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終末までもうすぐです  作者: 七香まど
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おやすみ子虎

 親分が言っていた、相手が悪いというのなら、逆にどんな相手なら上手くいくのか、この目で確かめようと思った。


「奴隷……あぁ、そうだな、分かった。ついてこい」


 兄貴について行くと、そこは奴隷を閉じ込めておくための質素な小屋だった。

 捕まって奴隷となったらこの小屋に入れられて、買い手が見つかるまで閉じ込められる。

 ぼくは中を見たことはないが、きっとおぞましい光景が待っているのだろう。


 ここに連れ来られる奴隷の人を一度だけ見たことがある。その子は小柄な女の子で、顔が絶望で染まり切っていた。あの子は神に見捨てられた。ぼくはこの人たちに拾われたが、あの子はどこかに売り飛ばされた。女の子があの後、どんな人生を歩んでいるのか想像できないが、きっと碌な生活はできないだろう。

 兄貴は小屋の扉を力強くノックする。ぼくには聞こえないが、何かしらの返事があったらしい。


「この中ですか?」

「そうだ、少し待ってろ」


 そう言って兄貴は鍵を外して中に入っていった。


「…………」

「いいぞ、入ってこい」


 一分と経たずして兄貴は顔だけを出して小屋の中へぼくを招く。一度、深呼吸をして感情の高まりを押さえる。それだけ緊張していた。

 半開きの扉に手をかけ、小屋の中へと足を踏み入れた。


 中は予想に反して整っていたが、きれいとも荒れているともいえる。というもの、小屋の中はベッドがあれば机や本棚がある。携帯食糧も少量だが置いてある。ぱっと見は落ち着いた部屋に見えるが、家具で隠れている白い壁には、隠しきれていない傷跡が生々しく壁の素材を削ってできていた。いままで何度も拷問が行われていたのだろうか。

 そして――


「あなたが……」


 そして、小屋の中のベッドに腰かけていたのは、ぼくよりも少し年上だろう少女。

 整った可愛らしい顔に、ベッドに着く程度のライトブルーの長い髪は右目だけを隠している。左目はぼくをじっくり観察していて、何を考えているのかは分からない。


 一番気になったのは、首や服の隙間から見える痛々しい傷跡。見える箇所はわずかだが、傷は服の中に続いているように思えた。

 ぼくがじろじろ見ているのを嫌ってか、服の袖を伸ばして傷跡を隠し、脚を抱えて丸くなってしまった。


「あ、ごめん……」

「あまり長居は出来ないぞ、聞きたいことがあったら手短にな」

「あ、えっと……」


 いざとなって何を聞けばいいか分からなくて言葉が出てこない。奴隷を間近にして言葉を失ってしまい、なんだか恥ずかしくなってきた。

 しばしの沈黙が続く。

目の前の少女は姿勢を変えず丸まったまま。だが、視線だけがぼくを射殺すように鋭くなっていた。


「…………ッ!」


 視線を合わせてしまい、体が硬直する。視線が外せず、まるで全身を石に変えられたように指一本動かせない。

 さらに沈黙が続くが、最初に沈黙を破ったのは意外にも少女だった。


「あなたがこの仕事をしているのはなんで?」

「え、あ、その……えっと……」


 視線と同じく鋭い声、見た目の可愛らしさからは想像もつかなかった。

 頭の中がグルグル回りだし、思考がまとまらない。何か言わなきゃいけない衝動に駆られるが、どう答えればいいか分からない。


「落ち着いて」

「……え?」


 少女の声は様変わりしたように柔らかくなっていた。視線も優しくなっていて、先ほどとは違って見ていて安心する。

 唇を舌で湿らせて、やっとの思いで口を開く。


「親分の役に立つため」


 それでも大したことは言えなかった。本当はもっと言いたいことはある。だが、これがぼくの精いっぱいだった。


「そう、教えてくれてありがとう」

「もういいか?」


 兄貴が急かす。


「あ、一個だけ」


 今度は言いたいことをしっかり言えるように深く呼吸する。


「奴隷として売られるのは、怖くないの?」

「……怖いよ、売られるんだもの」


 答えは定型文のような想像していたものだった。なのに、この人が言うとどこか嘘っぽく聞こえる。根拠はないが、この少女は自分がどうなろうが怖くないのではないかと思えてしまった。


