二つの命12
入国してから四日目、今日は午前中に自転車をレンタルし、少し遠出することにした。
昨日、一昨日の観光はなんだかんだ近い所だった。バスを使ったりもしたが、バスがない所までは足を運んでいない。
せっかくの機会だし、自転車でバスの通っていない道を進んでみようと思う。
思い立ったが吉日ともいうし……正確には昨日だけど、今日はまず、サイクリングショップに行こう。
「よし」と気合を入れるが朝は同じことの繰り返し。布団から出て顔を洗って歯を磨き、体の調子を見て痛み止めを服用する。
朝食の時間になれば食堂に降りてもそもそと一人で食事する。今朝は焼き魚とデザートのゼリーが美味しかった。
朝食が済めば部屋に戻って観光の準備を始める。旅に必要な物は金庫に預けてあるから持つのは財布やハンカチといった軽量の物。それらを鞄に入れたのを確認し、鞄を肩からさげる。
これで準備はできた。あとは部屋の鍵をかけてその鍵をフロントに預ける。
「行ってきます!」
フロントの女性に一声かけてから意気揚々と宿を後にした。
まさかレンタルできる自転車の中に最新型のものがあるとは……ラッキーだった。しかも安い。
レンタルした赤いフレームの自転車はいわゆるママチャリだ。
ギアは三段階。舗装された道を走るのに特化していてとにかく軽い。私の知っている自転車とは別の存在と言っても過言ではない。ほとんど足に力を込めなくてもスピードが出てしまうのは私にとって不安だが、人のいない所ではちょっと勢いよく漕いでみようと思った。
現在は街のはずれを目指してペダルを漕いでいる。国の城壁辺りでもいい、思い切り自転車を漕げる場所へ向かおう。
ただ自転車に乗っているだけだとつまらない。面白いものはないかと香ばしい匂いを放つ屋台や前日とは別のフリーマーケットに立ち寄りながら進む。
裏路地のような道を進んでいるが、人は途絶える気配がない。どこに行っても街が栄えている。
退屈しなくていい事だけど、どこまでも賑やかで心が休まることはないんじゃないだろうか。私がこんなところで生活していたらいつか心が疲弊して、きっと閑静な田舎に引っ越したくなりそう。
そんなことを考え始めると、この街の喧騒がより煩わしく思えてくる。これでも国の中心に比べたら静かな方だが、どこに行っても騒がしいというのが鬱陶しい。
「静かな所はないのだろうか……」
そんな私の願いが叶ったのか、路地を抜けた先は閑静な住宅街になっていた。人は疎らで自動車は走っていない。買い物に行くであろう主婦を一度見かけたくらいだ。
自転車専用のゾーンがある。これこそ私が求めていたスピードを出せる場所だ。
早速、専用ゾーンに入って前後に自転車はいないことを確認する。私が独占しているみたいで嬉しい。
「……よし!」
スピードを出すことに慣れていないから思い切り漕ぎだすには少しばかりの勇気が必要だった。
改めてブレーキの確認……うん、しっかりかかる。急ブレーキはしたくないがブレーキのかかり具合は大事だ。最悪命取りになる。
それならスピードを出すことをやめればと思うが好奇心には勝てない。
……三秒でいい。少しスピードを体験したらすぐにブレーキをかける。転んで大怪我なんて御免だ。
右足をペダルに乗せる。そのまま慎重に、しかし勢いよくペダルを踏み込んだ。
「わっ!」
思った以上に速度がでた。
風を追い越していく感触が気持ちいい。ペダルを強く踏み込んで更に加速してみる。
立ち漕ぎは出来ないが充分速い、景色が前から後ろへと流れていく。
三秒でブレーキをかける予定が五秒、十秒と後ろ倒しになっていく。いつしかブレーキをかけることがもったいなくなった。
「ひゃっほーう!!」
謎の掛け声とともに道路を走り抜ける。邪魔をするものは何もなかったのが原因だろう。
赤い自転車は住宅街を彗星の如く一直線に走り抜け、まだまだスピードが出せるはずと思った私は――
……調子に乗りました。
具体的には、後ろからやってきた一台のトラック相手にスピード勝負を仕掛けるという無謀なことをしました……。
非常に後悔しています。
やったこともない立ち漕ぎに挑戦し、案の定ハンドルの制御を誤り、あろうことかトラックの前に躍り出てしまった。
トラックがまだ遠くにいたことが幸いした。追突寸前でブレーキが間に合い、大怪我で血と肉片を飛び散らせることはしなくて済んだ。
自転車に破損個所はなく、私自身擦り傷程度で済んだのは奇跡といってもいい。
……もちろんトラックの運転手にはこっぴどく叱られた。当然の報いではあるが、道路に正座させられ、いかに危険だったかを長々と説教された。……周りに人が歩いてなくてよかった。
「今度から気を付けろよ」
「はい、すみませんでした」
運転手は一度、運転席に戻り何かを手にして戻ってきた。手に持っていたのは絆創膏の箱。中から束になった絆創膏をいくつか千切り、私にくれた。
「怪我しているのに長々と悪かったな」
「いえ、私の方こそ……」
運転手は頭を掻きながら運転席に乗り込み、安全運転にも程があるスピードでゆっくりとカーブの向こうへ消えていった。
全面的に私が悪いはずなのに、運転手が悪いみたいな雰囲気になっているのが恥ずかしい。
罪悪感で押しつぶされそうだ。
「もう、スピードを出すなんてやめよう……」
意気消沈し、無事だった自転車の元へとぼとぼ向かう。絆創膏を擦りむいた箇所に貼り付けた。
「……痛い」
その後は無性に歩きたい気分になって自転車を手で押して宿まで戻った。
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