死に神を見た9
つい、先ほどまで国民を守ってきた城壁が内側に崩れ、崩壊した建造物は国の中心に向かってドミノ倒しのように次々となぎ倒していった。
気が付かなかったが、この国はこまのように真ん中が沈んだ地形になっていて、地盤が崩れたことにより城壁から内側に崩れていったのだろう。
避難所がどこにあるのかは分からないが、この状況で生存者を望むのは絶望的だ。
そして、叫ぶ男の先には私がいる。
「あんたが……あんたがこの国を崩壊させたんだ!」
叫ぶこの男は私が入国した日に会ったことがある。
そう、国外の人を受け入れることに反対だった集団のリーダーだ。
リーダーは私を指さし、周囲の人たちを私の方へ注目させる。
「私が何をやったというのです? この地震は明らかに自然災害です。私にどうこうできるようなものではありませんよ」
「占いの婆さんはあんたを占ったとき、言っていたよな? あんたにはこの国を変えるだけの何かがあると……そうだ、このことだったんだ! あんたがこの国に来たから国が崩壊した。そうに違いない!」
リーダーの大袈裟な振る舞いに、周囲の人たちが反応する。リーダーが何を正当化しようというのかと思えば、まったく当てにもならない占い結果を引き合いに出した。
そのお婆さんはこの高台には見当たらない。瓦礫に埋もれてしまったか、なんだか怪しい人だったから正体を暴こうと思っていたけど、その機会は永遠に叶わなくなった。
「話になりません。そんな占いに具体的な根拠はありませんよ」
私は冷静を装っているが心の中は腸が煮えくり返りそうなほどに悔しいのだ。この男に好き勝手言われて何も思わないはずがない。
周囲の人だけでなく、高台全体がざわざわとしていた。それは徐々に大きく、疑わざるを得ない言葉が私の耳に届く。
「占い婆さんが?」「あの子を占ったのか」「確定的じゃないか」
ひそひそと遠巻きに私を見ていた人たちの目が冷たくなっていく。
「みなさん、占いという根拠にもならないものを信じるのですか!? これはどう見ても自然災害です!」
「だが、あんたの避難指示のせいで国内にいる人は全員死んだ! あの惨状で生きている人がいるとは思えない! あんたが殺したんだ!」
たしかに避難指示を出したのは私だし、そうしなければ、ここにいる人たちだって国の中で生き埋めになっていただろう。
「そうしなければ、あなた方も死んでいたんですよ! それでよかったんですか!」
私は怒っていた。私は精一杯のことをした。国民の約三分の一を救った。褒められることではないの? たしかに残り三分の二を見殺しにしてしまったけれど、それで――
(私だって胸が苦しくて痛いよ……なのに私が責められるの?)
怒りをぶつけようと息を鋭く吸い込んだそのとき――
「今後一人で生きていくのか?」「一人はイヤだ!」「一人になるくらいならいっそ殺してくれ!」
家族を失ったと思われる人たちが阿鼻叫喚に頭を抱え、その場に蹲っていた。
唖然としてしまい、私は吸い込んだ息の排出ができずに気道を痛める。
「な、んで……?」
一人や二人ではない。この高台にいた人の約半数が、次々に嘆き始める。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているこの高台に、私とリーダーの男が相対していた。
家族を失わずにいられた人や、知り合いと再会できた人たちも座り込んで、とめどない涙を流している。だが、視線は正確に私を鋭く射抜いていた。
「あんたが……あんたが俺たちの家族を、仲間を殺したんだ!」
リーダーが石を投げつけてくる。その顔はしわくちゃで、だけど、投げた石は正確に私の頭に命中した。
石は小ぶりで当たってもそれほど痛覚はない。
だけど、リーダーの怒り対して、私は何も返すことができなかった。
(私は悪くない。私はこの人達を救った……なのに、なんで石を投げられたの?)
