死に神を見た10
陽は完全に落ちて、高台は闇が支配する。ここにいた人たちはリーダーと共にどこかに行ってしまった。
私だけが暗闇の中をさまよっている。
リュックサックから簡易ライトを取り出し、悲鳴をあげている体に鞭をうって枯れ枝や枯れ葉を集めて焚火を起こす。小さくも強く明るい熱が私を照らす。
バックから水の入ったペットボトルを取り出し、ひっくり返して頭から勢いよくかけた。
熱を発している頭にはぬるい水でも冷蔵庫から取り出したばかりのように冷たく感じる。
二本目を取り出し、今度は丁寧に傷口を洗い流す。血は収まったが、未だズキズキと痛む頭には包帯を巻き、目もきれいに洗い流した。
なんだか久しぶりのクリアな視界に感動を覚えた。
一度森の中に入り、砂や土で汚れた服を脱いで旅装束に着替える。誰も見ていないけれど、開けた場所で着替えるのはやはり羞恥心がある。
脱いだ服をひっくり返して軽く振ってみると小石がパラパラと落ちてくる。
全身青あざになっていて、二の腕や太ももをさすってみたが、鈍痛に顔をしかめるだけだった。
(痛みが引くまでは安静かな)
お母さんたち三人には毛布を掛け、風邪をひかないよう焚火を管理する。
恐らく朝まで目を覚まさないだろうけど、眠気がない、興奮で目が冴えている。
体は悲鳴をあげて休みたいと訴えているのにそんな気力すら起きない。
ただぼうっと揺れる赤い火を見つめ続ける。偶に国の方へと視線をやった。
真っ暗で闇に葬られたようなこの国は、本当に私のせいで崩壊したんだろうか?
私には不思議な力があり、夢の中で神託を受けた。神は世界がもうすぐ終末を迎えることを私に伝えた。……だからといって私のせいになる理由にはならない。でも、神が私を通して世界を終末に導いているのだとしたら。
「私は本当に死に神なのかもしれない」
眠気は無いはずなのに、不思議と私の意識はゆっくりと薄らいでいった。
パ――ン!
何かが破裂するように勢いよく割れる音が頭に響いた。目が覚めたにも関わらず何も考えられない状態が続いた。
呼吸すら忘れて、やがて思い出すように息を吸いだすと頭も働きだす。私はいつの間にか眠っていたらしい。
照明のように朝日がこの高台をキラキラと輝かしている。
夜を照らしてくれた焚火はすっかり消え、灰と化していた。
「あれ、毛布が?」
お母さんたちにかけていたものと同じ毛布が私の体にもかかっていた。
立ち上がってきょろきょろと周りを見渡せば……
「いた」
すぐに見つかった。
逆光の中、お母さんは高台の先頭に立って国を見つめている。どう声を掛ければいいのか分からないが、ゆっくり近づく。だが、小石を蹴飛ばす音ですぐにばれてしまった。
「あら、起こしちゃった? ありがとうね、私たちの面倒見てくれて。でも澪ちゃんがそれで風邪を引いたらもっと大変なんだよ」
「…………」
お母さんは私に向かって歩いてくる。
「澪ちゃんには感謝しないとね、面倒見てくれたことも含めてだけど」
何を感謝されるんだろうか。私は避難指示を出していたようで半分以上の国民を皆殺しにした死に神なのに――
「私たちの仲間を救ってくれてありがとう。頑張ったね、澪ちゃん」
一言。それだけで私の努力は報われた気がした。昨日、散々泣いた後だというのにとめどなく涙は零れていく。
嗚咽を漏らし、触れるだけで痛い体を無視してお母さんの元へ駆け込む。
「わああん! 痛かった、辛かったよぉ! わーぁん!」
私の体に配慮して頭は撫でてくれないが、代わりに私の身体を抱き、爆発した感情が収まるまでいつまでも胸を貸してくれた。
長い時間泣き喚いていたらしく、気が付けばすっかり辺りは明るくなってしまった。
やがてお父さんと中村さんが目を覚まし、私に感謝の言葉を伝えてから国に向かって長い黙祷を捧げた。
お父さんが仕事鞄から缶詰と水を取り出し、それを四人で分け合い、落ち着いたところで私がどうしても聞いておきたいことを話題に出した。
「この国の人たちって一人では物事を決められない、話しかけられない優柔不断なところがあるでしょう? なのになんでお母さんたちは一人で私に話しかけられたの?」
お母さんたちは最初、首をかしげていたが、そういうことかと大きく頷き、お互いに顔を合わせて笑い出した。
「なぁに、そんなことで悩んでいたの?」
「入国書類を書かせているときから思っていたけど、悩みの多そうな子だなって思っていましたよ」
「そんなの簡単さ、なぁ、母さん?」
昨日からずっと悩んでいたことを笑われてちょっとムッとする。
「ごめんよ、それじゃあ澪ちゃん、私と行った歴史資料館を思い出してみて? 私たちみたいな人がいたはずだから」
「お母さんたちみたいな人って……あ、いたね」
