってきたのを覚えている。
「あの人もこの集落の出身でのう。金にがめつかった。金さえ払えば何でも占ったわい」
確かにあの時も占いに高い料金を受け取っているようなことを聞いた。
俄かには信じられない話でもここまでくると信用性が高まってきた。
「でも、なんで私があのお婆さんと会ったことを知っているんですか? 私がここに来るのは占えるとしても、それはどうやったら分かるんです?」
「八十を過ぎたあたりから理由は分からんがみんなと感覚が繋がっておるんよ。じゃから、暁さんが奇妙な嬢ちゃんを占ったっていう感覚がひしひしと伝わってきわい。何もかも分かるわけではないがの」
暁というのはお婆さんの名前だろう。気になっていたから知れてよかった。それにしても奇妙な嬢ちゃんって私の事? それはちょっとひどいんじゃないだろうか。
「あの人は地震の影響で……」
私はあの日、何があったのか簡単に説明した。長は私の話が終わると、目を瞑って鼻から小さく息を出す。
「そうか、突然何も伝わらなくなったから、何かあったかと思っとったが、暁さん、先に死んでもうたか……」
以外に涙脆いのか、ハンカチで目元を拭いている。
余計なことを言ったかなと思ったが、怒られないことにほっとする。
「しんみりした雰囲気も終わりじゃ。明日に備えての準備もあるしの」
「……? 誕生日会か何かですか?」
「それもあるがの、明日は最後の大占いじゃ」
「だいうらない?」
「詳しいことはまたあとでの」と首を傾げる私を置いて、長は役場を飛び出していった。本当に九十九歳なのか疑いたくなるほどに足取りは軽かった。
すっかりぬるくなってしまったお茶を飲み干す。このまま待っていても手持ち無沙汰なので、湯呑を洗ってから私も長を追いかけるために役場を出た。
「こんにちは、何をやっているんです?」
私が話しかけたのは強面の老人。この人は若者が使うような言葉遣いで話しやすい。十分若いが、老けて見えるのは長くらいなのだろうか?
「おう、嬢ちゃん、これ以上先には足を踏み入れないでくれよ、書き直しになるから」
「これ、なんです?」
「魔法陣さ、大占いのためのな」
整地された広い敷地に五、六人の老人が地面いっぱいになにやら不思議な模様を描いていた。その中に長もいる。
見たことのない光景に私は興味をそそられた。
「大占いって何ですか?」
「なんだ、かっちゃんから聞いてねえのか? それじゃあ説明してやんよ。大占いってのは簡単に言えば通常の占いを大きくしたものだ」
「……まんま大占いですね。でも、占いを大きくするって言われてもいまいちピンときません」
私は巨大な水晶に大勢が呪文を唱える光景を想像した。私にとって占いとは水晶がメインだと思っている。
ちなみにかっちゃんというのは長のあだ名だそうだ。
「俺たちの占いってのは未来や過去がはっきり見えるわけじゃねえんだ。確実に起こる事象が曖昧に見えるんだ」
「ピントが合っていないカメラみたいなものですか?」
「ちょっと違うな。例えばだが、蕎麦を食べている未来があるとしよう。俺たちはそれを「何かを食べている」と認識できるんだ。凄腕なら「麺類を食べている」くらいは占える。そして、その曖昧な占い結果が水晶を通して、俺たち占い師の脳内に直接伝えてくる。
分かったような分からないような。イメージが湧きにくい。
ずっと考え込んでも分からないので、気になったことを聞いていく。
「私は以前、占って貰ったことがあるんですけど、その時の占い結果は「よくないことが起きる」みたいな抽象的なものだったんですけど、この場合はどう見えるんです?」
「その場合は色が見える」
「色……ですか?」
「ああ、正確には色付きのマークだな。大雨ならば大量に青い水玉マークの情報が頭に送られてくる。火事ならば、赤い炎」
「自然災害……たとえば地震なんかは?」
「地震だと茶色の断層だったかな? 俺は見たことないが確か花子ちゃんが見たって言っていたな」
地震はちゃんと予測できるものだった。なのに、あのお婆さんは正確に地震が起きると言わず、良くないことが起きるなんて言ったのだろうか? 集落を飛び出すくらいだし、腕には自信があったはず。
「あの、占うことすら難しい大災害はどのように見えますか?」
「ん? これも俺は占ったことはないから合っているかは分からんが、暁さんからの感覚だと多分、真っ黒だ」
「真っ黒?」
「たしか、どす黒く、すべてを飲み込むほどの闇のような黒が見えたんじゃねえかな? 正確には分からんけどな」
そうであれば、たしかに良くないことが起こると言わざるを得ない。恐らく本人もこんな未来を占ったことはないだろう。
