EX:これも終末 1
番外編
ここは国外。先ほど、一緒のタイミングで国を出た商人の男と途中までご一緒する予定だった。
だが、私たちの目の前でカップルが痴話喧嘩を繰り広げている。お互い手を出してはいないが、飛び交う暴言はとても子どもに聞かせられるものではない。
お互いに金持ちの服装だ。革のコートに革のブーツ。女性が持っているのなんか、私が触れたこともない高級ブランドのバッグではないだろうか。髪のセットも高級理髪店にお願いしているのだろう、遠目でも分かるほどになんとなく輝いて見えた。
そんなカップルは何が原因で喧嘩をしているのか――
「なんで俺の言うことを聞かないんだ!」
「あんたが離婚するなんて言い出したからでしょ!」
失礼。カップルの喧嘩ではなく、立派な夫婦喧嘩でした。
二人とも若く、私よりも五歳ほど上なだけではないだろうか? 見た目だけでカップルと判断してしまった。
喧嘩している馬鹿夫婦は、あろうことか道路のど真ん中、それも道の狭くなっている箇所で繰り広げている。更に困ったことに私たちの進路上だ。ここを通らないと次の国に進めない。迂回するにも一度、国の近くまで戻らなくてはならない。
商人は大きな荷物を持ったまま「国に戻って衛兵を呼んでくる」と荷物と同じく大きな腹を揺らして、来た道を戻っていった。
大変面倒くさい。
「めちゃくちゃ面倒くさい」
近くの瓦礫に隠れて様子を見ているが、喧嘩の終わる気配がない。しかも、聞いた限りでは喧嘩が始まったのが今さっきらしく、衛兵が来るまで続くのではないだろうか。
隠れて商人を待つか、立たずに駆け抜けてしまうか。数秒悩んだ挙句、出した答えは――
「隠れながら向こうまで抜けよう!」
待ちきれなくてこそこそと移動した結果――
「そこの人、こいつをどうにかしてくれ!」
「わたしは嘘なんか吐いてないわ!」
見事に見つかりました。
なぜ、二つの案を足してしまったのか。さっさと走り抜けていれば見つかっても無視できたものの、見つかった上に流石は夫婦、息の合った動きで私の退路を塞いできた。
「何があったのですか?」
諦めたようにも二人の喧嘩に呆れたようにも見える態度で応対する。
私の態度を見てもこの若夫婦の勢いが弱まることはなかった。
「こいつが最近、誰かと密会していたのが怪しくてこっそり着いていったら、男と会っていたんだ! それも一回じゃない、確認しただけで五回もだ!」
「あの人はわたしの幼馴染よ! 久々に会ったから連絡先交換して、偶に会っていただけじゃない! 嘘じゃないわ」
私を無視して勝手に口論が始まった。私を間に挟んでいるから五月蠅くてたまらない。
そのままでは収拾がつかないので無理やり割り込む。
「それで、何が許せなかったのですか?」
「こいつは浮気をしていたんだ、俺への愛が未だにあるなんて嘘さ」
奥さんの方へ呆れた目を向ける。
これだけ喧嘩しておいて今更愛しているなんて考えてもみなかった。
「浮気じゃない! 本当に幼馴染なんだって、信じてよ!」
それは私に言ったのか、男に言ったのか。
完全に無関係な私にとっては億劫なことこの上ない。早く衛兵は来ないだろうか……
「それでお互いどうしたいのですか? この際、全部吐いてください。さっさと解決しちゃいましょう」
「はあ」と大きなため息を一つ。衛兵が来るまでの暇つぶしと思えばまだ気は楽だろうか。
「俺はこいつと別れる。結婚したことが間違いだったと深く反省して、別の国に行ってしばらく一人で暮らす。もう、浮気するようなやつとは付き合いたくない」
「わたしはこの人を愛しているの。だから別れたくない、結婚までしたのに別れるなんてイヤよ! あなたが別の国に行くならわたしもついて行く!」
頭で整理すると疑問に思うところが出てくるので、まずはそこを切り込む。
「まずは旦那さん、あなたはなぜ、奥さんが浮気していると確証が持てたのですか? 浮気をした証明とまでは言わないので、理由を教えて下さい」
「ああ、こいつが自称幼馴染と会っているのを何回か見ている。幼馴染とやらの顔は見えなかったが、楽し気にこいつと話しているのは雰囲気で分かった」
先ほども聞いたが、つまりは浮気現場を見てしまったと。
「それだけですか?」
「いいや、ここからだ。俺はこいつが自称幼馴染からいろんな商品を手渡しているのを見ている。だが、こいつが買った物は俺の家にはない。こいつが個人的に借りているアパートか何かがあるはずだ、偶に帰ってこない日はその男とそこでよろしくやってんだろ」
「なるほど、では奥さんの方。なぜ、夫をそんなにも愛しているのですか? 弁明もあったらどうぞ」
なんだか投げやりになってきた。大体、どっちが悪いのか、その理由も察しはついているが、違っていたらそれはそれで面倒そうだし、とりあえず話を聞いてみる。
「え……だって、この人格好いいから、いつまでも愛していられるし。飽きないし。それとあの人が幼馴染なのは本当。昔はよく遊んでいたから、久々に会って話していただけ」