喫茶店にはそんな人はいなかった。ならばあの人だろう、この国を戦争で勝利に導いた英雄。その人は戦争に勝利するために国民に呼びかけ協力を促した。たった一人で――
「そう、私たちはそのときの国王様の血が流れているの。制度が変わっていなければ私は女王だったのよ!」
「そうなると俺が国王か、カッコいいなぁ。あ、俺はそんなお母さんに影響を受けた人なんだ」
「私は宰相当たりの立ち位置ですかね?」
唖然とした。そのときの国王が亡くなっても、血が途絶えていなければ次の代に移行する。しかし、民主制になり、お母さんたちは一般家庭の子として生まれ育ってきた。一般の人と立場は変わらないのに英雄の血が流れている。
「もう会うことは叶わないけれど、恵ちゃん……市長も王の血を引いていたのよ、というより、市長さんはみんなそう」
そういえば、市長さんも一人でやってきて私と話していたなと、今更ながら思い出す。そして、守れなかったと心の悲痛にまた涙の玉が目元に浮かんだ。
「あぁ! 澪ちゃん、そういう意味ではないからな、むしろよく多くの人を救ってくれたよ」
「そうですよ! 澪ちゃんがいなければ私、今頃城壁に挟まってお陀仏でしたし」
「そうよ! だから澪ちゃんは自身を持って多くの人を救ったと胸を張りなさいな」
「ありが……とう」
「あ、二人でお買い物に出かけたときに万引きを見たでしょう? そのときは私も周りの空気に飲まれちゃって、澪ちゃんに怖い思いさせちゃってごめんね」
「そんなことないよ」
やっぱりお母さんは私の味方でいてくれる。それが分かっただけで、もう、思い残すことはない。
そんなこんなで泣いたり笑ったりしているうちに、別れの時間はやってきた。
「それじゃあ、澪ちゃん、私たちは息子のところにお節介になるよ。少し遠いけど、歩いていけない距離じゃないから、いつか澪ちゃんもいらっしゃいな」
「そうだね、いつか旅が落ち着いたらお世話になりに行こうかな……そうだ、民泊代払わないと!」
私がリュックサックから財布を取り出そうとすると、お父さんが私の方へ手を伸ばし、ビシッと手の平をこちらに見せつけて止めた。
「澪ちゃん、お代はいらないさ」
「でも、それじゃあ」
「澪ちゃん、代わりと言っては何だけどね……」
中村さんがニコニコと私たちを見ている。
お父さんたちは顔を合わせる。そして、お母さんが一歩私に近づく。
お父さんは逆に一歩下がり、中村さんと同じくニコニコした顔で私を見ていた。
「私たちの娘にならないかい?」
お母さんの予想外の言葉に数秒間、何も言葉が出なかった。
そして、何度目かも分からない涙があふれだした。
(するいよ……そんなの)
答えは決まっている。
「断れないよ……私を、お母さんたちの娘にしてください」
「ええ、喜んで!」
お母さんはお父さんの鞄から一冊の日記帳を取り出す。
「これ、澪ちゃんにプレゼント。日記帳と栞ね、本当は早くに渡そうと思ったんだけど、最後の日にサプライズと思って」
ピンク色の可愛らしい日記帳と私たちの目の前に広がる紅葉の葉を台紙に乗せ、枯れないようプラスチックの透明なフィルムで挟んで出来た栞を手渡される。
「この栞、私がお願いした……」
「そうよ、せっかくサプライズにするならずっと良い物にしようと思ってね。どう? 気に入ってくれたかしら」
「嬉しいよ。今までにもらったどんなものより嬉しいよ!」
「それはよかったわ、作った甲斐があったものよ」
しばらく日記と栞を眺め、日記に挟んだり取り出したり、これからは毎日手にするものであり、私の宝物にもなった。
私はもらった日記帳に栞を挟んでリュックサックの収納ポケットへ大事にしまい、名残惜しくもリュックサックを背負う。
一歩下がり、お母さんたちの顔を目に焼き付ける。数秒、瞼を閉じてこれから話す言葉を考える。
考えるが適当な言葉は思いつかなかった。それならば、また会えることを信じてこれ以上余計なことは語らない。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね」
「そうよね、澪ちゃんは旅人だものね、寂しくなるわね」
「寂しくなりますけど、ここはしっかり送り出してあげないといけませんよ」
「そうだぞ、可愛い子には旅をさせよ、だ」
そんな大げさなと思ったが、私も寂しくなってきた。本当はお母さんたちについて行きたい衝動に駆られるが我慢する。
涙はもう流さない。笑顔でお別れをしたい。
「それじゃあ、澪ちゃん、私たちはあっちの道から行くから……またね」
「うん……またね!」
お母さんたちは国の向こうにある見晴らしのいい羨望の道へ。
私は大地震によって木がなぎ倒された進むことの難しい茨の道へ。
また出会って、笑い合いながら過ごす日々を胸に秘め、私は歩き出した。




