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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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二つの命14

五日目。滞在期間は十日間、予定では七日まで滞在して次の八日目で出国する予定だ。

 今日の朝は天気が悪いせいか全身の傷が疼いた。いつものような一時的な痛みじゃない、継続して全身に訴えてくるような痛みだ。

 我慢できないほどではない。痛み止めを飲むか悩んだが、外にいるときに動けなくなっては仕方ない。痛み止めのカプセルを水と共に喉へ流し込んだ。


 今飲み込んだのはこの国で処方された痛み止めではなく、前に依頼の報酬として貰った痛み止めだ。効果を比べてみたが貰った痛み止めの方が効き目はある。


だからといってこの痛み止めを短期間で服用するのはあまりよくない。効果は大きい分副作用もある。服用してから三分後くらいには効き始め、効果は最長で三日間続く。効果が切れる前に何度も服用し続けると体がだるくなったり急な睡魔に襲われたり、ひどいときは幻聴や幻覚もあるそうだ。


 正しく服用すればそんな症状は見られない。今回のように効果が切れてから服用すれば何も問題は無い。

 今日の観光はやめよう。昼過ぎにあいちゃんのお見舞いに行くとして午前中はおとなしく部屋で本かテレビでも楽しんでいよう。朝食は済んだし夕方までは何もない。


――そうしようと決め込み、ベッドに腰かけたときだった。部屋に備え付けてある呼び鈴がなる。


「呼び出し……何かな?」


 呼び鈴がなったときはフロントに来てくださいという合図のはず。何かあったのだろうか。


 あまり待たせても申し訳ないので簡単に身支度を整えてフロントに向かう。

 そこで待っていたのは、高級そうな紺色のコートに身を包んだ背の高い男性。いかにもお金持ちの風貌だった。


 男は帽子を脱ぎ、私に歩み寄ってくる。その顔は真剣で少し怖いくらいだった。


「七瀬さんかな?」

「はい、そうですが……あなたは?」

「申し遅れました。私、愛唯の父である『八代つかさ』と申します」

「あいちゃんのパパさんでしたか」

「パパさん?」

「あ、奥さんのことをママさんと読んでいたので、つい」

「そういうことか、なら私のこともそれで構わない……それでなんだが」


 パパさんが真剣な顔で告げた言葉は果たして私の耳に正しく届いていただろうか……。


「深夜に愛唯の心臓が一度止まった……今は何とか回復しましたがもう長くはない。次に止まったらそれが恐らく最後だと――」

「……え?」


 理解できなかった。目の前の人ができっとでたらめを言ってるのだと、そう、考えたかった。

しかし、私の中の何かがはじけるように動き出していた。頭で整理するよりも先に身支度を整えるために部屋に駆け戻る。


 必要な物はほとんどない。急いで着替え玄関に戻る。パパさんは私を待っていてくれたらしく、車に乗せて行ってくれるらしい。


 玄関外で停まっていた見たことのない車種は高価だということが一目でわかる。触れることすら躊躇いたくなるほど磨かれた車体を前に怖気づきそうになるが、躊躇はしていられない。一秒でも早く病院に向かわなければ――。


 車に乗り込み、シートベルトをした時には車は動き出していた。パパさんも急いでいるのが分かる。


 病院に着くまでの間、詳しい事情を聞いた。

 あいちゃんは心臓の病気だということ、現代医療では治療法が見つかっていないということ、もう長く生きられないこと――。

それらすべては私の心臓をも締め付け、傷つけた。あいちゃんの方がずっと苦しいはずなのに、私が耐えられなくなりそうで情けない。


「最後に愛唯はあなたと会うことを望みました。家族である私ではなくあなたにです。ですからどうかお願いします。愛唯と会うときは笑顔でいてくれませんか?」

「え……? たった二回しかお話していないのに?」

「あの子は回数なんて気にしません。気に入ればそれでいいんです」


 その言葉に涙ぐんですっかり意気消沈していた体に力が漲る。

 駐車場に着き、私たちは飛び出すように車から出る。受付はパパさんがやってくれるとのことで、私は病室へと急いだ。


 ドアをノックし、返事を待たずに入室する。そこにいたのはあいちゃんの手を両手で包み込むように握っているママさんと、いくつものチューブに繋がれて寝ているあいちゃんがいた。