「その割には楽し気にお茶して、高級店でショッピングもしていたな。最近じゃ、ほぼ毎週足を運んでいるみたいで? 俺との約束をすっぽかしてまで自称幼馴染が大切なようで」
私としては旦那さんの容姿だけで今も愛していると言えるこの人の精神に少し引いているんだけど、そこには触れない感じなのね。
全体が見えてきたところで新しく情報を求める。
「旦那さん、最近、あなたの金銭関係で変わったことってありましたか?」
金持ちなのは男性の方だろう。ならば、理由としてはこれが妥当だろうか。
「最後に言おうと思っていたが、もう十分だ。気付いていないだろうが俺はこいつが思っている以上に情報を集めている。俺の貯金が少しずつ減少していることに早い段階で気付いていた。俺が働いて手に入れた金をこそこそ抜き取って、あの男に貢いでいると確信した俺は、こいつをしばらく泳がせて尻尾を出すまで待っていたんだ」
やはり金目当てだったか。格好いいという理由だけで金持ちに近づくなんて、こうして問題が起きている以上、旦那さんにすがっている奥さん側に非があることは予想できた。
「まって! 夫婦なんだから貯金くらい使ってもいいでしょう? 食事に使うくらい許してよ!」
本当に愛しているのか不安になる発言だが、勝手に使うことを悪いと思ってない以上、どうしようもない。
「通っていた店で買ったものはどうした? どこに隠してある?」
「ウッ……たしかにアパートを借りてそこに買った商品を置いているけど、そこにあの人を連れ込んだことはないわよ!」
奥さんの言葉には焦りが窺えた。私を押しのけ旦那さんに迫る。
「やっぱりそうか! だが、もういい、金を返せとは言わんからついてこないでくれ」
もう関わりたくない旦那さん側からしたらそれが最適解だろう。
結婚歴は浅いだろうが、今日までお金に困るどころか贅沢できていたのだ、満足だろう。
まさか貯金を全部使い切っていることはあるまい。
「ああ! もう、いいわ。全部話すわよ!」
奥さんが諦めたように髪を乱暴にかき、セットされた髪が不格好に崩れる。だが、そんなことを気にせず口を開く。
その内容はびっくり箱かパンドラの箱か、ここまでくると逆に楽しくなってきた。
「そんなことどうでもいい、俺はもう行く」
「私にはお金が必要なの!」
奥さんに背を向け、歩き出そうとした瞬間にパンドラの箱は開かれた。
「はい!?」
「はい!?」
私と旦那さんの声がハモる。
あれだけお金を盗み取っておいて何が「お金が必要」だ。旦那さんもが毅然としてそれ以上の声が出ない。
こめかみに指を添えているのを見ると、文字通り頭が痛いのかもしれない。
「あの人は本当に幼馴染なの。昔から仲が良くて、高校に入学してからは何回もお金をくれたの、だから今でも仲良しだったの!」
あなたの場合は「くれた」というより、「騙し取った」が正しいように思うのは私だけだろうか。
「だけどあの人は私を騙したの! 久しぶりに会ったから、思い出話に花を咲かせながらショッピングをしたわ。一回だけのつもりだったのよ、だけど、あの人は……あの人は、あなたよりも格好よくなっていたのよ!」
パンドラの箱の中にマトリョシカのようにもう一つパンドラの箱が入っている気分。ここまでくると呆れて溜息も出ない。
旦那さんを横目で見ると、目が虚ろになっていた。
逆に奥さんの方は嬉々として暴露を続ける。
「それであの人に貢いでいるうちに私の貯金が底を着いちゃって、あの人に紹介されたところでお金を借りたんだけど、そこが闇金のところでね? 弁護士に聞いてもそこは法外じゃないって言われちゃって。だから早くお金を返さないといけないの」
もう吹っ切れたのか、後半からはその場でくるくると回りながらの饒舌口調。更には上目遣いで「お金頂戴」と催促。
「旦那さん、この方と結婚した理由は何ですか?」
「俺好みの容姿だったから」
旦那さんも旦那さんでどうしようもなかった。私は呆れ果てて声のトーンが下がっていく。
「……奥さんと出会ったのはいつ?」
「高校入学してからだ」
「そうですか……ん? 高校入学から?」
幼馴染の方がお金を毟り取られ始めたのも高校入学から……ということは――
「あっ……察し」
「ん? どうした?」「どうかしたの?」
「何でもないです」
いろいろ繋がって逆にどうでもよくなった。
なんだか疲れて腕をだらーんとしていると、商人が衛兵二人を連れて戻ってきた。
時間としては三十分も経っていない。
銃と剣を腰に帯びて簡単な防具を装着した衛兵二人が走ってくる。あとから商人と……なんだか厳つい顔をした男二人が付いてきていた。
「あなたたちですね、往来で喧嘩している二人というのは」
「何ですか? 俺はこいつに足止めされただけですよ」
「そんなこと言わないでよ! あなたが離婚なんて言い出さなければこんなことにならなかったのに」
もう、何も言うまい。私は一歩下がって商人の隣に並ぶ、あとは任せて大丈夫だろう。
