二つの命3
目の前にはそれはもう立派で巨大な建造物。
「流石ね、この大きさはもはや城といってもいいんじゃないかな」
目的地にたどり着くと、そこには見上げるほど背の高い建物。清潔な白塗りの壁に赤い十字のマークはどの国でも共通……そう、ここは病院。私の目的は世界的にも最先端技術を取り扱うこの病院に来ることだった。
国立病院というだけあって人の出入りは頻繁で、その年齢層も老若男女問わずといった具合だった。
自動ドアをくぐると病院の独特なつんとした薬品の匂いが鼻に付く。確かクレゾール液といっただろうか、病院の匂いと言えばこれで、私は好きでも嫌いでもないかな。
備え付けの椅子に多くの患者が待機している中を進み受付にたどり着く。看護婦が一人受付に座っていて、後ろの数人が忙しなく動いていた。
「すみません、別の国から予約した七瀬です。これ、予約証です」
「お預かりします……はい、予約を承っています。しばらくしたらお呼びいたしますので椅子におかけしてお待ちください」
周辺の国々と連携しているこの国では、連携している国で受けた診断を予約さえすれば別の国でも受けられるようになっている。大きな病気や滞在日数に限りがある人にとって同じように診断してもらえることは大変ありがたい事であり、特にこの国でしか治せない病気は多い。
私は前の国での滞在日数が過ぎたため、一日かけてこの国まで足を運んだ。
椅子に座っている間、待合ロビーに気になるようなものはなく、予防のポスターや泣きじゃくって診断室から出てきた子どもを静かに眺めていた。
しばらくというには時間が掛かるようで、時計を一瞥すれば、椅子に座ってからすでに一時間が経過していた。
「ふあ~あ」
大口が自然に開くほどのあくびが漏れる。ずっと座っていてお尻も痛くなってきた。
立ち上がって小さく伸びをする。立ち上がったついでに受付横のウォーターサーバーへと足を運ぶ。多少なりとはいえ街を歩き、待合ロビーで一時間も半口開けてぼうっとしていれば喉に潤いを求めたくもなる。
室内の温度はシャツと長袖一枚あれば十分なほどに温かく快適だった。だが、暖房の空気は私の喉を乾燥させ、紙コップに注いだ冷えた水は乾いた喉に潤いを与える。雨ごいに成功したかの如く全身へ刺激が走った。
「はぁ……」
一日歩いて疲れた後に飲む冷えた水というのは、同じ水でも三倍は違って感じる。だからといってそのような状態になるまで水分補給をしないというのは健康によくない。つまりこの感覚は水分補給を忘れた際の副産物だ。
「七瀬さん。『2』番の扉へお入りください」
先ほどの受付の看護婦からアナウンスが入る。
やっとかと思い、紙コップを潰してゴミ箱に入れる。一時間も待っていれば椅子に座っていた顔ぶれはほとんどが変わっている。扉は離れたところにあり、たどり着くために並ぶ椅子の合間を通った。
私の知っている扉と大きな違いはない。言われた通り大きく「2」と書かれた扉をくぐる。
中にいた先生は顔にしわを作った老齢の女性で、私の情報が書かれた書類に目を通していた。
「こんにちは」
まだ目を合わせていないがとりあえず挨拶してみる。
「はい、こんにちは。おかけください」
顔を上げ、丸椅子に座るよう指示されたので従う。そしてまた書類に目を落とした。
しばらくして通読し終わったのか、何やら書き込み始めた。それはすぐに終わり、本格的に診断が始まった。
「七瀬さんは今、痛み止めを服用していると?」
「はい、他にはシップと塗り薬を処方されました」
「あちらの病院で精密な検査は受けていませんね、確認したいので、今の状態を見させてください」
あまり見せたくはないが、ここは病院。最善の治療がしてもらえるのなら構わない。
先生の言葉に頷いて上半身の長袖とシャツを胸元まで捲る。
「……これは」
シャツを捲った下の素肌は醜いほどに青く、虐待を受けた後のように打撲跡がびっしりと浮かんでいた。
「ひどいでしょう? これでもだいぶ痛みは引いたんです」
「えぇ……これで無事なあなたに驚きを隠せません。他国の医師はこれを治そうと思わなかったのですか」
「いえ、治せませんでした。三か国ほど病院で見てもらいましたが、どこも匙を投げられました。精密な検査ができるところはなかったので、痛み止めをもらう程度でした。どこも入院を勧められましたが滞在日数があるのでお断りしました」
この打撲跡は、前に大量の石を投げつけられたときにできた怪我で、その後の無茶な行動が怪我を悪化させたらしい。
頭の怪我はたいしたことなくあっさりと完治したが、首から下はどうも治りが芳しくなかった。
「この怪我では入院した方がいいです。安静にしていた方が治りも早いですし、とりあえずは精密検査をしてみましょう。ここまでひどいと体内に損傷がないか心配です」
「入院はしたくないですが、検査は受けておきたいです」
せっかく観光に来ているのに入院なんて冗談じゃない。滞在期間は長めにとって十日間、出来る限りこの世界的にも発展したこの国を見て回りたい。
「入院を無理強いはしませんが何かあってからでは遅いのですよ? まあ、とりあえず準備をしますので、後で来る看護婦の指示に従って動いてください」
「分かりました」
先生が裏に戻ってしばらくした後に看護婦が一人、代わりにやってきた。
「それでは案内しますのでこちらにどうぞ」
「はい」
素直について行く。先進国の精密検査とは未知のものではあるが不安や恐怖といった感情はなかった。
看護婦の後ろについて行き、たどり着いたのは更衣室。サイズの合う病院服に着替えるよう指示される。
服を脱ぎ、大きさはピッタリの、体を締め付けない少しゆとりを持ったサイズを身に纏う。
軽く体を動かしておかしなところはないか確認するが特に問題は無かった。
「あの、準備できました」
廊下で待ってくれていた先ほどの看護婦に声をかける。
「それではこちらの準備ができるまで少々お待ちいただきます。それでなんですが……少しお願いしたいことがありまして」
「何でしょう……?」
看護婦の口から出てきたお願いは難しくはない。私はそのお願いを快く引き受けた。
次回、ヒロイン登場