「お話聞かせて下さり、ありがとうございました」
「おう、礼儀正しくていい子だな。明日の朝、十時から大占いをやるからよかったら見に来いな」
「はい、楽しみにしています」
その日、老人たちは忙しなく動き続けていたのを見て、何か手伝おうかと名乗り出たが、全て「客人は休んでいてくれ」と断られ、この日は役場の空き室で夜を過ごした。
朝、外の騒がしさに私の意識が覚醒する。
本人たちが言うには今日で寿命が尽きる。未だにピンとこないが本人たちが納得している以上、口出しすることもない。
「おはようございます。早いですね」
「お嬢ちゃんか、おはよう。老人の朝は早いって昔から決まっておるからのう」
それの真偽は分からないが、少なくとも寝過ごしている人は見当たらない。少なくとも昨日見た人は全員いる。
「今は何をしているんですか?」
「大占いの最終調整じゃよ。この魔方陣に不備がないか、何せ魔方陣なんてほとんど使わなかったしのう、時間までまだまだある。他のとこに行ってみるといい。きっといい事があるよ」
占い師が言うとそれが本当のように思える。時間まではやることもないし、言われた通り他のところに行ってみよう。
辺りをきょろきょろと見渡し、丁度休憩に入ったらしき老婆の元へ向かう。
「おはようございます」
「あら、おはよう。お嬢ちゃんはこの後の大占いは見ていくのかい?」
「はい、見ていきますよ。楽しみです」
「今日は私の誕生日会も一緒に催してくれるのよ」
「では、あなたが幸子さん?」
「そうよ、私がこの集落で一番年下」
老婆はにかっと笑うが、正直、私には年齢の差が分からない。
少し、愛想笑いにはなったが私も笑ってみる。
「そうだ、お嬢ちゃんが来るってわかってから、作ってたものがあるのよ。ちょっと待っててね」
そういって幸子さんはすぐ近くの家の中に入っていった。
ほんの数十秒で戻ってきた幸子さんの手にあったのは薄手のセーター。それも私のような女の子が来ても年寄り臭く見えない若者仕様。
「どんな柄なら喜ぶか、何度も占ったのよ? いろんな結果を合わせてできたのがこれ。どうかな? 受け取ってくれるかい?」
「ええ、喜んで。まだ肌寒いので何か買おうか迷っていたので丁度良かったです」
それからも私が話かける度にお菓子をくれたり、周辺国の有益情報をくれたり、中には私の恋愛事情を占ってくれた人もいた。
貰いすぎても持ち運べないし、私の恋愛運なんて占われてもあまり興味はなかったが、ここは素直に受け取らせてもらった。
情報は手帳にメモし、すぐに痛みそうなお菓子を先に食べておく。ちなみに恋愛運は意外といいらしい。
開始の十時になり、大占いが始まるのかと思いきや、先に誕生日会が催された。
幸子さんを中心に集落の人全員で「おめでとう!」と言葉を合わせる。
誕生日会というには食べ物はなく、それぞれが持ち寄った飲み物を乾杯しただけ。
お茶にぶどうジュース。白湯を飲んでいる人もいれば、よく分からない液体を飲んでいる人もいた。
ただ、この後の大占いのため、アルコールを飲んでいる人はいなかった。
まあ、飲まれて変に絡まれるのは勘弁願いたいのでそこはよかった。
宴会のようなノリで騒ぎ立てる同級生たちはまるで学生時代に戻ったような雰囲気を漂わせていた。
上下関係はなく、みな仲良し。そんなイメージがあった。長は昔学級委員長だったという理由だけで長をやっているらしい。
年長者たちの同窓会。私はそこに交じった新規の卒業生。下手に交ざって折角の最後に邪魔するのは野暮ってものだろう。
……話に交ざれなかったともいえるがそこは都合のいいようにさせてもらう。
二時間ほど騒ぎ立てれば、彼らは話の種が尽きたのか徐々に大人しくなってくる。
頃合いを見て長が朝礼台のような所に上り、手を数度叩く。
「じゃあ、みなの者よ。そろそろ始めるかのう」
「お、やっとか! かっちゃん遅いぜ」
私に占いについて教えてくれた老人を中心にあちこちから大きな拍手が生まれる。
「さて、ワシらが生まれてから九十九年。何人かは先に逝ってしもうたが、死にぞこないがよく今日まで生きてきた」
長の冗談めいた切り出し方に周囲が笑いに包まれる。彼らにとっては長の言葉が面白く聞こえただろうが、私にとってはブラックジョークだった。どんな顔をして待っていればいいか分からない。
「ワシらの後に生まれる者はなく、荒くれ者ばかりじゃったお前らじゃが、協力してくれたおかげでここまで生きてこれた。ワシはお主らに感謝している」
長がゆっくりと頭を下げる。あの笑顔が常の長が真剣な顔をしていることに驚きを隠せない。
「誰が荒くれ者だ! かっちゃんは一人だけ老けすぎなんだよ!」