 顔面は蒼白で呼吸も浅い。それだけで目を背けたくなる。唯一の救いは寝顔が穏やかだったこと。


私が落ち着きを取り戻すにはひとまずそれで充分だった。

 すぐにパパさんがやってきて、二人から先ほどより詳しい事情を聞いた。


「愛唯の心臓は一年前に止まっていてもおかしくなかったんです……愛唯は何かやり残したことがあるのか、一生懸命に今日まで生きてきましたが、どうやら限界がきてしまったようです」


 ママさんがあいちゃんの手を握ったまま話してくれる。その口は重そうで話すことすらつらそうに見えた。


「私たちにとって愛唯は唯一の娘です。私がこんな体になってしまいましたから、子どもはもう産めません……愛唯が私たちのすべてだったんです」

「あいちゃんは……もう、助からない……」


 そういう結論が頭にはっきりと出てしまった。パパさんからも聞かされていたはずなのにその考えを心のどこかで拒絶しようとしていた。

あいちゃんを目の前にして初めて、もうどうしようもないのだと気付いてしまった。


「諦めるにはまだ早い」

「……あいちゃんが助かる方法があるんですか?」


 パパさんの言葉に一縷の希望。鶴の一声に期待するしかない。私にできることなら何でもやる。

 しかし同時に全身の傷が疼く……嫌な予感がする。


「明日のオークションに『命』が出品されることが判明した。正体は不明な上にこれが愛唯を救う手立てになるのかも分からない。だが、愛唯を救うにはこれしかない」

「……それでいいんですか?」


 心のどこかであれに関わらない方がいいと警告を出している。だけど、これしかあいちゃんを救う方法がないのも確かだ。


「愛唯を救うためならどんなことでもするわ」

「でも、お金がかかるんじゃ……」

「私の車を見ただろう? 私たちはお金に困っていない。全財産を使ってもいい」


 覚悟はできているようだ。私程度の抵抗ではその強い意志に吹き飛ばされてしまいそうだ。


「私はオークションの手続きがあるから、七瀬さん、愛唯のそばにいてあげてほしい。目を覚ますかもしれないし、何かあったらナースコールで呼び出してくれ」


 そう言ってパパさんは病室を飛び出し、ママさんは私にあいちゃんの手を握らせてくれた。

 握った手は細く、小さいが確かに温もりがあり、頑張って生きていることを私に伝えてくれた。


 思いつめた顔であいちゃんの手を握っているとママさんが一冊の絵本を持ってくる。


「それは?」

「七瀬さんが愛唯にプレゼントした絵本です。七瀬さんが帰った後に読んであげようかと思ったのですが、愛唯が拒んでしまいまして……」

「どうしてですか?」

「七瀬さんに読んでもらいたいのだそうです。それが最後の願いだとも言っていました」


 絵本を受け取る。傷一つない新品同様きれいなままだ。


 どうして私なんかに? たったの二回しか話していないのに、あいちゃんは私のどこを気に入ったというのか。

 ぱらぱらとページを捲る。捲る度に私が母さんに読んでもらった懐かしい思い出が私の中を駆け巡る。


 入院してばかりの母さんには絵本を読んでもらうことが多かった。病室で椅子に座り、母さんの透き通る声で私は絵本と共に成長した。


「……ん」

「あいちゃん! ……おはよう」


 薄っすらと目を開けて私を見る。声が出ないのか頷いてくれるだけだった。

 そして私が持っている絵本を見て、にっこりと笑った。


「分かったよ、読んであげるね」

「七瀬さん、こちらに」


 ママさんが場所を開けてくれた。絵本をあいちゃんに見えるように近づき、表紙に手をかけた。

急展開です。

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