コツ、コツ
私に石がぶつけられる。
はっとして周りに視線を寄越せば、怒りと涙で感情の読み取れない顔をした人々が、石を手に私に投げつけてきた。
コツ、コツ、ガンッ、ガツッ、
徐々に数が多くなってきた。
最初は俯いて頭を守っていたけれど、痛みのせいか、途中からもうどうでもよくなった。
手を降ろし、だらーん、と投げ出す。
「私が何をしたっていうの?」
私の消え入る小さなつぶやきに答えてくれる人はいない。
その間も絶え間なく肩や膝、背中に腕、頭と……全身に石を投げつけられ、私の無防備な体は前後左右に細かく揺れる。
ガツン!
やがて、ひと際大きい石が私の頭に当たり、熱の籠った赤い血が額を滑り落ちてきた。
薄っすら目を開くと自身の血液が左目に入り、苦しいほどの刺激が目を襲った。
「死神がいたせいで俺たちは孤独になった! それもこれもあんたのせいだ」
(死に神? あぁ、そうか……あの時の未来は私を見ていたのね)
永遠に続くと思われた投石はやがて収まり、目を開くと視界は真っ赤に染まっていた。
足元には大小様々な石が私を中心に山となっていて、これ全てをぶつけられたんだなと自覚する。
目が焼けるように痛い。だが、それを全身の痛みで上書きしてくれた。
頭も冷静に働く。
(痛い……なのに音だけははっきり聞こえる)
紅葉の森で虫が音楽を奏でていた。静かな森でのコンサート。タイトルは……『悲痛』といったところか。
陽はすっかり顔を隠し、月の怪しげな光が私たちを照らしだす。
「死に神……そうだね、私は死に神」
独り言は誰にも聞こえないほど小さくつぶやく。
私の視界は周囲の暗さと血の赤でほとんど見えていないに等しい。
その場でゆっくり一回転するがお母さんたちを見つけられない。私を囲む人たちの向こう側にいるのだろう。恐らくはリーダーの仲間が拘束している。
なら、丁度いい。私のこんな死に神姿を見られずに済むのだから。
「あなた方の言う通り、私は死に神です。この国を壊しに来ました」
「正体を現したな! 俺たちの国を、家族や仲間を返せよ!」
リーダーの声に「そうだそうだ!」と周りが便乗するが、そんなこと私にはできない。
できるのは……死に神らしく振舞うこと!
やることは……死に神を殺す英雄を作成すること!
「一人では何もできない優柔不断な国民の皆々様……死に神は勇気のない者に与えるものなど、何もありませんよ?」
「何を言ってやがる、殺されたいのか!」
「殺せるものならどうぞ殺してみてください。死に神を殺せばあなたたちの家族は、仲間たちは報われますよ」
「何を言って――」
「さあ! どうしますか!」
声だけで詰め寄る。
相変わらず目は痛いし視界は不良、意識は朦朧とし始めた。しかし、今しばらくは倒れるわけにはいかない。
(死に神としてこの生き残ったこの人たちを救済するためにも!)
何も答えられないリーダーに今度は歩み寄り、腰に隠し持っていた銃身の短いリボルバーを取り出す。
「ヒィッ!」
銃を見てリーダーが一歩引く、それを逃がさず右手首を掴んで手のひらにリボルバーを握らせた。
硬直してしまったリーダーの指を無理やり動かして正しく握らせる。
そして腕を引き寄せ、銃口を私の左胸……心臓部へと押し付けた。
「他の方々、この人の後ろに回ってください。外したときの弾が当たっても知りませんよ?」
押し付けているのだから外しようもない。しかし、周囲の人たちは私の指示に従って速やかにリーダーの後ろに避難してくれた。
「さあ! あとは引き金を引くだけですよ。それだけで死に神は殺せます。あなたが死に神を殺すんです!」
「そう……だ、死に神を殺せば……俺たちの仲間が……家族が報われる」
酔い痴れたように呂律が回っていない、幻覚を見ているように視線がぶれ、消えてしまいそうな声でつぶやいていた。
「そうです。あなたたちの仲間や家族を殺した憎い存在を、あなたが『代表して』殺すんです」
私は男の目を見つめて唆すように語り掛ける。
ダメ押しに右手で前髪を上にあげ、視力を失っている右目を見せつけた。
光を受け付けない私の右目も血で染まり、リーダーの脳には私の存在をより死に神だと刷り込めただろう。つまりは洗脳した。
男の右手を、私の両手で包んだときが合図だった。
「ああ……あああああああっ!」
ダ―――――ン!!