「ワシは昔からこの話し方じゃ! 逆にお主は若すぎるんじゃ! 年を考えろ! 年を!それに学校の備品をいくつ壊したか覚えておるのか?」
「なにを~!」
長って昔からあの話し方なんだ……。年相応といえばそうなんだが、周りと比べると余計に老けて見えてしまうけど、年を思えばこれが普通ではないだろうか。
「まあ、まあ、落ち着きなさいな。ここで喧嘩してもしかたなかろ?」
喧嘩を止めに入った老婆は昔からあの二人の喧嘩を仲裁していたらしい。二人は昔から事あるごとに喧嘩してきたが、別に仲が悪いわけではない。
二人が喧嘩して、それをあの人が仲裁に入る。この流れはどうやら昔からの鉄板ネタのようだ。
喧嘩が収まったあとはやけくそ気味に長が残りの感謝を述べ、いよいよ大占いの説明に入る。
「大占いについてなんじゃが……お嬢ちゃん、こっちに来ておくれ」
「私ですか?」
理由はさっぱり分からないが、長に指名されたのでとりあえず、朝礼台に向かう。
これから何があるのか、彼らは分かっている様子で私のことを見ていた。
「昨日、伝えた通り、大占いで占うのはここにいるお嬢ちゃんの未来じゃ」
「え!? 聞いてない! どういうことですか!?」
いきなりのことに叫んでしまった。
彼らにとっては最後の大イベント。それを私のために消費してしまうのが申し訳ない。
「俺らのことを占ってもどうせ、今日中にくたばっちまう。見たものを嬢ちゃんに伝えてもいいが、どうせなら嬢ちゃんの未来を占ってやろうってことさ」
「でも、それでみなさんは納得しているんですか? 私のことを占ってもみなさんのためになりませんし、なにより、最後なんですよ?」
私の言葉に初めはきょとんとしていた彼らだったが、しばらくして徐々に笑い出した。
おかしなことは言っていないはず、それなのに笑われたことに怒りを覚える。
「笑い事じゃないです! いいんですか? これで最後ですよ!」
「いいんじゃ、これで。お嬢ちゃん、ワシらはお主に感謝しておるのじゃよ」
「感謝? 一体私が何をしたというんですか?」
長は朝礼台から降り、私の手を取って軽く頭を下げる。
訳が分からず、他の人に助けを求めるが、彼らも同じく私を笑っていた。
「お主がこの集落に来てくれたこと、ワシらの仲間の最後を教えてくれたこと。そして、何よりもワシらのことを邪険に思わず接してくれたこと」
「……それのどこに感謝される要素があるんです?」
「ワシら占い師は世間によく思われていないんじゃ、昔は悪魔の使いとして処刑されたこともあってな、今でも占い師はどこに行っても歓迎されん。暁さんは例外じゃがの」
彼らは力を隠してこの集落を出る選択肢もあったはずだが、占い師である誇りを捨てられなかった。この集落で誰とも会わず、占い師同士で生きてきた。
そんな彼らは新鮮な話し相手に飢えていたそうな。私を占った暁さんのように外に出ていく人はいない。だから、彼らには感覚共有が一つの楽しみだった。
そんな暁さんの感覚がある日、まったく感じられなくなったことに疑問を持ち、今回のような大占いで何があったか占おうとしていたそうだ。
「じゃが、それもお嬢ちゃんのおかげで必要なくなった。……お礼にワシらの力を受けていってはくれぬか?」
「……分かりました。私の未来を見てください」
ここまで言われて駄々をこねるのが馬鹿らしくなった。素直に頷いておく。
それから私たちは場所を移動し、昨日見た魔方陣の所にやってきた。
「それじゃあ、魔方陣の線を踏まんように真ん中に立っておくれ」
「分かりました」
私は線に気を付けながら中心に向かう。危害が及ぶわけではないだろうが、不思議と警戒してしまう。
中心にたどり着き、顔を上げると、私を中心に魔方陣を囲うようにみなが立っていた。
長を含め全員が水晶を持ち、目を閉じて集中している。
やがて、魔方陣が赤く光り出し、どこからともなく風が吹き始める。森からは野鳥が飛び去り、空には木の葉が舞う。
「――――」
かすかに聞こえる程度の声量で呪文のようなものを唱えている。
それで何が起こっているのか分からず、何もしなくていいのか不安に思っていると長が目を開けて話しかけてくる。
「これから占うのは、お嬢ちゃんの『いい未来』じゃ。お嬢ちゃんは何もしなくていいからそこで目を瞑っておれ、もう少しで見せてあげるからの」
そういって再び目を閉じ、呪文を唱え始めた。
私は言われた通り、その場で目を瞑って待機する。いつ来るのか分からない、占い師じゃないのに占い師のように未来を見れる不思議な気分。
楽しみのようで不安もある。いい未来と言っていたが、これで何も見えなかったら私は正常でいられるだろうか?