「もういいか? 出るぞ」

「あ、はい」


 別れの挨拶はなかった。視線を外したが最後、そのままぼくたちは小屋を出た。

 半ば放心状態で歩いていると、兄貴が声をかけてくる。


「どうだった、参考になったか?」


 どうやらぼくの魂胆はばれていたようだ。ただ、参考になったかと言えば、逆に傷跡まみれの人でも人を目で射殺すような力を秘めていると教え込まれた。


「兄貴たちがすごいってことが分かりました……」

「……? そうか、ありがとな」


 とぼとぼ歩いていれば、いつの間にか訓練場に来ていた。ぼくは何をすればいいのだろうか。親分にチャンスを貰ったが、次の仕事を成功させる自信は皆無だった。


「レオはそれでいいのか?」

「え?」

「レオはここに残りたいんじゃないのか? このまま諦めて、国で書類とにらめっこをしたいのか、違うだろう? 確かに難しく命がけの仕事だ。レオが次の仕事を成功させる確率は限りなく低い。だが、せめてやれるだけのことはやってみろ! 全力を出して、成功すれば俺たちと今後も仕事ができる。失敗しても悔いが残らないように」


 兄貴の言葉はぼくに味方したものではない。ここを出ていくことになっても止めはしないと言っているようなものだ。それに、親分の決めたことは絶対だ。全力を出す……そうだ、常にイメージするのは、上手くいく自分の姿。


「兄貴、稽古をつけてください。今まで習ったこと全部を出し切れるようになりたいです!」

「分かった、装備を整えてこい。時間の許す限り稽古をつけてやる!」

「お願いします!」


 全力で天幕まで駆け、訓練場に戻ってくるまでに三分とかからなかった。

今までで最短記録なのは一年間で成長した証だ。




 陽は傾き、オレンジ色の空は紫色へと変化しつつあった。本当はもう少し稽古をつけてもらいたかったが、兄貴が親分に呼ばれてしまったのでそれまでとなってしまった。


 兄貴にしっかりとお礼を言って別れ、シャワーを浴びに行く。天幕に戻って装備の点検をしていれば夕餉だ。

 配膳係から食事を貰い天幕に戻る。ここでの食事は別に集まって食べるといった規則があるわけではない。各自食べ終わったら食器を配膳係の元へ返す。それだけだ。


「……ごちそうさまでした」


 手を合わせて、食器を片付ける。

 なんだかいつもよりも食事が豪華だったように思えたのは気のせいだろうか……。


 美味しい食事を味わえたのなら文句はない。ただ、今日はなんだか釈然としないことが多い。

 それが何なのかはよく分からないが、なんだか騙されているような、試されているような。

 そんなもやもやした気持ちがぼくの頭の中でぐるぐる回る。

 だが、そんな気持ちも意外な訪問者によって簡単に吹っ飛んだ。


「邪魔するぞ」

「お、親分!?」


 親分がぼくの天幕に突然やってきた。碌におもてなしの準備をしていなかったために慌ててしまう。


「気なんか使わなくていい、少し話がしたいだけだ」

「そうですか、あ、椅子に座ってください」

「おう、悪いな」


 親分はぼくの椅子にどっかりと腰を下ろす。ぼくは座布団を持ってきてそこに正座した。

 とりあえずお茶だけでもと用意したグラスを親分は一気に呷り飲み干す。大きく息を吐いてから話しだした。


「今日は稽古を頑張っていたみたいじゃねえか、どうだった?」

「はい、入念に鍛えてもらいました」

「なら、今度の仕事は期待できそうだな」


 親分はお茶をグラスに注ぐ。今度は一気に飲み干すのではなく少しずつ飲んでいく。


「それでお話と言うのは……」

「一つ、お前に教え忘れたことがあってな……いや、正しくは間違いを教えてしまってな」

「何が違っていたんです?」

「今までお前に教えてきたことは正しい事なんだ、だが、それは国の中であればの話だ。城壁を出た外側はその限りではない」

「どういうことです?」

「なあに、難しい事じゃない。自分で理解できるようにしておけ、お前は頭がいいんだから」

「? ……分かりました」


 ちびちび飲んでいたお茶を結局は一気に飲み干してしまう。そして親分は立ち上がって天幕を出ていく。


「邪魔したな、明日、頑張れよ」

「あ、はい!」


 結局どういうことなのか理解できないまま、その日、ぼくは寝床に着いた。




 翌日、朝というには少し早い時間。日の出ていない冷え込んだ時間にぼくは招集を受けた。

 装備を確かめる。ナイフを懐にしまい、防刃チョッキを着る。靴紐がほどけないようきつく締め、天幕を出る。

 緊急事態ということだったが、集まったのは親分と見張りの人、あとはぼくだけだった。


「来たか、さっそくだが仕事だ。奴隷が脱走したから生け捕りにしてこい。傷は付けても構わん、生きてさえいればいい。この仕事によってお前の今後が決まる。分かっているな?」

