死に神を見た8
ここは最初にこの国を眺めた高台。後ろには私が通ってきた紅葉の一本道がある。
そろそろ太陽は顔を隠そうとし、本日最後の輝きを放っている。
累乗するように紅葉はより赤く、私が見たことのない神秘性が窺えた。
そして、この場所にいるのは私一人ではない。周りには国民の三分の一ほどが集まっている。
みなが見ているものは、『元』国だったもの。建造物は崩落し、国を守っていた城壁は反旗を翻すように内側に倒れていた。あれでは国に入ることは難しいだろう。入れたとしても二次被害が起こるだけだ。
泣き崩れる者。何があったか未だに理解できずにポカーンと口を開けている者。そのような者たちを慰めている者。様々な感情がこの場所には渦巻いていた。
この状況で笑っている者などいない。私も例に漏れず、ただ、崩壊した国を眺めることしかできなかった。
そんな状況下で例外が一人だけいた。
「ハ……ハハ、アハハハハハハ!!」
涙を流し、笑っていない無表情の顔で不気味に笑っている男が……。
仲間らしき他のメンバーは私たちと同じ状態であったいうのに、その男だけは笑っていた。
突然、男は私の方へ向き、人差し指を向けてきながら他の国民にも聞こえるように叫ぶ。
「あんたが……あんたがこの国を崩壊させたんだ!」
ピシッ!
男の嘆きに合わせて、森の奥から何かにひびが入る音がこの高台に木霊した。
時間は少し遡り、あれは私たちが夕方ごろ帰路につき、荷物を整理しているときに起こった。
突然床がゆらゆらと揺れ始めた。
「……地震!?」
ゆっくりとした縦揺れの地震だった。手元の荷物を掴んで、揺れが納まるまで待つ。
(嫌な予感がする)
揺れは収まったが、地震がこれで終わる保証なんてない。上着を着て、荷物を掴んでお母さんたちのいるリビングに駆け込む。
「あ、澪ちゃん! 大丈夫だったかい? 地面が揺れるなんてことは初めてだよ」
「そうだな、たしか地震って言うんだっけ? びっくりしたぞ」
その会話で確信する。この国には耐震なんてものはない。今まで地震は起きたことが無いんだ。
私の背中に嫌な汗が伝っていくのが分かる。落ち着いて行動することが大事なのに、落ち着くことができない。そんなジレンマに陥ってしまい、言葉がとっさに出てこない。
「どうしたのよ澪ちゃん? そんなに慌てて。荷物を持ってどっかに行くのかい?」
「地震っていっても大して気にするもんじゃないな。この程度ならいくらでも耐えられる」
無知なお父さんの言葉に頭が冷静になっていく。おかげで無事伝えたいことを言いだせそうだ。
「お父さん、お母さん、よく聞いて! 私は大地震を体験したことがあるの。こんなものじゃない。私のいた国は一度、耐震装置があったにも関わらず地震でほとんどが崩壊したの」
大地震を体験しているなんて嘘だ、大嘘だ。大地震なんて書庫蔵の本で知った程度で、私の知っている地震は震度4がマックス。それ以上の地震は体験したことがない。お父さんたちを説得するためには、たとえ嘘でも経験を聞かせるのが最適と判断した。
250年前の大災害で世界は崩壊し、地殻変動によって地盤そのものが大きく変化。過去の知識は現代に全く当てはまらない状態らしい。
そもそも大災害から今日まで、多くの建造物が崩れ去るほどの大地震が起きた記録は未だ存在していない。
地震があまり起こらないことでそれに関係する本の記述もあまりなかった。
「で、でも、今の地震は弱かったじゃないか、問題ないだろう?」
「今のは初期微動だよ、お父さん。これから本震がくる」
たしかに小さい地震というのはよくあることだ。私のいた国では震度1や2なんてしょっちゅうだった。
だけど、今回の地震は何かが違う。
未来予知をしたわけでもなければ具体的な根拠を提示することもできない。
これはただの感に過ぎない。
それでも今回の地震は、悪魔に首を掻っ切られるような、死を彷彿させた。
「本震がきたらどうなっちゃうの?」
お母さんの心配はもっともだ。地震なんて知らなかったのだから。
「耐震のないこの国では、建造物が次々と倒れて、恐らく地割れも起きるよ。この国は簡単に崩壊を迎えると思う」
「冗談じゃ……ないんだな?」
「私が冗談を言っているように思える?」
これ以上ないほどに真面目な顔をする。どうしても今が危険だということが伝わってほしい。
ほんのしばらくして、お母さんたちは笑った。
「あんた、澪ちゃんを、私たちの娘を信じましょう」
「そうだな、母さんは市長に連絡してくれ。俺は避難できるように荷物を整える」
「ええ、分かったわ」
(ありがとう。私の言うことを信じてくれて)
お母さんが受話器を持って市長さんに緊急事態だと伝え始めた。
お父さんは奥の部屋に駆け込み、手ごろな鞄が無かったのか、普段使っている仕事鞄の中身をぶちまけ、必要な物を詰め始めた。
その時だった。
「……!?」
「きた! テーブルの下に隠れて!」
二人とも作業を中断し、私の指示に従う。
アトラクションのようなこの地震は目が回るほどの大きな横揺れ。箪笥が倒れ、棚の上の写真立ては遠くへ放り飛ばされた。食器棚の中身はかん高い音を立てて、落ちて割れていく。
「――!?」
声を出すことすら出来ない。そんなことよりテーブルの脚に捕まって、揺れに耐えるしかない。
ガシャ――ン!!