「いやいや、あなたが足止めしてくれたおかげで万引き犯を逃さずに済みましたよ」
「……ん?」
衛兵の言葉にますます、ものすごく雲行きが怪しくなった。
パンドラの箱を片付けるためのパンドラの箱があるよと知らされたような、何が何だか分からなくなって頭痛がひどくなる衛兵の発言。
そしてなぜか旦那さんの腕にはすでに手錠がされていた。
「な、なにを言っているんですか、万引きなんて――」
「これ、指名手配書。ニ十店舗以上で盗んだ商品は百以上。それをいままでバレずに転売した技術にうちのボスが感心していたさ」
指名手配書を覗き見たが、ばっちり旦那さんの顔が描かれていた。身長もちょうどこれくらいの……。
すべて奥さん側が悪いと思っていたから、ここでのどんでん返しに頭が追い付かない。
「これだけやったんだ。あんたはもう、外の空気を吸えると思うなよ、死ぬまで牢の中だ」
「ま、牢の中でも娯楽くらいありますから、一生なんてあっという間ですよ」
「い、イヤだ! 誰か! そうだ、旅のお前! 助けてくれ!」
「…………」
もう、口を開けるのも億劫になった。視線すら動かさず、旦那さんは嘆きつつも何もできず、衛兵二人に国へ連行された。
徐々に小さくなっていく旦那さんの声を私と商人は何も言わずに聞き流した。
それはそうと、奥さんの方はまた波乱を呼んでいた。
「お嬢さん、貸した金……いつ返してくれるん?」
「期限は昨日までやぞ、今、返さんかったら……分かってんな?」
黒のサングラスをかけた厳つい男二人が奥さんに詰め寄る。
サングラスで目元は分からないが、常に血管の浮いているおでこには見えないはずの怒りマークが不思議と見える。
これだけ問題があって奥さん側に何もないはずはないと思っていたら案の定。それにしてもいくら借りたのだろうか? 多く見積もって五百万ほどだろうか。
「貸した金、三千万。返してもらおうか」
予想の六倍。桁が一個違うと、想像すらできなくなる。
隣の商人も口を開けて呆気にとられている。
「あ……あの、それが……すぐに払えない、というか……無理というか」
「あ!? 払えないだと?」
「は、はい……本当に法外じゃないんですか?」
先ほど法外じゃないことを確認したと言っていたのに何を今更。だが、たしかに男二人を見ると暴利でお金を貸しているんじゃないかと疑いたくもなる。
「何言ってんだ? こちとら、国公認でやってんだぞ。あんたみたいに金が大量にいる人のために、利子だってそこらの銀行と大して変わらんぞ」
この人たち顔と言動が厳ついだけで普通に銀行員だった。
ここまで来たら何も驚かないつもりでいたけど、今日は人生で一番表情が変化したかもしれない。それだけ予想外の展開に出くわした。
「すみません、私がいない間に何があったか教えてもらえますか?」
「あ、はい。いいですよ、私も頭を整理したいので」
ということで、頭で整理しながら商人に今までの経緯を要約して伝えた。
「ちょっと、話してないでわたしを助けてよ! そこの商人! お金貸して!」
「おい! 話聞いてんのか! お前は地下労働行きだ。六十年きっちり働いてもらうからな」
六十年で三千万帳消しになるならお得すぎはしませんか? いや、働きたいとは思わないけども。ちゃんと働けばもっと早く出てこられるみたいだし。
「強制労働をさせていい期間が決まっているのですよ。どんな借金であってもマックスで六十年、それ以上は働かせてはいけない決まりなんですよ」
結局長年、地下に拘束されることには変わりない。出てくるころにはおばあちゃんになっている。
「そうでしたか、あの国、金持ちですしね」
そうではないだろうが、私には関係のない話。頭の片隅に追いやってそのままポイっと放り出す。
「そうだ、お互い疲れたでしょうしお菓子でも食べませんか? いいのがありますよ。あと、先ほど万引き犯の逮捕に協力したからと報奨金を貰いましたので、半分はあなたの取り分ですね」
「ありがとうございます。お菓子もいただこうと思います」
問題はすべて解決した雰囲気でほのぼの話していれば、やはり奥さんは突っかかってきた。
「そんなことしてないで助けなさいよ!」
「私たちはこの人たちを呼んだのですよ? もう、あなたの話を聞くことはありません」
「おら、行くぞ!」
「ヤダアアアア! 働きたくない! 許してええええ!」
地面にブルーシートを引いて、靴を脱ぎ、シートに座る。その間も旦那さんと同じく、嘆きの声が遠くになっていったが気にしない。
簡単なお茶とそれに合ったお茶菓子を少々。
ほんのひと休憩の小さな贅沢。あの夫婦は毎日が贅沢で、先ほどすべてを失った。
言葉の意味は間違っているけれども、二人のこれからの人生を思えば――
「これも終末と言えるかな?」
商人と私は同じ気持ちなのかもしれない。視線を逸らすように、他愛のない話をするために一口、甘いお菓子にかじりつく。
「甘いお菓子最高!」