期待と不安で葛藤していると、目を瞑っていても分かるほどに魔方陣が輝きを増す。
今更不安がっていてもしょうがない。なるようになれってものだ。
(……きた!)
瞼の裏に光が差し込む。目を開ければ感覚でわかる。……これが入り口。
気が付けば真っ白な広い部屋にいる。目の前には見えない扉。見えないはずなのに私にはわかる。
扉を軽く押して中に入るとまた白い部屋。今度は部屋の中心に行くと体がふわふわと浮き始める。
体も心も浮き始めてなんだか気持ちよく酔った感覚になる。頭がぼーっとして、なのに心が洗われるような爽快感。
しばらくその気持ちよさを味わっていると、どこからともなく、きらきらと輝く色鮮やかな球体が近づいて来る。
(きれい……)
近づいてくる球体は私よりも大きい。このままではぶつかってしまうが、不思議と避ける気にはなれなかった。
――球体が私を取り込む。
球体の内側は……説明できない。私の未来がある。そうとしか言えない。
一つひとつはっきりと見ることはできないし、説明もできない。だけど、これは……いい未来だ。
「これが私の……未来」
球体の中に小さなたくさんの球体。それは一つひとつが私にとって幸せな未来だ。
ぼんやりとした意識の中、未来の情報が頭に少しずつ入ってくる。
一つひとつが幸せな未来で、本当に私の未来か疑いたくなる。
だって、あれだけ幸せとは言い難い結末を体験した私が未来ではこんなにも幸せなの?
頭に入っていく情報を思い出そうとしてみるが、思い出せない。
目の前にあるのに頭に入ると思い出せなくなる。
(そういうことなのね)
これも感覚で分かった。これを占いなんて簡単な言葉で片づけちゃいけない――。
……これは私の未来を決めているんだ。
この球体は可能性の限りの未来を提示する。そして、幸せな未来を私が選んで取り込む。
今もこうして無意識に取り込んでいる。
今も頭がぼーっとしたまま、本能で私の欲しい未来を手にとっては頭に近づけている。
――ひとつ頭に入れるたびに、両立できない未来が消えていく。
もったいないと思いながらも手放さないように、抱えながら丁寧に球体を近づける。
……いつの間にか最後の一個になっていた。
最後の一個はまだまだ先の未来。いつなのかは分からない。見える人物は男なのか女なのか、大人か子どもか。それすらも分からない。
……だけど、この人は私の心を知っている。
最後の一個を取り込んだ時、私は現実に引き戻された。
暗い瞼の裏を見ながらも気持ちよく酔った感覚は残っていて、しばらくはふわふわした気持ちでいた。
やがてそれも収まり、光に目を慣らすようにゆっくり目を開けると、そこには長しかいなかった。
風は収まり、魔方陣の光は元に戻ったが、私を囲っていた老人たちは長を残して姿を消していた。
「どうじゃったかな?」
「いい未来、掴めました」
「それはよかった」
もう、用はないであろう魔方陣でも、汚すのは恐れ多くて、来た時みたいに線をよけて通る。
辺りを見渡すがやっぱり長しかいない。
「他の人はどうしたんですか?」
「さて、お嬢ちゃん、あと三十分じゃ」
「…………?」
意味が分からないが長はにこにこしたまま、何も話さない。
無言で手渡されたのは、先ほどはなかった私の荷物。
……分かってしまった。もう時間が無いんだ。
「まだ、お礼も言ってません!」
「みなは各々好きな場所にいる。今からでは間に合わんよ、それに若いもんに死に顔なんてみせられん。さ、早く行きなさい」
「…………」
「ワシら占い師はなぜか死んでも死体が残らんからな、埋葬しに戻ってきても無駄じゃぞ?」
先読みされて考えをことごとく潰してくる。このまま出ていくしかないのか。
「百聞は一見に如かずとはよく言うが、ワシらの見る力は百聞にすら敵わない。じゃが、お主が得た未来は絶対にたどり着ける未来じゃ。じゃから、こんな弱い力でも合わせれば誰かのためになることの証明を……してはくれんかのう?」
「……分かり、ました」
「おお、おお、いい子じゃ。ワシらはあの世で見守っておるからの、何事も諦めるでないぞ?」
「ありがとう……ございました!」
私はリュックを背負いながら、森へと駆ける。振り返らず、ひたすらに走った。
後ろを見なくても分かる。長が私、が見えなくなるまで見送ってくれている。
長が早く好きな場所に行けるように私は走り続けた。
「絶対にたどり着いてみせるよ。……絶対に!」
これで第一部は終わりです。
また、ストックができたら投稿します。
次話はおまけです。