「はい!」

「いい返事だ。奴隷の特徴だが――」

「ライトブルーの髪の少女ですよね?」

「なんだ、見たのか?」

「少しだけですが」

「なら話は早い、手遅れになる前に行ってこい。奴隷はそこの道を左に逃げたそうだ」

「分かりました、必ず生け捕りにして見せます!」


 気合は十分だ。ぼくを助けてくれた親分のためにも、恩返しのためにも成功してやる! これが最後だなんてイヤだ。

 勢いよく駆けだす。通りに出て左に曲がる。


「ああ、行ってこい……頑張れよ」


 親分から激励の声が聞こえる。だが、最後までぼくの耳に届くことはなかった。




「見つけた!」


 昨日会った少女と見た目が一致する。しかし、すぐには襲い掛からない。何か暗器を所持していないか観察する。

 様子を見ながらも少しずつ距離を縮める。

 もう少し、あと少しでぼくの間合いだ。

 しかし、あと一歩というところで少女は突然振り返った。


「何か用かな?」

「……クッ」


 一番うまくいくと思っていた奇襲は失敗に終わった。懐から肉厚のナイフを取り出し牽制する。


「危ないよ、しまってくれない?」

「…………」


 少女の言葉に耳を傾けない。隙を見つけたら速攻を仕掛けるつもりだ。


 相手は傷跡まみれの少女。だが、昨日の射殺すような目は本物だった。油断はできない。

 一年間学んできたことを思い出せ! 今までは武器を持った盗賊が相手だったとはいえ、この場面でも使える知識はあるはずだ。


 少女は何も話さないぼくに愛想がついたのか、背を向けてまた歩き出した。

 罠かもしれない。そう頭は全身に警告してくる。だが、今しかない! 今を逃せばもうチャンスは回ってこない気がした。


 音は最小限に抑えて小走りで近づく。少女は右目を前髪で隠している、ならば右側から攻めれば対応に一瞬遅れるはずだ。

 ナイフを胸の前に構え、姿勢を低くする。狙いは少女の右足のかかとより上。アキレス腱を切って無力化した後、連れて帰る。

 そのためにまずはふくらはぎを狙う。転ばせてから腱を切る!


「……フッ!」


 今までで一番冴えている気がした。余計なものは視界から除外され、目標だけに集中する。

 ナイフを振る必要はない。体当たりしながら突き刺すだけ……それが成功すればあとはどうとでもなろう。ぼくが傷跡まみれの少女に力負けするはずはない。


(いまだ!)


 狙いは正確に、全体重をナイフに乗せ、勢いで突き刺す。


「ハッ! ……あれ?」


 気が付けば、地面に体を擦っていた。砂が手や顔を削り、ぽたぽたと傷口から赤い液体が砂に吸い込まれていく。

 ナイフはすぐ横で地面に突き刺さっているが、手が痛くて握れるだけの握力がでない。

 しかし、一体どういうことだ? 何があった?


「たしかに刺さったはず……横にずれた? 股をくぐった? その前にこけたのか? でもそんなはずは――」

「いいかな?」

「……ガッ!?」


 少女はいつの間にか銃身の短いリボルバーをぼくに向け、ぼくのナイフよりはごつくない、いたって普通のナイフをあろうことかぼくの右ふとももに深々と突き刺した。


「ぎぁああああああああ!!」


 今まで味わったことのない痛みがぼくの思考をかき回し、断末魔は辺り一帯に響く。


 何が何だか分からなくなった。痛み? ナイフ? 奇襲? 


 銃を向けられ、少女に殺されてしまう恐怖がぼくを更に狂乱へと陥れていった。

 ナイフを刺した少女は更にナイフを一捻りしてから引き抜く。痛みを通り越した激痛に先ほど以上の断末魔がぼくの喉から発せられた。


 痙攣をおこしながら地面をのたうち回る。

 頭の中は空っぽになった。


あり得ない現象に見舞われ、思考を寸断されたぼくは混乱と激痛が頂点に達し、やがて意識を手放す。


「……おやすみ」


 暗闇に堕ちる瞬間、そうつぶやく少女の目は表現が難しい。ただ、その目にはそこはかとなく哀愁を帯びているように思えた。

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