私たちの真上、テーブルの上に蛍光灯が落ちてきた。周囲に破片が散らばる。
箪笥や食器だけでなく小物が床に音を立てて落ち、フローリングを揺れに合わせて滑っている。
「……収まった?」
揺れが収まったとき、私たちは脱力し、半ば放心状態だった。
助け合いながら、ガラス片に気を付けて慎重に家を出ると、そこは、例えるなら終焉。
静かな住宅街に、崩壊した住居の瓦礫を夕焼けが真っ赤に焼いている。
私たちも含め、どの家も半壊してしまい、地面に瓦礫がない所を探す方が難しい。
見渡す限り誰も外にいない。いや、正確には『いた』
「なによ……これ?」
「これが地震だというのか?」
二人は普段では信じられないものを見ている。受け入れるのには時間が掛かるだろうが、そんなことをしている暇はない。
「しっかりして! 今、動けるのはお母さんたちだけなんだよ!」
はっとしてお母さんは家に戻っていった。正直危なくて止めたいが、今からじゃ間に合わない。
お父さんも近所に声をかけて回っている。時折、手を合わせているのは……つまりはそういうことなのだろう。
「恵ちゃん、お願い繋がって! ……あなたに繋がれば、……繋がった! ……ええ、私たちは大丈夫よ、あなたこそ大丈夫? ……ええ、ちょっと待ってなさい」
奇跡的に生きていた受話器をコードの限界まで引っ張ってきて、聞いてくる。
「澪ちゃん、この後どうすればいいの!? 対処の仕方が分かる澪ちゃんの指示を市長さんに伝えるから」
恵ちゃんこと市長さんは他の市長さんとの会議中だったらしく、国の中心から全体へ拡声器で伝えることができるらしい。
「避難できる人は背の高い建物がない所へ避難させて! 城壁に近い人は危険かもしれないけれど、国の外に出て高台に向かった方がいいかもしれない! これからも地震が来ると思うから迅速に、だけど焦らないでお互いに助け合いながら行動するよう呼び掛けて!」
市長からは城壁には絶対の信頼があるのか崩れることはないと断言された。
耐震のない国であれば、国民の地震に対する知識も天と地ほどの差がある。私だってこんな大地震を経験したことがない。
これが正解だと思う答えが出せたかは分からないが、私にできることはこれくらいだ。
一度、深呼吸をして落ち着く。クリアになった思考と視界で辺りを見渡す。
見渡す限りの瓦礫は、世界中に散乱している瓦礫と同等、またはそれ以上だ。つまりは崩壊してしまったのだと理解してしまう。
「これがこの国の終末なの?」
雲一つないきれいな夕焼け空なのに、野良猫の諦めたような姿も無ければ、カラスの冷やかしのようなやかましい声も聞かせてくれない。
今は、砂埃の混ざった冷え切った風が私の思考を冷静にさせる。
「聞こえたでしょう? あなたたち市長らが国民を守るのよ! あなたたちが慌てずにいれば国民も冷静になってくるから、……お願いね」
気が付けば、近隣の力自慢の男たちが瓦礫をどかして何とか息をしている者たちを救出している。
「大体の救出が終わったぞ。亡くなった人は残念ながら、復興が始まるまでは放置するしかないのか」
「……そうだね、心苦しいけど、今は生きている私たちが生き残らないといけないから」
私たちの言葉を聞いて何人もが胸元を強く握った。そして、小さく何かをつぶやいている。
そして、とめどない涙を流しながら瓦礫をどかし、その人の大切なものを見つけてはそれを強く抱きしめていた。
それは写真や小さなぬいぐるみ、日記帳にマグカップとばらばらではあったが、彼らにとってそれ以上に大事な人を無くしている。本当は見つかったそれらで納得することなんてできないはずだ。
しばらくしてスピーカーから市長さんの避難勧告の声が国中に響き渡る。
「私たちも非難するわよ。ここからなら国の外に出た方が早いわ、国内の避難所は市長さんたちに任せましょう」
「そうだな、俺たちも命が惜しい。生き抜かなければな」
城壁を抜け、長い階段を上って高台に避難した直後に余震がきた。
先ほどから小さくではあるが、余震はきていた。そして私たちが避難したのを確認したように比較的大きい地震がきた。
「――――!」
高台は広く、避難してきた人が集まっても余裕があった。
地面に手をついて、余震に耐える。余震が収まったとき、地震とは違う地響きが私たちの身体を揺らした。
高台にひびが入り、私たちの立つ合間を縫うように隆起した。
幸い怪我人はでていない。
隆起したことによって大量の石がそこら中に散らばっただけだった。
「崩れるぞ!」「何だあれは!?」「きゃああああ!!」
何人かが同時に叫んだ。
その者が指さす方を向けば、城壁が大きな音と地響きを共に国の内側に崩れ始めていた。
距離があるせいで音ズレが起こり、遅れて聞こえた国を破壊する旋律は私たちを無理やり現実に引き戻し、理解したがゆえにまた、絶望の底へと突き落とされた。
風邪で寝込む正月、略して寝正月