死に神を殺す一発の銃声が、高台に、森に、そして彼らの仲間が眠る瓦礫の国へと波紋のように響いた。
「おめでとうございます。あなたは、あなたの意思によって死に神は殺されました」
「え? あ、あれ?」
リボルバーからは硝煙の匂いがする、確かに私を打ち抜いた。なのに、私がこうしてぴんぴんしていることに頭が追い付いていないのだろう。
リーダーの手からリボルバーを強引に回収する。
そして、一歩下がり、後ろで見ていた人々に最後の言葉をかける。
「みなさん見ていましたよね? 彼が銃で私を打ち抜いたところを! 今、死に神は殺されました。ここにいる英雄によって! 彼は自身で決断し、行動に移すことができる。これはあなたたちにはないものです。彼はこの国の過去を、しがらみを自ら振り払った。あなたたちはこの英雄によって救われます!」
私の胡散臭い言葉に反応してくれる人なんていない、それでも最後に私を殺したリーダーだけに一言伝えたい。
「死に神は簡単には死にません。そしてあなたは行き場を失った彼らをまとめ上げなくてはいけないのです」
涙が未だ流れ続ける、改めて『リーダー』となった男は誰にも見えないように小さく手を差し出してきた。
「……俺たちを救ってくれてありがとう」
「あなたに死に神の呪いをかけただけです。それにあなたはたったこれだけで気付きました。人々をまとめ上げる才能、ありますよ」
本当に一瞬だけの握手。
男は涙を拭き、呆然としている人たちに振り返った。
私も振り返り、森の一画へ千鳥足で近づく。
お母さんたちのいる場所に検討はついている。
途中で荷物を回収し、この国の人たちは何が欠落していたのか、改めて整理するために朦朧とした頭に活を入れた。
(この国の人たちは単独での決断力が欠けている)
最初に疑問に思ったのは、万引きを捕まえた三人の男たちの行動だった。
全く同時に動き、万引き犯をあっという間に捕まえたあの男たちは、万引きに気付いたときに頷き合っていたように見えた。
捕まえる覚悟があるのならばそんなことせず行動に移せばいい。最初はお互いに万引きだということを確認していたと思っていた。
しかし、それならだれでもやるだろう普通のことだ。本当は彼ら三人で万引き犯を捕まえるか確認し合っていたんだなと先ほどの彼らの言動で気付いた。
そういえば、私にかかわってきた人たちは決して一人で話しかけてくることはなかった。
反対派のリーダーは集団で突っかかってきた。
歴史資料館では二人組が同時に。
他にも私に話しかけてくる人は必ず二人組か、それ以上だった。
どこに行ってもグループで行動しているのは、彼らが一人でいるのが怖いから、一人でいると優柔不断で何も決められないから。
大げさかもしれないが、それだけの不安を彼らは常日頃、葛藤しながら生活している。
過去の戦争で団結力が生まれ、伝達力も優れている。しかし何をするにしても『意思疎通』が必要不可欠になってしまった。
無言であっても誰かに認めてもらわないと行動に移せない。誰かと一緒じゃないとイヤだ。そんな子供じみた精神がこの国では染み付いている。
途中、リーダーを横目で見る。私自身の涙で視界は少し濁った程度まで戻ってきたが、この暗さでは大して変わらない。
先ほどのリーダーは初め、私に対して一人で突っかかってきたが、それだけ周りを味方につける自信があったのだろう。彼には人を動かせるだけの才能がある。
だから私は死に神なんてものを演じ、彼に銃を託した。
私の透過能力でずるいけど銃弾をやり過ごしたけど、脂汗がひどく、恐怖で心臓がバクバクしていた。
結果は上手くいった。だけど、一つだけ疑問が残る。
森の茂みにたどり着くとそこにはお母さんとお父さん、さらには中村さんが縛られて寝かされている。
睡眠薬を飲まされたのか、三人とも規則的な寝息を立てていた。
「私に一人で話しかけてきたあなたたちは一体何者?」




